おふとん

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十一

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 クラブ活動の発足は、子ども達にとっては良い刺激となった。今までは自分の居住フロアの担当職員との関わりが主であったが、クラブの導入により、顧問が他のフロアの担当であることも珍しくないため、寮内のこととはいえ、子ども達が人と関わる幅は広がった様に思う。
 また、見通しを持って、主体的に取り組む子ども達の姿も見られる様になったのは良い点だと感じる。
 次はあんなことがしたい。こんな事が出来る様になりたい。そういった目的が芽生えるからこそ、人は工夫をしようとし、知恵を振り絞る。そして挑戦する。たかだか寮内のクラブ活動ではあるが、その経験がきっと、子ども達の生きる力を育む一つの要因となるのであろう。無理矢理やらされる練習より、いくらも値打ちがある。
 そんな想いが、日頃の活動の様子や、月に一度提出される活動報告書から、十分に見てとれた。副とはいえ、おれも取りまとめ役を担うことになった訳だから、菊崎と女子寮から選出された者と共に、きちんと報告書には目を通す様にした。
 
 
 年度末に差し掛かった。三人で集まって活動報告書の精査をしていた際に菊崎が、「年度の終わりってことで顧問と面談でもしようかと思う」と口にした。
 その心は、こうして書面上のやり取りだけではなく、小さな事であっても、クラブを運営していくに当たっての今後の方針を共に思案したり、悩みや問題点等の聞き取りをしたりしようということであった。
 無論、反対などしなかった。その際に、二人のうちどちらか一人は同席して欲しいと言うので、男子寮の職員との面談の際にはおれも同席することとなった。さっそく、近日中に子ども達のいない時間帯で面談を行うという通達を各班に行った。

 日常業務に加えてのクラブの顧問となると、決める時こそ皆躊躇う様に、周りを伺う様に引き受けていたが、いざ走り出してみると、大半の職員は、その足取りが軽い様子であった。
 スポーツ系のクラブでは、公共施設を利用しながら活動したり、社会人等の試合観戦をしたりといった今後の活動の展望を熱く語る職員もチラホラ。
 中にはやはり、マンネリ化しそうで今後どうしていくかは見えていないというクラブもあったため、活動の方針や目的の設定を、菊崎とおれも共に頭を捻らせながら意見を交換し合う様なこともあった。

 まだ子ども達が学校から帰寮していない昼過ぎ。おれと菊崎は、男子寮二階で軽い打ち合わせをしてから、三階フロアへ向かい、緑川さんの受け持つ、茶道クラブの活動についての面談へと臨んだ。
 職員室でパソコンに向かう緑川さんの背中に、菊崎は声を掛けた。
「茶道クラブの面談をしたいんですが。今から大丈夫です?」
 緑川さんは「え?いまからですか?」とこちらを一瞥し、少ししてから「ああ……はい、はい」と少し煙たそうに返事をした。
 緑川さんのその目を見た時点で、おれはもう何だか嫌な予感しかしなかった。自分の担当エリアの職員室のはずなのに、中へ入るのが躊躇われた。
 そんなおれの気など知ってか知らずか、菊崎は「失礼しまーす」と、ズカズカと職員室に入り、緑川さんの正面に回って椅子に腰掛けた。足の裏から根が生えた様に重たい一歩だったが、仕方が無いのでおれもそれに続いた。
 カタカタと、緑川さんがキーボードを弾く音が響く。おれと菊崎は、その手が止まるのを黙って待っていた。
 しばらくして緑川さんは、パソコンをパタンと閉じ、「で、私は何をお話しすれば良いのですか?」と口にした。
 緑川さんからは見えていないだろうが、席に着いてからずっと、おれの隣で菊崎の足の貧乏ゆすりが止まらない。
「今年度の茶道クラブの活動の振り返りとですね、今後の方針とかもお話できたらと思いまして」
 足元の様子とは裏腹に、落ち着いた声色で話す菊崎は、かえって気味が悪かった。
「ん~、そう申されましても……」
 緑川さんは眉間に皺を寄せ、何やら困った表情で続けた。
「茶道クラブの活動は、茶道の先生にお任せしてありますので。活動の内容に関しては私がとやかく口出しできるものでは無いのかと」
 ずっと続いていた菊崎の足の揺れが止まった。直感的に危ないと思い、おれはすかさず口を開いた。
「いや、それはもちろんそうなんですけどね、クラブの顧問として、今後の活動の方針とか取り組み方をどの様に考えているかお聞きしたいなと……」
「ですから」
 おれが言い終わる前に緑川さんが口を挟んだ。
「私がクラブの指導をしている訳じゃないんです」
「いや、でも……。そこは責任者として、先生と連携を取りながらやってもらうべきでは……」
「何回も言っているでしょう。先生にお任せしてあるのに、私にどうしろと言うのですか?」
 おれは言葉に詰まってしまった。話が噛み合わないと言うのか。こちらはキャッチボールをしようとしているのに、向こうは大暴投を放っておきながら、さぞ当たり前という顔をしているのだから、おれはどうして良いか分からなくなった。
「それを考えるのがあんたの仕事なんじゃあねぇんですかい?」
 とうとう我慢の限界を迎えたのだろう。菊崎は机に身を乗り出す様にしながら口を開いた。
「さっきから黙って聞いてりゃあ何だい。自分には関係ねぇみてぇな物の言い方して。あんたがクラブの責任者だろ?あんたが茶道をクラブにしてぇって言ったんだろ?だったらてめぇの言った事にちったぁ責任持ってやったらどうなんだい?」
 般若の形相で緑川さんにジッと目を据えながら菊崎節を唱えた。
 緑川さんは、より一層冷たい目で菊崎を見ている。
「だから、具体的に、私にどうしろと言ってるんですか?」
「だから!」
――バンッ!
 菊崎の振り下ろした両手が机を揺らした。
「それを考えるのがてめぇの仕事だろうがよう!」
 菊崎の怒声が職員室に響き、視線をぶつけあったまま二人はしばらく動かなくなった。
 飛び散る火花が職員室中に広がり、室内の温度が少し上がった様な気がして、おれの掌にはじんわりと汗が滲んだ。
 悪びれるでもなく、物怖じするでもなく、毅然とした態度で目の前に座っている緑川さんが不気味でならなかった。
 もうこれ以上菊崎が追求しても埒が開かないという思いと、この不穏な空気に絶えられなくなったおれは、ついに口を開いた。
「あの……、方針が定まらなければ、僕らも一緒に考えていきますし……」
 依然、二人とも微動だにしない。
「行事ごとや何かでお茶の発表とかをしてみたり、それこそ来客の際には子ども達が点てたお茶を振る舞ったり……。やり方は何かしらあると思うので、また煮詰めていきましょう……、ね?」
 緑川さんはようやっとこちらに目をやり、「そうですね」とだけ素気なく返事をした。
 面談は終わりにして、菊崎を宥める様に背中を押して職員室を後にした。その際もずっと菊崎は、緑川さんから目を切らなかった。
 職員室から出てすぐの階段で、「なんなんだよあの態度はよう!」と菊崎が吼えた。子ども達のいない静かな寮内だ。反響した菊崎の咆哮は、三階の職員室はおろか、一階の事務所まで聞こえていそうな勢いであった。

 二階の職員室に入って、多少なり落ち着きを取り戻してきたのだろう。「田村君……悪かったね」と小さな声で菊崎は謝ってきた。しかしその表情は、とても穏やかなものではなかった。
 面談の報告書類には、「今後の活動方針や課題 未定」と記入しておいた。
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