おふとん

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十二

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 全てのクラブ顧問との面談を報告書としてまとめ終わり、いよいよ職員会議での報告を待つのみとなった。年度内の仕事が一つ片付いて、肩の荷が降りたとそう思っていた矢先、主任をはじめとする各フロアの班長から、おれと菊崎は呼び出しを受けた。
 用件はクラブの面談について報告をして欲しいとのことであった。すでに書類はまとめ終わっていたので、おれと菊崎は意気揚々とその会議に臨んだ。

 主任と男子寮二階の班長、そして女子寮の班長が一人。そこへクラブの統括の菊崎とおれ。小規模の集まりではあるが、普段の職員会議さながら、体育館のフロアで行うことになった。
 
 さっそく報告書のコピーを配り、一つずつ面談の内容や年度内の活動の様子の報告に移った。
 ほとんどのクラブでも課題として挙げられたのが費用面。用具や設備への投資、また、寮から出ての活動に掛かるであろう費用の捻出についてである。その点については来年度から、クラブ予算として工面してもらえる様に、職員会議でも議題として挙げようという回答が来た。
 この時、おれの頭には疑問が浮かんだ。
 職員会議でもクラブの運営に関する報告をするのならば、なぜわざわざ今日、班長達に運営報告をせねばならないのか。はっきり言って二度手間である。それに、女子寮の副統括の職員が呼ばれていないことも。多分、隣で腕組みをして聞いている菊崎も、不審に感じていたであろう。

「月々の活動報告書の取りまとめから、年度の総まとめまで、よくやってくれました。各顧問との面談まで。勤務の合間を縫って、細かいところまでよくやってもらって、僕らの期待以上です」
 おれ達の疑問は置いてけぼりに、主任は話を始めた。
「その活動を振り返って、二人はどうでしたか?」
 主任の物言いがおれには引っかかった、菊崎は毅然とした態度で、子ども達も職員も、気持ち良くクラブを運営していくために取り組んだという様なことを答えていた。

「二人がそういう想いで取り組んでくれたであろうことは、話を聞いても、この報告書を見ても分かります。ただ……」
 この辺りで、ようやっと今日の会議の意図が分かった。
「面談を行うにあたって、何か困ったことは無かったですか?」
 主任の言葉を最後まで聞く前に、おれの頭の中では、緑川さんとの茶道クラブについての面談の光景が流れていた。
「困ったと言っちゃあ、あれなんですがね、やっぱり皆んな勤務がバラバラなもんで、時間を合わせるのは大変ですよね」
 菊崎はとぼけているのか本気で言っているのか、おれには分からなかった。
 その態度に痺れを切らしたのか、主任はようやっと核心を突いてきた。
「二人の面談のやり方にね、ある職員からクレームが入っているんです」
 菊崎が緑川さんに怒鳴りつけたシーンがフラッシュバックした。
「仕事中に押し掛ける様にやって来て、二人がかりで圧迫面接の様に話しをされ、恫喝までされたと。襲われるのじゃないかと思って恐ろしかったという声が上がっているんです」
 ああ、緑川さんとの面談の事で何やら小言を言われるのだろうなと、覚悟はしていたのだが、頭の中で思い返していた映像とは違った出来事を並べられ、おれは多分目が点になっていたと思う。
 捻じ曲げられた事実に、菊崎は吹き出していた。
「え?俺らがそんなことしたって、誰が言ってるんです?」
「誰だとは言わないけど……面談を受けた職員からそういう声が上がっているから話を聞こうと思って」
 この言い方は菊崎の逆鱗に触れたのではないかと思い、すぐ様おれはフォローに入った。
「一件思い当たるとすれば、茶道クラブ……緑川さんとの面談です。確かにあの時はこちらもそうですが、相手方も良い雰囲気でお話はできませんでした」
 おれのフォローがかえって火を付けた様で、菊崎はその時の事を振り返って話し始めた。
「緑川さんの事で言えばね、態度と物の言い方があまりにもおかしかったんで、俺ぁすっかり腹ぁ立てちまったんですよ。そもそもね、面談をやりますってことは前もって告知してました。圧迫面接かどうかは知んねぇけど、百歩譲って、俺の物を尋ねる態度が悪かったとしても、向こうの態度もそりゃあいい加減なものでしたよ。田村君が、クラブの方針をどうするのか尋ねてみても、茶道の先生に任せてあるからの一点張りで。終いにゃあ、私にどうしろって言うんだ、なんて口にしやがるもんだから、腹も立つでしょうよ。てめぇでクラブの顧問にって名乗り出といてよう、そんな言葉が出て来たとあっちゃあ、顧問失格じゃあないですかい?」
 おれも当事者として扱われているからか、菊崎の啖呵は、なかなか良いものだと思えた。しかし、主任には全く響かない様子で、依然、涼しい顔をしている。
「二人がね、たかがクラブと軽く考えずに、真剣に仕事として取り組んでくれたことは分かるし、本当に有難い事だとは思うんです。でもね、それはやり方を間違えてしまったらどうにもならないんです」
 ん?おれには主任の言っている事がよく分からなかった。それは菊崎も同様。
「そいつは一体どういう意味です?」
「真摯に取り組んでくれた事は分かるんだけど、やり方が間違っていた結果、こういったクレームを生んでしまったということです」
「俺が短気を起こしちまったのはそりゃあ反省すべき点だとは思います。ですがねぇ、先方の態度も如何なもんかと思いますが。そんな態度に出てこなけりゃあこっちも腹を立てることも無かった訳ですし、他の職員は皆、前向きに協力的にやってくれててたんですが……」
 その場に居合わせたおれとしては、菊崎の気持ちがよく分かる。現にどの職員も、協力的に話をしてくれたし、それが建前だとしても、あんな投げ槍な事を口にする人はいなかった。
「菊崎君の言ってることはよく分かるよ。だけど、今日の、今の論点は、二人がやった事、やってしまった事なんだよ」
 菊崎は大きく肩で息をついた。
「分かりやした。百歩。もう百歩譲って、俺が怒鳴った事は反省し、その事は肝に銘じやす。で、ですよ。そんないい加減な仕事しかしねぇ緑川さんに関しては、何か指導があったり、お咎めがあったりするんでしょう?俺らにこう喧嘩ふっかけてきて、その上皆にこんな時間まで取らせて、この落とし前はどうつけるって言うんです?」
 ここからは水掛け論であった。
「緑川さんの事と、君達の事とは、話が別です。言うならば越権行為。緑川さんの姿勢に関しては、二人がとやかく言うことではないんです」
 さすがにこの主任の言葉には、おれですら一つも納得がいかなかった。おれがそうなのだ。隣にいる菊崎の頭からは、カチーンと音が聞こえた気さえした。
「別って何だよ?じゃあ俺らは何のためにクラブの統括なんかやってんだよ!そもそもの原因はてめぇじゃねぇのかって話でしょうが!」
「そういう言葉が出てくる時点でね、自分の事を反省しているとは受け取れないんだよ。今は君達の事について話してるんだから」
「いやいや!だから!俺自信の事は、それはそれできちんと受け止めますよ。緑川さんのクラブへの取り組み方は、あなたら主任や班長、責任者としての目で見たら、どういう評価を下すんだってことを聞いてるんです」
「その件に関しては、今ここで話す事では無いんです」
「クラブの統括の俺達がいて、主任がいて班長がいて。じゃあ、いつ話すっていうんです?」
「それとこれとはまた、別の問題だから」
 プツンと何かが切れた様に、菊崎は力無く椅子に深くもたれかかった。
「もう……分かりましたよ」
 そのままどこか遠くを眺める様にして、隣にいるおれにも聞こえるかどうかという程、小さな溜め息をついた。
「今回の件についての、俺の評価や査定は、そちらさんで好きにして下さい」
 そう言って菊崎は席を立った。去り際に覇気の無い声で一言。
「こう言っちゃあ何ですが、俺の方も、あんたらへの評価ってのも考え直しますから」
 それだけ言い残し、静かにフロアから立ち去って行った。その後ろ姿には、いつもの威風堂々としたオーラは無く、燃えカスの様で、どこか小さく見えた。
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