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13、静かなる反撃~オリヴィエ5~
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公爵邸は、夜になると静寂に包まれる。
エリオットは、トレイに載せたティーカップを手に、静かにノックをして扉を叩いた。
「失礼します、旦那様」
アドリアンは、机に肘をつきながら書類を見ていた。
視線を上げた彼は、エリオットの持つ茶器に気づき、僅かに眉を上げる。
「……こんな時間に?」
「夜のひとときに、リラックスできるお茶はいかがでしょう」
エリオットは穏やかに微笑み、頭を傾けた。
「安眠効果があり疲れをとるお茶です」
アドリアンは短く息を吐いた後、椅子を引いた。
「君が淹れたのか?」
「ええ」
「以前にも侯爵邸で頂いたことがあったね。……なら、一緒にどうだい?」
彼はソファに座ると、自分の隣をポン、と軽く叩く。
(…………?)
一緒に飲む、という流れにはするつもりだったが、まさか隣を勧めてくるとは思ってもいなかった。
エリオットは一瞬戸惑ったが、表情には出さず、トレイをテーブルに置くとそのまま彼の隣に座った。
「旦那様、普段はあまりお茶を飲まれないのですか?」
「酒の方が多いかな。けれど、君が淹れたなら頂くよ」
彼はカップを手に取り、一口含む。
「……悪くないね。とても美味しい」
エリオットは静かに微笑んだ。
アドリアンが飲んだお茶にはカートに手配をさせた、眠剤と自白剤が調合されている。
といってもさほど強いものではなく、次の日には残らない。
(これでいい……ゆっくりと眠くなってくれるはず)
「旦那様」
「なんだい?」
「僕は、旦那様と平穏に過ごしたいと思っているんですよ。勿論、ヴェロニク殿とも。いがみ合うのは得意じゃないですし……そう、出来れば友人のように」
「……友人?」
「ええ」
エリオットはティーカップを持ち上げて一口啜った。
その様を見ながらアドリアンが困惑したように眉を下げる。
「私は……君を誤解していたようだ」
「誤解、ですか?」
「ああ。いや、優しい人だなとは思っていたが……それだけではないんだな」
「嫉妬して暴れると思いました?」
ふふ、とエリオットが笑うとアドリアンは肩を竦めた。
「どうだろうか……少なくとも、ヴェロニクはそう思っていたようだ」
(なるほどね……口がうまいんだな、彼は。いや、絶妙に取り込むのが上手いのか……。まあ、それにしても……よく正妻の前で堂々と愛人の名前を呼べたものだね)
心の中では大いにあきれたが、エリオットがそれを表に出すことはなく、まるで悲しいように目を伏せた。
「……それは、悲しいことですね……」
ティーカップをテーブルに置いて、ぎゅっと膝の上で手を握る。
そうすると、アドリアンは紅茶を一気に煽ってから自分もカップを置いて、慌てたようにエリオットの肩を抱いた。
「すまない。悲しませるつもりはなかったんだ……君がこうやって気遣ってくれていること、嬉しく思うし……有難く思っているよ。邸内が荒れると、仕事も気が気じゃないからね」
「……旦那様……」
か弱く呟きながら、肩にある手に自分の手を重ねる。
「旦那様に分かっていただけるだけで、嬉しいです……たまにこうしてお茶を楽しむような仲になれれば僕は満足なのです」
それ以上は望まない、と滲ませつつ微笑むとアドリアンもほっとしたように笑みを浮かべた。
それから暫くは他愛もない会話をする。
時間が流れれば流れるほどに、アドリアンの様子が変わってきた。
「旦那様……?」
「……少し、頭が重いな……」
「お疲れなのでしょう」
「そうかもしれない……」
彼はゆるく目を閉じる。
「……眠い……」
次の瞬間、アドリアンの身体がふっと傾いた。
(……!)
エリオットの肩に、彼の頭がもたれかかる。
思わず動揺しかけたが、ここで振り払うわけにはいかない。
「……旦那様?」
呼びかけても、返事はない。
(……効いてきたな)
そう思った矢先——。
アドリアンの身体が完全に力を抜き、そのままエリオットの膝の上に倒れ込んだ。
「——っ……」
(……まあ、ちょうどいいか)
エリオットはひとつ息をつき、彼の髪をそっと払った。
まつげの長い、整った横顔。
普段はどこか威圧感すらある男だったが、こうして見るとただの無防備な青年にしか見えなかった。
—— ふと、思う。
彼に恋をしていた頃、もしこんな風に隣に座って、膝の上で眠られる日が来ると知っていたら——。
それでも、こんなにも冷静でいられただろうか?
(……舞い上がっていただろうな、僕は)
目の前の男は、かつての自分が求めてやまなかった存在。
けれど今は、違う。心にいるのは最後に愛してくれたあの人。
「——旦那様」
「……ん……?」
優しく声をかけると、アドリアンはぼんやりとした目を開けた。
(ああ、でも丁度いいな。最後に、聞いておこう)
「僕のことを、どう思っていますか?」
アドリアンは、夢うつつの中でかすかに微笑んだ。
「……君は……思っていたより……強い……」
「強い?」
「……そう……最初は……ただの……従順な……」
言葉が途切れる。
エリオットは、さりげなく話題を変えた。
「ところで……大切なものって、どこにしまっていますか?」
アドリアンは、朦朧としながら答える。
「……金庫……」
「金庫?」
アドリアンは、少しだけまぶたを開いた。
「……書斎の……本棚の……裏……」
「鍵は?」
「……胸ポケットに……」
ちらり、とアドリアンが纏っている服に目をやる。
公爵らしい美しい刺繍のあるベストには胸ポケットがあった。
まるで身体の上を撫でるようにエリオットはその場所に指を伸ばす。
(……あった)
指先に鍵と思しき、固いものがあたる。
そっと取り出すとそれは小さな鍵だった。
「旦那様……良い夢を……」
エリオットは、彼の髪をそっと撫でながら、甘く囁いた。
アドリアンはすでに眠りに落ちていて、反応がない。
(……さて、本棚の裏、ね)
エリオットは彼をそっとソファに横たえ、そのまま静かに部屋を後にした。
次の目的地は—— 金庫。
いよいよ、ヴェロニクの支配を崩す鍵を手にする時だった。
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次の更新→2/12 7:20頃
⭐︎感想いただけると嬉しいです⭐︎
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エリオットは、トレイに載せたティーカップを手に、静かにノックをして扉を叩いた。
「失礼します、旦那様」
アドリアンは、机に肘をつきながら書類を見ていた。
視線を上げた彼は、エリオットの持つ茶器に気づき、僅かに眉を上げる。
「……こんな時間に?」
「夜のひとときに、リラックスできるお茶はいかがでしょう」
エリオットは穏やかに微笑み、頭を傾けた。
「安眠効果があり疲れをとるお茶です」
アドリアンは短く息を吐いた後、椅子を引いた。
「君が淹れたのか?」
「ええ」
「以前にも侯爵邸で頂いたことがあったね。……なら、一緒にどうだい?」
彼はソファに座ると、自分の隣をポン、と軽く叩く。
(…………?)
一緒に飲む、という流れにはするつもりだったが、まさか隣を勧めてくるとは思ってもいなかった。
エリオットは一瞬戸惑ったが、表情には出さず、トレイをテーブルに置くとそのまま彼の隣に座った。
「旦那様、普段はあまりお茶を飲まれないのですか?」
「酒の方が多いかな。けれど、君が淹れたなら頂くよ」
彼はカップを手に取り、一口含む。
「……悪くないね。とても美味しい」
エリオットは静かに微笑んだ。
アドリアンが飲んだお茶にはカートに手配をさせた、眠剤と自白剤が調合されている。
といってもさほど強いものではなく、次の日には残らない。
(これでいい……ゆっくりと眠くなってくれるはず)
「旦那様」
「なんだい?」
「僕は、旦那様と平穏に過ごしたいと思っているんですよ。勿論、ヴェロニク殿とも。いがみ合うのは得意じゃないですし……そう、出来れば友人のように」
「……友人?」
「ええ」
エリオットはティーカップを持ち上げて一口啜った。
その様を見ながらアドリアンが困惑したように眉を下げる。
「私は……君を誤解していたようだ」
「誤解、ですか?」
「ああ。いや、優しい人だなとは思っていたが……それだけではないんだな」
「嫉妬して暴れると思いました?」
ふふ、とエリオットが笑うとアドリアンは肩を竦めた。
「どうだろうか……少なくとも、ヴェロニクはそう思っていたようだ」
(なるほどね……口がうまいんだな、彼は。いや、絶妙に取り込むのが上手いのか……。まあ、それにしても……よく正妻の前で堂々と愛人の名前を呼べたものだね)
心の中では大いにあきれたが、エリオットがそれを表に出すことはなく、まるで悲しいように目を伏せた。
「……それは、悲しいことですね……」
ティーカップをテーブルに置いて、ぎゅっと膝の上で手を握る。
そうすると、アドリアンは紅茶を一気に煽ってから自分もカップを置いて、慌てたようにエリオットの肩を抱いた。
「すまない。悲しませるつもりはなかったんだ……君がこうやって気遣ってくれていること、嬉しく思うし……有難く思っているよ。邸内が荒れると、仕事も気が気じゃないからね」
「……旦那様……」
か弱く呟きながら、肩にある手に自分の手を重ねる。
「旦那様に分かっていただけるだけで、嬉しいです……たまにこうしてお茶を楽しむような仲になれれば僕は満足なのです」
それ以上は望まない、と滲ませつつ微笑むとアドリアンもほっとしたように笑みを浮かべた。
それから暫くは他愛もない会話をする。
時間が流れれば流れるほどに、アドリアンの様子が変わってきた。
「旦那様……?」
「……少し、頭が重いな……」
「お疲れなのでしょう」
「そうかもしれない……」
彼はゆるく目を閉じる。
「……眠い……」
次の瞬間、アドリアンの身体がふっと傾いた。
(……!)
エリオットの肩に、彼の頭がもたれかかる。
思わず動揺しかけたが、ここで振り払うわけにはいかない。
「……旦那様?」
呼びかけても、返事はない。
(……効いてきたな)
そう思った矢先——。
アドリアンの身体が完全に力を抜き、そのままエリオットの膝の上に倒れ込んだ。
「——っ……」
(……まあ、ちょうどいいか)
エリオットはひとつ息をつき、彼の髪をそっと払った。
まつげの長い、整った横顔。
普段はどこか威圧感すらある男だったが、こうして見るとただの無防備な青年にしか見えなかった。
—— ふと、思う。
彼に恋をしていた頃、もしこんな風に隣に座って、膝の上で眠られる日が来ると知っていたら——。
それでも、こんなにも冷静でいられただろうか?
(……舞い上がっていただろうな、僕は)
目の前の男は、かつての自分が求めてやまなかった存在。
けれど今は、違う。心にいるのは最後に愛してくれたあの人。
「——旦那様」
「……ん……?」
優しく声をかけると、アドリアンはぼんやりとした目を開けた。
(ああ、でも丁度いいな。最後に、聞いておこう)
「僕のことを、どう思っていますか?」
アドリアンは、夢うつつの中でかすかに微笑んだ。
「……君は……思っていたより……強い……」
「強い?」
「……そう……最初は……ただの……従順な……」
言葉が途切れる。
エリオットは、さりげなく話題を変えた。
「ところで……大切なものって、どこにしまっていますか?」
アドリアンは、朦朧としながら答える。
「……金庫……」
「金庫?」
アドリアンは、少しだけまぶたを開いた。
「……書斎の……本棚の……裏……」
「鍵は?」
「……胸ポケットに……」
ちらり、とアドリアンが纏っている服に目をやる。
公爵らしい美しい刺繍のあるベストには胸ポケットがあった。
まるで身体の上を撫でるようにエリオットはその場所に指を伸ばす。
(……あった)
指先に鍵と思しき、固いものがあたる。
そっと取り出すとそれは小さな鍵だった。
「旦那様……良い夢を……」
エリオットは、彼の髪をそっと撫でながら、甘く囁いた。
アドリアンはすでに眠りに落ちていて、反応がない。
(……さて、本棚の裏、ね)
エリオットは彼をそっとソファに横たえ、そのまま静かに部屋を後にした。
次の目的地は—— 金庫。
いよいよ、ヴェロニクの支配を崩す鍵を手にする時だった。
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