6 / 33
6、前世との差
しおりを挟む
リリアーヌは部屋の窓辺に立ち、カーテンの隙間から庭を見下ろす。
月光に照らされた庭園は、静寂に満ちていた。
(これで、一段落……とは、いかないでしょうね)
王太子ルドルフが、あれほど面目を潰されて、ただ黙っているはずがない。
そして、フェルミナ・ダルク——あの聖女も。
だが、ここでひとつの疑問が浮かぶ。
(——何かが違う)
リリアーヌの前世、高遠理緒が書いた物語。
その中で、王太子ルドルフはもう少し理性的な人物だったはず。
確かに傲慢で、自己中心的ではあった。
だが、ここまで軽率に「その場の感情で」動く男ではなかったはずだ。
そして——フェルミナ。
本来の物語の彼女は、もっと慎ましく、清廉な聖女だった。
無邪気で、人を疑うことを知らず、純粋に神へ仕える少女。
(なのに、どうしてあんな策を弄するような振る舞いを……?)
婚約破棄を「涙」で演出し、貴族たちを味方につけようとするやり口。
それは、少なくともリリアーヌが記憶している「フェルミナ・ダルク」ではない。
(物語と、現実が違う……?)
微妙なズレ。
それが、今になって大きな違和感として膨らんでいく。
これは、単なる記憶違いなのか?
それとも、「誰かが意図的に物語を変えている」のか?
(……まだ、判断には早いわね)
目を細め、リリアーヌは深く息をついた。
今、確実に言えることはひとつ——。
この世界は、すでに「本来のシナリオ」とは異なるルートを進んでいるということ。
であれば、ここで立ち止まるわけにはいかない。
「お嬢様、失礼いたします」
控えめなノックの後、セシアが入ってきた。
手には温かいハーブティーの入ったカップを載せた銀の盆を持っている。
「グスタフ様が、お休み前にこちらをと」
「まあ、気が利くわね」
リリアーヌは微笑みながら受け取り、カップをそっと唇に運んだ。
穏やかな香りが広がり、心が落ち着いていく。
「……セシア、王宮からの使者は?」
「まだ来ておりません。ですが、明日には何らかの動きがあるかと」
「でしょうね。さあ、どう出るのかしら」
彼女はカップを置き、セシアを振り返る。
「王宮内の噂は?」
「すでに、各貴族の間では話が広まっております。特に『王太子殿下が捨てられた』という解釈が主流のようですわ」
リリアーヌは思わず吹き出しそうになった。
「まあ……殿下ったらお気の毒に」
「それだけでなく、陛下の御前であのような軽率な振る舞いをなされたことで、王宮内でも動揺が広がっているようです」
当然だろう。
国の未来を左右する公爵家出身である王太子妃候補を、たった一人の平民出身の聖女の言葉だけで婚約破棄するなど、正気の沙汰ではない。
(陛下は……どうするのかしら)
ルドルフの行動を容認した以上、国王にも責任はある。
そして、貴族たちはすでに動き始めているはずだ。
ふっと、リリアーヌはカップを持ち上げると、静かに呟いた。
「……陛下は、この状況をどう処理なさるのかしらね」
その言葉に、セシアがわずかに身を強張らせる。
「お嬢様……やはり、このままでは済まないと?」
「ええ。殿下はプライドを傷つけられたでしょうし、聖女はおそらく自分の立場を脅かされることを恐れている。黙ってはいられないでしょうね。本来の二人ならいざ知らず」
セシアは一瞬だけ不思議そうな目をしたが、次の瞬間には不安そうに視線を落とす。
「ですが……お嬢様はもう婚約破棄を受け入れました。問題はないのでは?」
「ええ、わたくし自身はもう関係ないわね。でも——」
リリアーヌは微笑みながら、優雅に紅茶を啜る。
「問題がないと、向こうが思うかしら?」
セシアが息を呑んだ。
「……まさか」
「わたくしを再び引きずり戻すか、それとも……貶めようとするか」
このまま公爵令嬢として静かに暮らせるなら、それはそれで悪くはない。
結婚はどうなるかわからないが、独身もいいだろう。
だが——彼らが何かを仕掛けてくるなら、こちらも考えなければならない。
(さて、どう動くべきかしら……)
そんなことを考えていると、扉の向こうで小さくノックの音がした。
「……お嬢様、遅くに申し訳ありません。旦那様が、お話があると」
グスタフが申し訳なさそうに、リリアーヌへと声をかけた。
リリアーヌは目を細め、カップをそっと置く。
(お父様が?)
こんな時間に、改めて話があるというのは珍しい。
「わかったわ、すぐに行くと伝えてちょうだい」
月光に照らされた庭園は、静寂に満ちていた。
(これで、一段落……とは、いかないでしょうね)
王太子ルドルフが、あれほど面目を潰されて、ただ黙っているはずがない。
そして、フェルミナ・ダルク——あの聖女も。
だが、ここでひとつの疑問が浮かぶ。
(——何かが違う)
リリアーヌの前世、高遠理緒が書いた物語。
その中で、王太子ルドルフはもう少し理性的な人物だったはず。
確かに傲慢で、自己中心的ではあった。
だが、ここまで軽率に「その場の感情で」動く男ではなかったはずだ。
そして——フェルミナ。
本来の物語の彼女は、もっと慎ましく、清廉な聖女だった。
無邪気で、人を疑うことを知らず、純粋に神へ仕える少女。
(なのに、どうしてあんな策を弄するような振る舞いを……?)
婚約破棄を「涙」で演出し、貴族たちを味方につけようとするやり口。
それは、少なくともリリアーヌが記憶している「フェルミナ・ダルク」ではない。
(物語と、現実が違う……?)
微妙なズレ。
それが、今になって大きな違和感として膨らんでいく。
これは、単なる記憶違いなのか?
それとも、「誰かが意図的に物語を変えている」のか?
(……まだ、判断には早いわね)
目を細め、リリアーヌは深く息をついた。
今、確実に言えることはひとつ——。
この世界は、すでに「本来のシナリオ」とは異なるルートを進んでいるということ。
であれば、ここで立ち止まるわけにはいかない。
「お嬢様、失礼いたします」
控えめなノックの後、セシアが入ってきた。
手には温かいハーブティーの入ったカップを載せた銀の盆を持っている。
「グスタフ様が、お休み前にこちらをと」
「まあ、気が利くわね」
リリアーヌは微笑みながら受け取り、カップをそっと唇に運んだ。
穏やかな香りが広がり、心が落ち着いていく。
「……セシア、王宮からの使者は?」
「まだ来ておりません。ですが、明日には何らかの動きがあるかと」
「でしょうね。さあ、どう出るのかしら」
彼女はカップを置き、セシアを振り返る。
「王宮内の噂は?」
「すでに、各貴族の間では話が広まっております。特に『王太子殿下が捨てられた』という解釈が主流のようですわ」
リリアーヌは思わず吹き出しそうになった。
「まあ……殿下ったらお気の毒に」
「それだけでなく、陛下の御前であのような軽率な振る舞いをなされたことで、王宮内でも動揺が広がっているようです」
当然だろう。
国の未来を左右する公爵家出身である王太子妃候補を、たった一人の平民出身の聖女の言葉だけで婚約破棄するなど、正気の沙汰ではない。
(陛下は……どうするのかしら)
ルドルフの行動を容認した以上、国王にも責任はある。
そして、貴族たちはすでに動き始めているはずだ。
ふっと、リリアーヌはカップを持ち上げると、静かに呟いた。
「……陛下は、この状況をどう処理なさるのかしらね」
その言葉に、セシアがわずかに身を強張らせる。
「お嬢様……やはり、このままでは済まないと?」
「ええ。殿下はプライドを傷つけられたでしょうし、聖女はおそらく自分の立場を脅かされることを恐れている。黙ってはいられないでしょうね。本来の二人ならいざ知らず」
セシアは一瞬だけ不思議そうな目をしたが、次の瞬間には不安そうに視線を落とす。
「ですが……お嬢様はもう婚約破棄を受け入れました。問題はないのでは?」
「ええ、わたくし自身はもう関係ないわね。でも——」
リリアーヌは微笑みながら、優雅に紅茶を啜る。
「問題がないと、向こうが思うかしら?」
セシアが息を呑んだ。
「……まさか」
「わたくしを再び引きずり戻すか、それとも……貶めようとするか」
このまま公爵令嬢として静かに暮らせるなら、それはそれで悪くはない。
結婚はどうなるかわからないが、独身もいいだろう。
だが——彼らが何かを仕掛けてくるなら、こちらも考えなければならない。
(さて、どう動くべきかしら……)
そんなことを考えていると、扉の向こうで小さくノックの音がした。
「……お嬢様、遅くに申し訳ありません。旦那様が、お話があると」
グスタフが申し訳なさそうに、リリアーヌへと声をかけた。
リリアーヌは目を細め、カップをそっと置く。
(お父様が?)
こんな時間に、改めて話があるというのは珍しい。
「わかったわ、すぐに行くと伝えてちょうだい」
204
あなたにおすすめの小説
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
愛の損益分岐点を超えたので、無能な夫に献身料を一括請求して離縁します。
しょくぱん
恋愛
「君は強いから一人で生きていける」結婚記念日、公爵夫人のアデライドは夫から愛人を同伴した席で離縁を言い渡された。だが夫は知らない。公爵家の潤沢な資金も、王家とのコネクションも、すべては前世で経営コンサルだった彼女の「私産」であることを。「愛の損益分岐点を下回りました。投資を引き揚げます」――冷徹に帳簿を閉じた彼女が去った後、公爵家は一晩で破滅へと転落する。
私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。
小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。
「マリアが熱を出したらしい」
駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。
「また裏切られた……」
いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。
「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」
離婚する気持ちが固まっていく。
プリン食べたい!婚約者が王女殿下に夢中でまったく相手にされない伯爵令嬢ベアトリス!前世を思いだした。え?乙女ゲームの世界、わたしは悪役令嬢!
山田 バルス
恋愛
王都の中央にそびえる黄金の魔塔――その頂には、選ばれし者のみが入ることを許された「王都学院」が存在する。魔法と剣の才を持つ貴族の子弟たちが集い、王国の未来を担う人材が育つこの学院に、一人の少女が通っていた。
名はベアトリス=ローデリア。金糸を編んだような髪と、透き通るような青い瞳を持つ、美しき伯爵令嬢。気品と誇りを備えた彼女は、その立ち居振る舞いひとつで周囲の目を奪う、まさに「王都の金の薔薇」と謳われる存在であった。
だが、彼女には胸に秘めた切ない想いがあった。
――婚約者、シャルル=フォンティーヌ。
同じ伯爵家の息子であり、王都学院でも才気あふれる青年として知られる彼は、ベアトリスの幼馴染であり、未来を誓い合った相手でもある。だが、学院に入ってからというもの、シャルルは王女殿下と共に生徒会での活動に没頭するようになり、ベアトリスの前に姿を見せることすら稀になっていった。
そんなある日、ベアトリスは前世を思い出した。この世界はかつて病院に入院していた時の乙女ゲームの世界だと。
そして、自分は悪役令嬢だと。ゲームのシナリオをぶち壊すために、ベアトリスは立ち上がった。
レベルを上げに励み、頂点を極めた。これでゲームシナリオはぶち壊せる。
そう思ったベアトリスに真の目的が見つかった。前世では病院食ばかりだった。好きなものを食べられずに死んでしまった。だから、この世界では美味しいものを食べたい。ベアトリスの食への欲求を満たす旅が始まろうとしていた。
死に物狂いで支えた公爵家から捨てられたので、回帰後は全財産を盗んで消えてあげます 〜今さら「戻れ」と言われても、私は隣国の皇太子妃ですので〜
しょくぱん
恋愛
「お前のような無能、我が公爵家の恥だ!」
公爵家の長女エルゼは、放蕩者の父や無能な弟に代わり、寝る間も惜しんで領地経営と外交を支えてきた。しかし家族は彼女の功績を奪った挙句、政治犯の濡れ衣を着せて彼女を処刑した。
死の間際、エルゼは誓う。 「もし次があるのなら――二度と、あいつらのために働かない」
目覚めると、そこは処刑の二年前。 再び「仕事」を押し付けようとする厚顔無恥な家族に対し、エルゼは優雅に微笑んだ。
「ええ、承知いたしました。ただし、これからは**『代金』**をいただきますわ」
隠し金庫の鍵、領地の権利書、優秀な人材、そして莫大な隠し資産――。 エルゼは公爵家のすべてを自分名義に書き換え、着々と「もぬけの殻」にしていく。
そんな彼女の前に、隣国の冷徹な皇太子シオンが現れ、驚くべき提案を持ちかけてきて……?
「君のような恐ろしい女性を、独り占めしたくなった」
資産を奪い尽くして亡命した令嬢と、彼女を溺愛する皇太子。 一方、すべてを失った公爵家が泣きついてくるが、もう遅い。 あなたの家の金庫も、土地も、働く人間も――すべて私のものですから。
似非聖女呼ばわりされたのでスローライフ満喫しながら引き篭もります
秋月乃衣
恋愛
侯爵令嬢オリヴィアは聖女として今まで16年間生きてきたのにも関わらず、婚約者である王子から「お前は聖女ではない」と言われた挙句、婚約破棄をされてしまった。
そして、その瞬間オリヴィアの背中には何故か純白の羽が出現し、オリヴィアは泣き叫んだ。
「私、仰向け派なのに!これからどうやって寝たらいいの!?」
聖女じゃないみたいだし、婚約破棄されたし、何より羽が邪魔なので王都の外れでスローライフ始めます。
ギルドの受付嬢はうごかない ~定時に帰りたいので、一歩も動かず事件を解きます~
ぱすた屋さん
ファンタジー
ギルドの受付嬢アイラは、冒険者たちから「鉄の女」と呼ばれ、畏怖されている。
絶世の美貌を持ちながら、常に無表情。そして何より、彼女は窓口から一歩も動かない。
彼女の前世は、某大手企業のコールセンター勤務。
営業成績トップを走り抜け、最後には「地獄のクレーム処理専門部署」で数多の暴言を鎮めてきた、対話術の怪物。
「次の方、どうぞ。……ご相談ですか?(クローズド・クエスチョン)」
転生した彼女に備わったのは、声の「真偽」が色で見える地味な能力。
だが、彼女の真の武器は能力ではなく、前世で培った「声のトーン操作」と「心理誘導」だった。
ある日、窓口に現れたのは「相棒が死んだ」と弔慰金をせしめようとする嘘つきな冒険者。
周囲が同情し、ギルドマスターさえ騙されかける中、アイラは座ったまま、静かにペンを走らせる。
「……五秒だけ、沈黙を差し上げます。その間に、嘘を塗り直すおつもりですか?」
戦略的沈黙、オウム返し、そして逃げ場を塞ぐイエス・セット。
現代のコールセンター術を叩きつけられた犯人は、自らその罪を吐き散らし、崩れ落ちる。
「あー、疲れた。一五分も残業しちゃった。……マスター、残業代三倍でお願いしますね」
これは、一歩も動きたくない受付嬢が、口先だけで悪を断罪し、定時退勤を目指す物語。
『婚約者を大好きな自分』を演じてきた侯爵令嬢、自立しろと言われたので、好き勝手に生きていくことにしました
皇 翼
恋愛
「リーシャ、君も俺にかまってばかりいないで、自分の趣味でも見つけて自立したらどうだ?正直、こうやって話しかけられるのはその――やめて欲しいんだ……周りの目もあるし、君なら分かるだろう?」
頭を急に鈍器で殴られたような感覚に陥る一言だった。
彼がチラリと見るのは周囲。2学年上の彼の教室の前であったというのが間違いだったのかもしれない。
この一言で彼女の人生は一変した――。
******
※タイトル少し変えました。
・暫く書いていなかったらかなり文体が変わってしまったので、書き直ししています。
・トラブル回避のため、完結まで感想欄は開きません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる