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19、動き出す聖女と、王宮の焦り
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謁見の間を後にしたリリアーヌとヴィクトールは、控室に通されていた。
「……まさかあの場で“交渉”が成立するとは思わなかったよ」
椅子に腰掛けたヴィクトールが、感嘆混じりに肩をすくめた。
「王宮の連中、完全に出鼻をくじかれてたな。お前の“政治家ごっこ”も、なかなか見事だったよ」
「“ごっこ”とは心外ですわね。わたくしは本気でこの国を救うつもりよ。わたくしの方法ですけれど、ね」
リリアーヌは窓辺に立ち、外を見やる。 遠くに見える庭園は、春の花々で彩られていたが、その静けさとは裏腹に―― この王宮では、嵐が吹き荒れようとしていた。
(国王陛下は、一応の“協力”を認めた。でも、あれは“時間稼ぎ”にすぎない)
国王の視線は、政治の均衡と王宮の体面を保つことに腐心する者のそれだった。 彼が望むのは、リリアーヌを利用しての時間稼ぎ。 シュトラールとの関係を断たせ、王宮内の混乱を一時的に鎮めるための“駒”として。
(でも残念。わたくしは“駒”になるつもりはないの)
王宮を内側から変えるつもりも、国王の操り人形になるつもりもない。 リリアーヌが見ているのは、もっと先――もっと大きな未来。
その時だった。 控室の扉が、勢いよく開かれた。
「……失礼いたします」
入ってきたのは、王宮付きの女官――そして、その後ろには。
「まあ……ごきげんよう、リリアーヌ様」
花のような微笑みを浮かべて、聖女フェルミナが立っていた。
リリアーヌの瞳が、わずかに細められる。
「これはご丁寧に。お招きした覚えはございませんけれど?」
「リリアーヌ様には私のせいでご迷惑をおかけしたので、ご挨拶くらいはと思って」
フェルミナの声音は柔らかい。 だが、その瞳には、明らかな警戒と敵意が宿っていた。
(……やっと来たわね、“聖女様”)
「随分とお早い登場ですこと。わたくしが王宮に戻ると聞いて、落ち着かなくなったのかしら?」
「そんな。私はただ……“誤解”がないようにと思って」
フェルミナは席に座るリリアーヌに近づき、その隣に腰を下ろした。
「リリアーヌ様がシュトラール神聖王国と関係を深めるのは、王国にとって危険なこと。私、それを本当に心配していて……」
「“神託”でも降りたのかしら?」
リリアーヌが無表情で問いかけると、フェルミナの眉がぴくりと動いた。
「……ええ。神はこう申されました。“過去に縛られし者、清き光の道を踏み外す”」
「まあ。便利な神託」
リリアーヌはくすくすと笑う。
「では、その“過去に縛られし者”がわたくしであるという根拠は? あなたの“信仰心”だけで断じられても困りますわ」
「私は……ただ、この国の未来を……」
「ならば、未来を憂う者同士、共に働きましょう?」
リリアーヌはあくまで優しく、微笑みながら言った。
「王妃として、ではなく。“政治の一角”として。わたくしが王宮でどんな働きをするか……楽しみにしていてね、フェルミナ様」
フェルミナの顔から、笑みが消えた。
「……貴女、本気で王宮を――」
「変えるつもりよ。ええ、それこそ“神の声”が届かぬほどにね」
静かに告げるその声音に、フェルミナの喉が微かに鳴る。
(……これは“私”が描いていなかった“物語”)
フェルミナは本来、“滅びの象徴”だった。 だが、今や彼女自身が“変化を拒む者”として、リリアーヌの前に立ちはだかっている。
「ご挨拶は終わりましたわね?」
リリアーヌは立ち上がり、微笑んだ。
「早く王妃のお勉強でもなさったらいかが?ああ、でも、これだけはお忘れなく。わたくしは“王宮に戻った”のではなく、“交渉の場に立った”のです」
その一言が、フェルミナを完全に沈黙させる。
ヴィクトールが肩をすくめながら立ち上がる。
「リリアーヌ、そろそろ戻ろうか。シュトラール神聖王国との連絡も、早めに取っておいた方が良さそうだ」
「ええ、そうね。フェルミナ様、また今度。次はもう少し冷静なお話ができると良いですわね」
リリアーヌは優雅に礼をして、部屋を後にした。
廊下を歩きながら、彼女は確信していた。
(さて――これで、“王宮の中”にも、わたくしという異物が根を張ったわ)
ここからが、真の戦いの始まり。 書き換えられた物語の中で、リリアーヌは静かに、勝利への布石を打ち続けるのだった。
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「……まさかあの場で“交渉”が成立するとは思わなかったよ」
椅子に腰掛けたヴィクトールが、感嘆混じりに肩をすくめた。
「王宮の連中、完全に出鼻をくじかれてたな。お前の“政治家ごっこ”も、なかなか見事だったよ」
「“ごっこ”とは心外ですわね。わたくしは本気でこの国を救うつもりよ。わたくしの方法ですけれど、ね」
リリアーヌは窓辺に立ち、外を見やる。 遠くに見える庭園は、春の花々で彩られていたが、その静けさとは裏腹に―― この王宮では、嵐が吹き荒れようとしていた。
(国王陛下は、一応の“協力”を認めた。でも、あれは“時間稼ぎ”にすぎない)
国王の視線は、政治の均衡と王宮の体面を保つことに腐心する者のそれだった。 彼が望むのは、リリアーヌを利用しての時間稼ぎ。 シュトラールとの関係を断たせ、王宮内の混乱を一時的に鎮めるための“駒”として。
(でも残念。わたくしは“駒”になるつもりはないの)
王宮を内側から変えるつもりも、国王の操り人形になるつもりもない。 リリアーヌが見ているのは、もっと先――もっと大きな未来。
その時だった。 控室の扉が、勢いよく開かれた。
「……失礼いたします」
入ってきたのは、王宮付きの女官――そして、その後ろには。
「まあ……ごきげんよう、リリアーヌ様」
花のような微笑みを浮かべて、聖女フェルミナが立っていた。
リリアーヌの瞳が、わずかに細められる。
「これはご丁寧に。お招きした覚えはございませんけれど?」
「リリアーヌ様には私のせいでご迷惑をおかけしたので、ご挨拶くらいはと思って」
フェルミナの声音は柔らかい。 だが、その瞳には、明らかな警戒と敵意が宿っていた。
(……やっと来たわね、“聖女様”)
「随分とお早い登場ですこと。わたくしが王宮に戻ると聞いて、落ち着かなくなったのかしら?」
「そんな。私はただ……“誤解”がないようにと思って」
フェルミナは席に座るリリアーヌに近づき、その隣に腰を下ろした。
「リリアーヌ様がシュトラール神聖王国と関係を深めるのは、王国にとって危険なこと。私、それを本当に心配していて……」
「“神託”でも降りたのかしら?」
リリアーヌが無表情で問いかけると、フェルミナの眉がぴくりと動いた。
「……ええ。神はこう申されました。“過去に縛られし者、清き光の道を踏み外す”」
「まあ。便利な神託」
リリアーヌはくすくすと笑う。
「では、その“過去に縛られし者”がわたくしであるという根拠は? あなたの“信仰心”だけで断じられても困りますわ」
「私は……ただ、この国の未来を……」
「ならば、未来を憂う者同士、共に働きましょう?」
リリアーヌはあくまで優しく、微笑みながら言った。
「王妃として、ではなく。“政治の一角”として。わたくしが王宮でどんな働きをするか……楽しみにしていてね、フェルミナ様」
フェルミナの顔から、笑みが消えた。
「……貴女、本気で王宮を――」
「変えるつもりよ。ええ、それこそ“神の声”が届かぬほどにね」
静かに告げるその声音に、フェルミナの喉が微かに鳴る。
(……これは“私”が描いていなかった“物語”)
フェルミナは本来、“滅びの象徴”だった。 だが、今や彼女自身が“変化を拒む者”として、リリアーヌの前に立ちはだかっている。
「ご挨拶は終わりましたわね?」
リリアーヌは立ち上がり、微笑んだ。
「早く王妃のお勉強でもなさったらいかが?ああ、でも、これだけはお忘れなく。わたくしは“王宮に戻った”のではなく、“交渉の場に立った”のです」
その一言が、フェルミナを完全に沈黙させる。
ヴィクトールが肩をすくめながら立ち上がる。
「リリアーヌ、そろそろ戻ろうか。シュトラール神聖王国との連絡も、早めに取っておいた方が良さそうだ」
「ええ、そうね。フェルミナ様、また今度。次はもう少し冷静なお話ができると良いですわね」
リリアーヌは優雅に礼をして、部屋を後にした。
廊下を歩きながら、彼女は確信していた。
(さて――これで、“王宮の中”にも、わたくしという異物が根を張ったわ)
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