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28、綻びの聖女庁と、剥がれる仮面
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王都の空気が、明らかに変わった。
“もう一つの神託”――リリアーヌ・グランディールが告げたその静かな声は、叫びにも奇跡にも頼らぬものであったはずだ。
だが、民衆は確かに反応した。揺れた。
昨日まで“魔の令嬢”とさえ囁かれていたはずの存在に、今日の民衆は妙な敬意を払い始めていた。
「……“理の神託”ってのも、悪くないんじゃないか」
「神様って、いろんな顔があるのかもな……」
聖女庁の前には列ができなくなり、代わりに簡易討論会の掲示板には新しい張り紙が貼られた。
《公爵家後援:王都市民向け“読み書き講座”参加者募集》
それは小さな変化だった。だが、信仰はいつだって、“空気”の中で形を変えるものだ。
そして――
王宮内、聖女庁。
大理石の床に、ヒールの音が響く。
フェルミナは、深紅の装飾が施された聖女衣のまま、扉を乱暴に開けた。
「……どういうことなの、これは!」
机に座っていた文官たちが一斉に立ち上がる。
「聖女様……この数日、“理の神託”を支持する発言が市民の間に拡がっておりまして……」
「それだけじゃないでしょう!? “神の娘”? あの女に、そんな称号がどうしてつくのよ!」
目元は涼しげなまま、だが声はもう押し殺しきれていない。
侍女が慌てて水差しを差し出すが、フェルミナはそれを払いのけた。
「私はここまで、何を捨てて登ってきたと思っているの……!ただの平民だった私が、王宮に迎えられ、聖女として人々の前に立つようになって――」
声が震える。だがそれは悲しみではなかった。怒りに近い熱だった。
「過去も、何もかもすべてを捨てたのよ! “神の声”が聞こえるというだけで、ようやく、ようやく……“選ばれた”のに!」
睫毛が濡れ、爪が白くなるほど手が握りしめられる。
「なのに……どうして……あの女ばかりが……!」
部屋の中の空気が凍りつく。
聖女庁の幹部たちの一人、リズ神官長がそっと声をかける。
「フェルミナ様……我らは“奇跡”をもって、民の心を再び集めねばなりません。神託を――より強く、新たに」
「……強く?」
フェルミナが呟いた。
「ええ。次の神託では“理の神託は偽り”と断じましょう。“紅き月”が再び昇る時、偽りの聖なる者に災いが訪れる……と」
沈黙。
だが次の瞬間、フェルミナは静かに笑った。
「いいわね、それ……」
その笑みは、どこまでも優美だった。
だが、その裏にあるものはもう――神の慈悲ではない。
それは、地位を守る者の執着であり、追い詰められた“平民出身の聖女”が握りしめた、最後の武器。
「ならば、見せてあげましょう。私が“本物”であると。あの女など……神の敵だと、思い知らせてやる……」
リズは微かに頷き、そっと部屋を下がった。
扉が閉まる音が、まるで静かな断罪の鐘のように響いた。
――リリアーヌが民に与えたのは“選択”だった。
だが、フェルミナが準備するのは、“強制”と“恐怖”で統制する神託だった。
そしてその二つの声が、王都の空でぶつかる日が、確実に迫っていた。
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“もう一つの神託”――リリアーヌ・グランディールが告げたその静かな声は、叫びにも奇跡にも頼らぬものであったはずだ。
だが、民衆は確かに反応した。揺れた。
昨日まで“魔の令嬢”とさえ囁かれていたはずの存在に、今日の民衆は妙な敬意を払い始めていた。
「……“理の神託”ってのも、悪くないんじゃないか」
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そして――
王宮内、聖女庁。
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フェルミナは、深紅の装飾が施された聖女衣のまま、扉を乱暴に開けた。
「……どういうことなの、これは!」
机に座っていた文官たちが一斉に立ち上がる。
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目元は涼しげなまま、だが声はもう押し殺しきれていない。
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「私はここまで、何を捨てて登ってきたと思っているの……!ただの平民だった私が、王宮に迎えられ、聖女として人々の前に立つようになって――」
声が震える。だがそれは悲しみではなかった。怒りに近い熱だった。
「過去も、何もかもすべてを捨てたのよ! “神の声”が聞こえるというだけで、ようやく、ようやく……“選ばれた”のに!」
睫毛が濡れ、爪が白くなるほど手が握りしめられる。
「なのに……どうして……あの女ばかりが……!」
部屋の中の空気が凍りつく。
聖女庁の幹部たちの一人、リズ神官長がそっと声をかける。
「フェルミナ様……我らは“奇跡”をもって、民の心を再び集めねばなりません。神託を――より強く、新たに」
「……強く?」
フェルミナが呟いた。
「ええ。次の神託では“理の神託は偽り”と断じましょう。“紅き月”が再び昇る時、偽りの聖なる者に災いが訪れる……と」
沈黙。
だが次の瞬間、フェルミナは静かに笑った。
「いいわね、それ……」
その笑みは、どこまでも優美だった。
だが、その裏にあるものはもう――神の慈悲ではない。
それは、地位を守る者の執着であり、追い詰められた“平民出身の聖女”が握りしめた、最後の武器。
「ならば、見せてあげましょう。私が“本物”であると。あの女など……神の敵だと、思い知らせてやる……」
リズは微かに頷き、そっと部屋を下がった。
扉が閉まる音が、まるで静かな断罪の鐘のように響いた。
――リリアーヌが民に与えたのは“選択”だった。
だが、フェルミナが準備するのは、“強制”と“恐怖”で統制する神託だった。
そしてその二つの声が、王都の空でぶつかる日が、確実に迫っていた。
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