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29、火花の予兆と、交錯する策謀
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フェルミナの“反撃の神託”が出される前夜――
グランディール公爵邸の地下書庫には、深夜にもかかわらず灯りが灯っていた。
「……やはり、来るわね。次は“否定”よ。“理の神託”を偽りと断じる、真正面からの対抗」
リリアーヌ・グランディールは、机に広げた報告書に目を通しながら、わずかに口元を歪めた。
「噂が先に出始めております。『神がふたつあるわけがない』、『あれはシュトラールの陰謀だ』、『神を騙る異端者』など……」
隣で控えていたセシリアが、憂いの混じった声で言う。
「想定通り。今度は“正しさ”の問題ではなく、“恐怖”で攻めてくるわけね」
「どうなさいますか?」
「対抗するわよ?」
リリアーヌはぴたりと筆を止め、顔を上げる。
「でも、“神の娘”が神と争っては駄目。次に打つのは――“わたくしではない誰か”であるべきね」
その言葉を聞いて、セシリアの目が一瞬だけ揺れる。
「まさか……あのお方を?」
「ええ。そろそろ、“あのカード”を切る時が来たわ」
そう言って、リリアーヌは引き出しの奥から一通の手紙を取り出す。
封にはシュトラール神聖王国の紋章――王家のもの。
「……ロイエン様の助力があれば、聖女庁の“独占”は崩れる。“もう一つの信仰”が、単なる異端ではなく“選択肢”になるわ」
彼女の瞳は冴えていた。
フェルミナの焦りを、そして“神の言葉”という武器に縋る危うさを、正確に読み切っていた。
「セシリア。使者を。最速でロイエン様へ」
「かしこまりました」
そして、同じころ――王宮の片隅。
王太子ルドルフは、ぼんやりと庭を眺めていた。
夜の冷気が、開け放たれた窓から静かに差し込む。
そこへ現れたのは、フェルミナだった。
聖女の装いではなく、ただの深紅のドレスに身を包み、化粧も薄い。
「殿下。今少し、お時間をいただけますか」
「……フェルミナ。構わないよ」
「ありがとうございます」
フェルミナはルドルフの隣に立ち、夜空を仰ぐ。
王太子の眼差しはどこか虚ろだった。
「皆が……僕を見ないんだ。最近ずっと。まるで、僕がいないかのように……」
「それは、殿下が“目をそらしている”からですわ」
その言葉に、ルドルフの眉がわずかに動いた。
「政治にも、国にも、そして……わたくしにも」
「……そんなこと、ない」
「では、わたくしを支えてください。“王妃”として――神と共に、この国を導く者として」
「フェルミナ……」
彼女はそっと彼の袖を取り、囁く。
「どうか、“わたくしの神託”に、王家としての“重み”を与えてくださいませ。今、王都に必要なのは、“真の神の声”です」
王太子は答えなかった。だが、その沈黙を、フェルミナは了承と受け取った。
――翌日。
聖女庁から新たな神託が発表される。
「“紅き月、ふたたび昇る時。偽りの娘、虚妄の理に罰下されん”」
「“神は唯一、ゆえに異なる言葉を語るものは異端なり”」
「“信仰を揺るがす者に、裁きの時が来る”」
それは明らかに、リリアーヌ個人を名指ししたものだった。
ただし名は出さず、言葉だけで包み込む“断罪の詩”。
だが――
「殿下ご同席のもと、聖女様が神託を発せられました」
「つまり王太子が、神託に“政治的正当性”を認めたってことか……」
「やはり、こっちが“本物”……なのか?」
戸惑う民。動揺する貴族たち。
王都は、再び熱を帯び始めていた。
そして、その報せがグランディール邸に届いたとき――
リリアーヌは、静かに笑った。
「……ありがとうございます、殿下。これでようやく、準備が整いましたわ」
「リリアーヌ嬢?」
「これでもう、“わたくし個人”の問題じゃない。“王家”が動いた以上、これは“政”の問題」
彼女は机にあった文書にサインし、封をした。
「――出しましょう。“王家に対する、信仰の独占の是非”を問う、公開討論会の開催要請文を。主催は王立学術院。後援は……」
彼女の指が、ある箇所を軽く叩く。
《後援:シュトラール神聖王国》
「……これで、終わりの始まり。いかがかしら?フェルミナ様」
その声は、微笑に満ちていた。
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グランディール公爵邸の地下書庫には、深夜にもかかわらず灯りが灯っていた。
「……やはり、来るわね。次は“否定”よ。“理の神託”を偽りと断じる、真正面からの対抗」
リリアーヌ・グランディールは、机に広げた報告書に目を通しながら、わずかに口元を歪めた。
「噂が先に出始めております。『神がふたつあるわけがない』、『あれはシュトラールの陰謀だ』、『神を騙る異端者』など……」
隣で控えていたセシリアが、憂いの混じった声で言う。
「想定通り。今度は“正しさ”の問題ではなく、“恐怖”で攻めてくるわけね」
「どうなさいますか?」
「対抗するわよ?」
リリアーヌはぴたりと筆を止め、顔を上げる。
「でも、“神の娘”が神と争っては駄目。次に打つのは――“わたくしではない誰か”であるべきね」
その言葉を聞いて、セシリアの目が一瞬だけ揺れる。
「まさか……あのお方を?」
「ええ。そろそろ、“あのカード”を切る時が来たわ」
そう言って、リリアーヌは引き出しの奥から一通の手紙を取り出す。
封にはシュトラール神聖王国の紋章――王家のもの。
「……ロイエン様の助力があれば、聖女庁の“独占”は崩れる。“もう一つの信仰”が、単なる異端ではなく“選択肢”になるわ」
彼女の瞳は冴えていた。
フェルミナの焦りを、そして“神の言葉”という武器に縋る危うさを、正確に読み切っていた。
「セシリア。使者を。最速でロイエン様へ」
「かしこまりました」
そして、同じころ――王宮の片隅。
王太子ルドルフは、ぼんやりと庭を眺めていた。
夜の冷気が、開け放たれた窓から静かに差し込む。
そこへ現れたのは、フェルミナだった。
聖女の装いではなく、ただの深紅のドレスに身を包み、化粧も薄い。
「殿下。今少し、お時間をいただけますか」
「……フェルミナ。構わないよ」
「ありがとうございます」
フェルミナはルドルフの隣に立ち、夜空を仰ぐ。
王太子の眼差しはどこか虚ろだった。
「皆が……僕を見ないんだ。最近ずっと。まるで、僕がいないかのように……」
「それは、殿下が“目をそらしている”からですわ」
その言葉に、ルドルフの眉がわずかに動いた。
「政治にも、国にも、そして……わたくしにも」
「……そんなこと、ない」
「では、わたくしを支えてください。“王妃”として――神と共に、この国を導く者として」
「フェルミナ……」
彼女はそっと彼の袖を取り、囁く。
「どうか、“わたくしの神託”に、王家としての“重み”を与えてくださいませ。今、王都に必要なのは、“真の神の声”です」
王太子は答えなかった。だが、その沈黙を、フェルミナは了承と受け取った。
――翌日。
聖女庁から新たな神託が発表される。
「“紅き月、ふたたび昇る時。偽りの娘、虚妄の理に罰下されん”」
「“神は唯一、ゆえに異なる言葉を語るものは異端なり”」
「“信仰を揺るがす者に、裁きの時が来る”」
それは明らかに、リリアーヌ個人を名指ししたものだった。
ただし名は出さず、言葉だけで包み込む“断罪の詩”。
だが――
「殿下ご同席のもと、聖女様が神託を発せられました」
「つまり王太子が、神託に“政治的正当性”を認めたってことか……」
「やはり、こっちが“本物”……なのか?」
戸惑う民。動揺する貴族たち。
王都は、再び熱を帯び始めていた。
そして、その報せがグランディール邸に届いたとき――
リリアーヌは、静かに笑った。
「……ありがとうございます、殿下。これでようやく、準備が整いましたわ」
「リリアーヌ嬢?」
「これでもう、“わたくし個人”の問題じゃない。“王家”が動いた以上、これは“政”の問題」
彼女は机にあった文書にサインし、封をした。
「――出しましょう。“王家に対する、信仰の独占の是非”を問う、公開討論会の開催要請文を。主催は王立学術院。後援は……」
彼女の指が、ある箇所を軽く叩く。
《後援:シュトラール神聖王国》
「……これで、終わりの始まり。いかがかしら?フェルミナ様」
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