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30、聖なる使節と、揺れる王家の影
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王都の朝に、異国の鐘が鳴った。
シュトラール神聖王国より、正式な使節団が到着したのである。
だがそれは、通常の外交儀礼とはまったく異なる性質を帯びていた。
なぜなら、王都を訪れたのは――
「シュトラール神聖王国第二王子、ロイエン・シュトラール殿下――ご到着です!」
その報は、瞬く間に王都全域に拡がった。
フェルミナの“断罪の神託”が出されてから、わずか二日。
その直後に届いた“王家後援の討論会開催申請書”が波紋を呼んでいた最中のことだ。
王宮正門に整列する衛兵たち。
王太子の命により、形式的な歓迎こそ整えられていたが――その顔に笑みはなかった。
重厚な軍馬にまたがる黒髪の男。
マントの下から覗くのは、深紅のシュトラール騎士団正装。
そして何より、堂々たるその姿と、鋭く光る琥珀の瞳が、すべてを黙らせた。
(この時点で、もう“空気”が変わったわね)
リリアーヌは書斎の窓辺で、その一行が門を通過する様を静かに見ていた。
口元にはうっすらと笑み。
「……あの人は、“風”を変える男よ。たとえ何も語らずとも、あれだけで十分」
横にいたセシリアがこぼす。
「殿下、やはり王子でいらっしゃいますわ……全身が“正当性”の塊のようです」
リリアーヌはそれに頷き、軽く顎を撫でた。
「さて――ここからが本番。フェルミナ様、あなたは“神の声”で攻めた。では私は、“世界の構造”で抗ってみせましょう」
王太子の私室――。
「なぜ……来るんだ……なんで今、来るんだ……!」
ルドルフの声がわずかに震える。
報せを聞いた瞬間、彼は椅子から立ち上がり、部屋の中を歩き回っていた。
「歓迎式の主賓席に、リリアーヌが“招かれた”って……それは、どういう意味なんだ!」
「……王太子殿下……」
フェルミナが、慎重に言葉を選びながら宥める。
「殿下。これは、あくまで“表向きの親善訪問”ですわ。リリアーヌ嬢を招いたのは、王家における“婚約破棄”後の非公式な弁解の一環と……そう、処理できるはずです」
「処理……できると思ってるのか……?!」
ルドルフは初めてフェルミナに怒声を向けた。
「このままじゃ……まるで僕たちが“宗教の独裁者”で、向こうが“自由と理性の象徴”じゃないか……!」
その言葉に、フェルミナの微笑が微かに揺れた。
「……なら、殿下が主導して“神託”を掲げてくださいまし。王として」
「……え……?」
「わたくしではなく、殿下が直接“神の御心”を代弁するのですわ。王家が“信仰の中心”であることを……はっきりと」
ルドルフはしばし黙し――椅子へと崩れるように座った。
「……僕には……そんな覚悟、ないよ……」
フェルミナは何も言わなかった。
ただ一歩、彼から距離を取っただけだった。
その夜――。
王立学術院が主催する、討論会の招待状が王都の主要機関に配られた。
“信仰と政治の共存”をテーマに掲げたその公開討論には、王太子側近の司祭フェルメル、王立学術院の筆頭研究官、そして――
《特別招待者:リリアーヌ・グランディール嬢》
《立会人:ロイエン・シュトラール殿下》
その名が載った瞬間、すべてが“変わった”。
――フェルミナが神を語るなら、
リリアーヌは“語りの場”そのものを奪う。
この時点で、勝負の舞台は“壇上”へと移されたのだった。
そして、討論会の前夜。
グランディール邸に、ひとりの男が現れる。
「夜分、失礼する」
黒いマントを翻し、静かに扉をくぐったロイエン・シュトラール。
「まあ、殿下。“討論会の前夜”にお顔を拝見するなんて……どうされましたか?」
リリアーヌが笑みを浮かべる。
「あなたと話がしたい。……できれば、誰もいない場所で」
ふたりは視線を交わし――静かに私室へと入っていった。
これが、“前夜”の静寂だった。
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シュトラール神聖王国より、正式な使節団が到着したのである。
だがそれは、通常の外交儀礼とはまったく異なる性質を帯びていた。
なぜなら、王都を訪れたのは――
「シュトラール神聖王国第二王子、ロイエン・シュトラール殿下――ご到着です!」
その報は、瞬く間に王都全域に拡がった。
フェルミナの“断罪の神託”が出されてから、わずか二日。
その直後に届いた“王家後援の討論会開催申請書”が波紋を呼んでいた最中のことだ。
王宮正門に整列する衛兵たち。
王太子の命により、形式的な歓迎こそ整えられていたが――その顔に笑みはなかった。
重厚な軍馬にまたがる黒髪の男。
マントの下から覗くのは、深紅のシュトラール騎士団正装。
そして何より、堂々たるその姿と、鋭く光る琥珀の瞳が、すべてを黙らせた。
(この時点で、もう“空気”が変わったわね)
リリアーヌは書斎の窓辺で、その一行が門を通過する様を静かに見ていた。
口元にはうっすらと笑み。
「……あの人は、“風”を変える男よ。たとえ何も語らずとも、あれだけで十分」
横にいたセシリアがこぼす。
「殿下、やはり王子でいらっしゃいますわ……全身が“正当性”の塊のようです」
リリアーヌはそれに頷き、軽く顎を撫でた。
「さて――ここからが本番。フェルミナ様、あなたは“神の声”で攻めた。では私は、“世界の構造”で抗ってみせましょう」
王太子の私室――。
「なぜ……来るんだ……なんで今、来るんだ……!」
ルドルフの声がわずかに震える。
報せを聞いた瞬間、彼は椅子から立ち上がり、部屋の中を歩き回っていた。
「歓迎式の主賓席に、リリアーヌが“招かれた”って……それは、どういう意味なんだ!」
「……王太子殿下……」
フェルミナが、慎重に言葉を選びながら宥める。
「殿下。これは、あくまで“表向きの親善訪問”ですわ。リリアーヌ嬢を招いたのは、王家における“婚約破棄”後の非公式な弁解の一環と……そう、処理できるはずです」
「処理……できると思ってるのか……?!」
ルドルフは初めてフェルミナに怒声を向けた。
「このままじゃ……まるで僕たちが“宗教の独裁者”で、向こうが“自由と理性の象徴”じゃないか……!」
その言葉に、フェルミナの微笑が微かに揺れた。
「……なら、殿下が主導して“神託”を掲げてくださいまし。王として」
「……え……?」
「わたくしではなく、殿下が直接“神の御心”を代弁するのですわ。王家が“信仰の中心”であることを……はっきりと」
ルドルフはしばし黙し――椅子へと崩れるように座った。
「……僕には……そんな覚悟、ないよ……」
フェルミナは何も言わなかった。
ただ一歩、彼から距離を取っただけだった。
その夜――。
王立学術院が主催する、討論会の招待状が王都の主要機関に配られた。
“信仰と政治の共存”をテーマに掲げたその公開討論には、王太子側近の司祭フェルメル、王立学術院の筆頭研究官、そして――
《特別招待者:リリアーヌ・グランディール嬢》
《立会人:ロイエン・シュトラール殿下》
その名が載った瞬間、すべてが“変わった”。
――フェルミナが神を語るなら、
リリアーヌは“語りの場”そのものを奪う。
この時点で、勝負の舞台は“壇上”へと移されたのだった。
そして、討論会の前夜。
グランディール邸に、ひとりの男が現れる。
「夜分、失礼する」
黒いマントを翻し、静かに扉をくぐったロイエン・シュトラール。
「まあ、殿下。“討論会の前夜”にお顔を拝見するなんて……どうされましたか?」
リリアーヌが笑みを浮かべる。
「あなたと話がしたい。……できれば、誰もいない場所で」
ふたりは視線を交わし――静かに私室へと入っていった。
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