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31、討論の開幕
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王立学術院の大講堂――
その重厚な扉が開かれたとき、王都は静まり返ったようだった。
普段は賢者と学徒が学び合う知の殿堂。
だがこの日ばかりは、“信仰”と“理性”、
“神託”と“政治”が火花を散らす――運命の舞台となっていた。
講堂の席は埋め尽くされ、王都中から招かれた高官、貴族、神官、商人たちが息を呑んで壇上を見つめている。
壇の中央には、討論の進行役として王立学術院の筆頭研究官が座り、
右手にフェルミナとその支援者たち、左手にリリアーヌと王国の文官、そして一段後方にロイエン王子が控えていた。
琥珀の瞳が、全てを見据えるように会場を一望している。
「……本日は、“信仰と政治の共存”という主題のもと、双方のご意見を拝聴いたします」
進行役の声が響く。
先に言葉を得たのは――フェルミナだった。
「神はただ一柱。この地を司るのは、我が神の御声のみ。ゆえに、異なる神託を語ることは、民を惑わし、国家を裂く暴挙に他なりません」
その声はよく通り、まるで演奏のように美しく響いた。
「聖女庁は、民の不安に応え、銀貨を与え、病に癒しを与え、そして未来を示してまいりました。それこそが神の導きであり、現に人々は救われております」
賛同の拍手が上がる。
だが、その拍手に、わずかに迷いが混じっていたのを、リリアーヌは見逃さなかった。
「……では、次に――グランディール令嬢」
進行役が目を向ける。
リリアーヌはゆっくりと立ち上がった。
深く息を吸い、そして――語り出す。
「神を信じることを否定しません。ですが、“神の言葉を預かる”ということは――“その力に溺れる危険”と隣り合わせであることを、忘れてはならないはずです」
会場が水を打ったように静かになる。
「民に銀貨を与え、食を分け与える。それは素晴らしいことです。でも、それが“従わせるため”の手段になった瞬間、それはもう“信仰”ではなく、“支配”です」
リリアーヌの言葉が、鋭く空気を裂く。
「私は、“もう一つの神託”を頂きました。それは、民に問いかける神。選ばせる神。導かれるのではなく、自ら道を選ぶ勇気を与える神です」
どこからか、小さく拍手が起きる。
学徒の一人が、静かに立ち上がった。
「……俺、読み書き講座に通ってます。最初はただ飯目当てだったけど……自分で文字が読めるって、こんなに世界が広がるんだって、初めて知りました」
リリアーヌが彼に軽く頷く。
「ありがとうございます。あなたのような“選択”が、国を変えるんです」
そして――彼女はフェルミナの方へ向き直る。
「フェルミナ様。あなたは“異なる神託”があってはならぬと仰る。ですが、それは“あなたの神”が“私の神”より上だという前提に立っています」
彼女の声は、そこではっきりと会場を貫いた。
「神が一柱であるならば――その神は、どちらの声も否定しないはずです。なぜなら、私たちはいずれも“人”だからです。完璧ではないからこそ、神の声は時に多様であるべきなのです」
聖堂の奥、観覧席の中にいた一人の老神官が、杖を突いて立ち上がった。
「……その通りだ。神とは、声を一つにするためにあるのではない。人が互いを認めるためにこそ、“祈り”は存在するのだ」
それは、かつて聖女庁を創設した神殿派閥の長老のひとりだった。
会場がざわつく。
フェルミナの頬がわずかに引きつった。
リリアーヌは、その空気を逃さなかった。
「最後に、申し上げます」
リリアーヌは、ゆっくりとロイエンを振り返る。
「信仰と理性は、相反するものではありません。むしろ共にあってこそ、人は正しく生きられる。だからこそ、この国は、あなたの声も、わたくしの声も――そして、神の声さえも、“選べる”場所であるべきです」
沈黙。
だが、それは――静かな拍手の前触れだった。
最初は一人、次に二人、やがて会場の半数以上が拍手を送る。
誰もが、心のどこかで“気づいていた”のだ。
“与えられる”信仰ではなく、“選ぶ”自由の存在を。
ロイエンが、席を立ち、ひと言だけ告げる。
「――これこそが、我が神聖王国がリリアーヌ・グランディールを正式な“神の娘”として認める理由だ」
ロイエンの声が、会場の天井を突き抜けるように響く。
「神が一柱であるというのなら――なぜその神が、この地に異なる声を与えたのか?」
そこでロイエンは人々に問うように、いったん区切る。
そして数拍置いて、周囲を見渡した。
「我がシュトラールは、リリアーヌ嬢に宿る“理”こそ、神のもうひとつの啓示であると認めている。それを否定するというのなら――この国が、我が国と“異なる神を信仰する国”であることを自ら宣言するに等しい」
彼は一歩、壇の中央へと進み出る。
「ならば――我が神聖王国は、“神を冒涜する国”と友誼を結ぶわけにはいかない」
その一言が、すべてを決定づけた。
ロイエンは言い回しこそ違うが、静かに宣戦布告をしたことに他ならない。
リリアーヌは後光の中で微笑んだ。
その日以降、王都では“理の神託”が新たな潮流として語られるようになった。
一方、聖女庁からは“人の流れ”が離れ始めていた。
その重厚な扉が開かれたとき、王都は静まり返ったようだった。
普段は賢者と学徒が学び合う知の殿堂。
だがこの日ばかりは、“信仰”と“理性”、
“神託”と“政治”が火花を散らす――運命の舞台となっていた。
講堂の席は埋め尽くされ、王都中から招かれた高官、貴族、神官、商人たちが息を呑んで壇上を見つめている。
壇の中央には、討論の進行役として王立学術院の筆頭研究官が座り、
右手にフェルミナとその支援者たち、左手にリリアーヌと王国の文官、そして一段後方にロイエン王子が控えていた。
琥珀の瞳が、全てを見据えるように会場を一望している。
「……本日は、“信仰と政治の共存”という主題のもと、双方のご意見を拝聴いたします」
進行役の声が響く。
先に言葉を得たのは――フェルミナだった。
「神はただ一柱。この地を司るのは、我が神の御声のみ。ゆえに、異なる神託を語ることは、民を惑わし、国家を裂く暴挙に他なりません」
その声はよく通り、まるで演奏のように美しく響いた。
「聖女庁は、民の不安に応え、銀貨を与え、病に癒しを与え、そして未来を示してまいりました。それこそが神の導きであり、現に人々は救われております」
賛同の拍手が上がる。
だが、その拍手に、わずかに迷いが混じっていたのを、リリアーヌは見逃さなかった。
「……では、次に――グランディール令嬢」
進行役が目を向ける。
リリアーヌはゆっくりと立ち上がった。
深く息を吸い、そして――語り出す。
「神を信じることを否定しません。ですが、“神の言葉を預かる”ということは――“その力に溺れる危険”と隣り合わせであることを、忘れてはならないはずです」
会場が水を打ったように静かになる。
「民に銀貨を与え、食を分け与える。それは素晴らしいことです。でも、それが“従わせるため”の手段になった瞬間、それはもう“信仰”ではなく、“支配”です」
リリアーヌの言葉が、鋭く空気を裂く。
「私は、“もう一つの神託”を頂きました。それは、民に問いかける神。選ばせる神。導かれるのではなく、自ら道を選ぶ勇気を与える神です」
どこからか、小さく拍手が起きる。
学徒の一人が、静かに立ち上がった。
「……俺、読み書き講座に通ってます。最初はただ飯目当てだったけど……自分で文字が読めるって、こんなに世界が広がるんだって、初めて知りました」
リリアーヌが彼に軽く頷く。
「ありがとうございます。あなたのような“選択”が、国を変えるんです」
そして――彼女はフェルミナの方へ向き直る。
「フェルミナ様。あなたは“異なる神託”があってはならぬと仰る。ですが、それは“あなたの神”が“私の神”より上だという前提に立っています」
彼女の声は、そこではっきりと会場を貫いた。
「神が一柱であるならば――その神は、どちらの声も否定しないはずです。なぜなら、私たちはいずれも“人”だからです。完璧ではないからこそ、神の声は時に多様であるべきなのです」
聖堂の奥、観覧席の中にいた一人の老神官が、杖を突いて立ち上がった。
「……その通りだ。神とは、声を一つにするためにあるのではない。人が互いを認めるためにこそ、“祈り”は存在するのだ」
それは、かつて聖女庁を創設した神殿派閥の長老のひとりだった。
会場がざわつく。
フェルミナの頬がわずかに引きつった。
リリアーヌは、その空気を逃さなかった。
「最後に、申し上げます」
リリアーヌは、ゆっくりとロイエンを振り返る。
「信仰と理性は、相反するものではありません。むしろ共にあってこそ、人は正しく生きられる。だからこそ、この国は、あなたの声も、わたくしの声も――そして、神の声さえも、“選べる”場所であるべきです」
沈黙。
だが、それは――静かな拍手の前触れだった。
最初は一人、次に二人、やがて会場の半数以上が拍手を送る。
誰もが、心のどこかで“気づいていた”のだ。
“与えられる”信仰ではなく、“選ぶ”自由の存在を。
ロイエンが、席を立ち、ひと言だけ告げる。
「――これこそが、我が神聖王国がリリアーヌ・グランディールを正式な“神の娘”として認める理由だ」
ロイエンの声が、会場の天井を突き抜けるように響く。
「神が一柱であるというのなら――なぜその神が、この地に異なる声を与えたのか?」
そこでロイエンは人々に問うように、いったん区切る。
そして数拍置いて、周囲を見渡した。
「我がシュトラールは、リリアーヌ嬢に宿る“理”こそ、神のもうひとつの啓示であると認めている。それを否定するというのなら――この国が、我が国と“異なる神を信仰する国”であることを自ら宣言するに等しい」
彼は一歩、壇の中央へと進み出る。
「ならば――我が神聖王国は、“神を冒涜する国”と友誼を結ぶわけにはいかない」
その一言が、すべてを決定づけた。
ロイエンは言い回しこそ違うが、静かに宣戦布告をしたことに他ならない。
リリアーヌは後光の中で微笑んだ。
その日以降、王都では“理の神託”が新たな潮流として語られるようになった。
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