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39、まだ終わらない
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目を開けた瞬間、白が広がった。
天井も壁も、すべてが淡くぼやけていて、現実と夢の境が曖昧だった。
息を吸うと、薬草と鉄の匂いが混じった空気が肺に落ちていく。
少しだけ動かした腕に、包帯の擦れる音。
体の奥でまだ何かがざわついていた。霊素の名残か、それとも別の何かか。
(……ここ、は……)
言葉にするより先に、あの光景が浮かぶ。
焼けるような空気。
仮面の男の声。
そして――アルバートの手。
「……イリィ」
低く、少しかすれた声が耳の奥を震わせた。
その声を追うように視線を向けると、
窓辺の影がこちらを見ていた。
アルバートがそこに、いた。
鎧は外され、左腕には包帯が巻かれている。
夜の光が輪郭を切り取って、彼の表情を柔らかく見せていた。
「気づいたか」
その声に、胸の奥が痛くなった。
安心より先に、罪悪感がこみ上げる。
自分のせいで、どれだけの人が傷ついたのか――それを思うと、息が詰まった。
「……僕……」
「イリィ」
言葉を遮るように、彼が言った。
その響きが強く、けれど優しかった。
「君が生きている。それだけで、十分だ」
何も言い返せなかった。
その言葉の重みが、あまりにもまっすぐすぎて。
しばらく沈黙が落ちた。
外では風が吹き、遠くで鐘の音がかすかに響いている。
静かすぎて、まるで世界が呼吸を潜めているようだった。
アルバートは立ち上がり、窓際に歩み寄る。
背中越しに言葉が落ちた。
「王都に戻って三日。君はずっと眠っていた」
「……リーゼンは?」
「情報局で報告をまとめてる。上では“例の術”の解析が始まった」
少し間を置いて、彼は続けた。
「――それと。上層部が、君の拘束を検討している」
心臓が一瞬、音を立てるのをやめた。
息を吸うのも怖くなるほど、胸が固くなった。
「……僕を、閉じ込める気、ですか?」
「“危険な媒介”と判断されれば……そうなる」
彼の声は静かだったが、押し殺した怒りが滲んでいた。
「俺は反対した。だが、あの術に触れた者を野放しにはできんという理屈も、分からなくはない」
「アルバート……」
何かを言おうとしたけれど、喉がうまく動かなかった。
言葉の代わりに、シーツの上で拳を握る。
(また……僕が、誰かの判断で決められるのか……?)
頭の奥で、仮面の男の声が蘇る。
“お前自身がそれを選んだのだ、かつてな”――その言葉が、皮肉みたいに胸を刺した。
そんな記憶は、ない。
どこかで消失した記憶が全てを引き寄せている。
アルバートが振り返る。
その瞳には、迷いと決意が入り混じっていた。
「俺は、もう命令には従わない。これ以上君を“実験体”のように扱わせる気はない」
「……そんなこと言ったら、あなたまで……」
「構わない」
きっぱりと、彼は言った。
まるでその言葉が、自分の中で長いあいだ温められてきた誓いであるかのように。
沈黙。
蝋燭の炎がわずかに揺れ、影が壁に滲む。
その光の中で、彼の横顔が少しだけ寂しそうに見えた。
「また君を失うかと……怖かった」
何かを返そうとして、唇が動く。
けれど、声にならなかった。
アルバートはベッドのそばまで来ると、脇に腰を下ろし、ゆっくりと僕の手を取った。
指先が冷たく、けれど確かに生きていた。
「……君が生きている」
彼が小さく笑った。
その笑みの奥に、疲労と決意が同居している。
「今はそれだけで、十分だ」
僕は何も言えず、ただその手の温度を感じていた。
外の風が、夜の帳を揺らしていた。
新しい夜が始まろうとしていた。
胸の奥で、まだ何かが微かに軋んでいる。あの術の残響か、それとも――別の何かか。
天井も壁も、すべてが淡くぼやけていて、現実と夢の境が曖昧だった。
息を吸うと、薬草と鉄の匂いが混じった空気が肺に落ちていく。
少しだけ動かした腕に、包帯の擦れる音。
体の奥でまだ何かがざわついていた。霊素の名残か、それとも別の何かか。
(……ここ、は……)
言葉にするより先に、あの光景が浮かぶ。
焼けるような空気。
仮面の男の声。
そして――アルバートの手。
「……イリィ」
低く、少しかすれた声が耳の奥を震わせた。
その声を追うように視線を向けると、
窓辺の影がこちらを見ていた。
アルバートがそこに、いた。
鎧は外され、左腕には包帯が巻かれている。
夜の光が輪郭を切り取って、彼の表情を柔らかく見せていた。
「気づいたか」
その声に、胸の奥が痛くなった。
安心より先に、罪悪感がこみ上げる。
自分のせいで、どれだけの人が傷ついたのか――それを思うと、息が詰まった。
「……僕……」
「イリィ」
言葉を遮るように、彼が言った。
その響きが強く、けれど優しかった。
「君が生きている。それだけで、十分だ」
何も言い返せなかった。
その言葉の重みが、あまりにもまっすぐすぎて。
しばらく沈黙が落ちた。
外では風が吹き、遠くで鐘の音がかすかに響いている。
静かすぎて、まるで世界が呼吸を潜めているようだった。
アルバートは立ち上がり、窓際に歩み寄る。
背中越しに言葉が落ちた。
「王都に戻って三日。君はずっと眠っていた」
「……リーゼンは?」
「情報局で報告をまとめてる。上では“例の術”の解析が始まった」
少し間を置いて、彼は続けた。
「――それと。上層部が、君の拘束を検討している」
心臓が一瞬、音を立てるのをやめた。
息を吸うのも怖くなるほど、胸が固くなった。
「……僕を、閉じ込める気、ですか?」
「“危険な媒介”と判断されれば……そうなる」
彼の声は静かだったが、押し殺した怒りが滲んでいた。
「俺は反対した。だが、あの術に触れた者を野放しにはできんという理屈も、分からなくはない」
「アルバート……」
何かを言おうとしたけれど、喉がうまく動かなかった。
言葉の代わりに、シーツの上で拳を握る。
(また……僕が、誰かの判断で決められるのか……?)
頭の奥で、仮面の男の声が蘇る。
“お前自身がそれを選んだのだ、かつてな”――その言葉が、皮肉みたいに胸を刺した。
そんな記憶は、ない。
どこかで消失した記憶が全てを引き寄せている。
アルバートが振り返る。
その瞳には、迷いと決意が入り混じっていた。
「俺は、もう命令には従わない。これ以上君を“実験体”のように扱わせる気はない」
「……そんなこと言ったら、あなたまで……」
「構わない」
きっぱりと、彼は言った。
まるでその言葉が、自分の中で長いあいだ温められてきた誓いであるかのように。
沈黙。
蝋燭の炎がわずかに揺れ、影が壁に滲む。
その光の中で、彼の横顔が少しだけ寂しそうに見えた。
「また君を失うかと……怖かった」
何かを返そうとして、唇が動く。
けれど、声にならなかった。
アルバートはベッドのそばまで来ると、脇に腰を下ろし、ゆっくりと僕の手を取った。
指先が冷たく、けれど確かに生きていた。
「……君が生きている」
彼が小さく笑った。
その笑みの奥に、疲労と決意が同居している。
「今はそれだけで、十分だ」
僕は何も言えず、ただその手の温度を感じていた。
外の風が、夜の帳を揺らしていた。
新しい夜が始まろうとしていた。
胸の奥で、まだ何かが微かに軋んでいる。あの術の残響か、それとも――別の何かか。
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