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60、熱の後
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目を覚ましたとき、部屋にはもう欲望の匂いは残っていなかった。
代わりに、ベッドの中にこもった微かな熱と、その中心に確かに存在するアルバートの腕だけが、ここ数日の記憶をゆっくりと呼び起こした。
(……やっと、落ち着いたんだ)
深い波が何度も押し寄せ、そのたび身体の奥まで溶かされて、
それが三日だったのか四日だったのか。
数を数えようとすると指が震えて、結局わからなくなった。
僕が飢えずにしかも清潔なところを見るに、アルバートが途中途中で世話を焼いてくれたのだとわかる。
(僕には勿体無いくらいの人だね……)
そのアルバートは隣で静かに息をしている。眠っているようにも、ただ目を閉じているだけにも見えて──僕がわずかに動くと、その腕が自然に抱き寄せてきた。
「……起きたのか」
耳の後ろに触れる低い声。
「うん……」
「苦しくないか?」
その問いがあまりに優しくて、胸が詰まる。
「もう……大丈夫。ほとんど、熱もないよ」
「ほとんど、か」
目を細めたアルバートの視線には、ほんの少しだけ名残惜しさが混ざっていた。
理性で隠しているけれど、その奥に潜んだ獣の影は、僕にはもう見えてしまう。
それは本能だけでなく理性のもとでも僕を求めてくれているということだ。
(……この人、ずっとこんなに)
思えば最初から、ひどく愛されていた。
彼もまた記憶が残っていたということもあるのだろう。
僕は僕なりに、運命に抗いたいという気持ちも大きかった。
だから疑って、距離を置いて、逃げようとして。
なのに終わってみれば――
(僕……結局、好きになってる)
恥ずかしくて、嬉しくて、どこか泣きたくなるような感情が胸の底を熱くする。
「……イリィ?」
覗き込むアルバートの顔があまりに真剣で、思わず笑ってしまった。
「ねえ、アルバート……その……」
喉の奥で渋滞していた問いが、ようやく形になる。
「今回のことで……子供ができる、とか……あり得るのかな……?」
その瞬間、アルバートの全身がわずかに強張った。
瞳の奥の温度が変わる。
真剣と熱が綯い交ぜになった、深い光。
「……イリィ。もしそうなったら……君は、嫌か?」
「……嫌じゃないよ」
言って、自分でも驚いた。
胸の奥がじんと温かくなる。
「だって……別れようとして逃げたのに、結局、こうして番になっちゃってさ……」
照れた笑いが零れる。
「好きな人と家族になるって……いいなって、思っただけ」
アルバートは息を呑み、次の刹那、強く抱き寄せてきた。
「……イライアス……」
その声には、安堵、喜び、恐れ、そして僕を失わないための必死な愛情が沈んでいた。
「俺は……君となら……どんな未来も欲しい」
額を僕の肩に押し当てたまま、かすかに震えている。
その震えが、どうしようもなく愛しい。
静かな言葉なのに、胸の中心をまっすぐ貫く。
僕は自然と彼の背に手を回した。
「……僕もだよ」
熱が消えたあとで初めて気づいた。
夜の濃さよりも、身体の繋がりよりも――今この腕の中の温度が、いちばん安心する。
(……ああ、僕……)
ようやく分かった。
番になったからじゃない。
発情期のせいでもない。
僕は、この人を――ただ好きなんだ。
そう思った瞬間、アルバートが頬を寄せてそっと唇を重ねる。
熱の続きでも、衝動でもなく。
ただ、愛しいという理由だけのキスだった。
唇が離れたあとの静けさは、
嵐の後の海のように、深く澄んでいた。
「……イリィ」
頬に触れた声がやわらかく揺れる。
「少し……泣いてる?」
気がつけば、僕の目が潤んでいて、それを気づかせてくれたのはアルバートだった。
「……違うよ。ただ……安心しただけ」
「安心?」
「うん。……もう、逃げなくていいんだ、って」
アルバート腕は力を増し、まるで逃げ道を全部塞ぐみたいだ。
僕も腕に力を込める。
「逃す気なんて……なかったけれどね」
その少し照れた声音に、また笑ってしまう。
そして、静かに甘い余韻の中――アルバートが僕の手を強く握った。
「もう少し寝ていい。熱が完全に抜けるまで……何日でも側にいる」
「そんな、大げさだよ……」
「大げさでいい。君は俺の番なんだから。唯一無二だ」
(……番になってよかった)
心の底から、そう思った。
代わりに、ベッドの中にこもった微かな熱と、その中心に確かに存在するアルバートの腕だけが、ここ数日の記憶をゆっくりと呼び起こした。
(……やっと、落ち着いたんだ)
深い波が何度も押し寄せ、そのたび身体の奥まで溶かされて、
それが三日だったのか四日だったのか。
数を数えようとすると指が震えて、結局わからなくなった。
僕が飢えずにしかも清潔なところを見るに、アルバートが途中途中で世話を焼いてくれたのだとわかる。
(僕には勿体無いくらいの人だね……)
そのアルバートは隣で静かに息をしている。眠っているようにも、ただ目を閉じているだけにも見えて──僕がわずかに動くと、その腕が自然に抱き寄せてきた。
「……起きたのか」
耳の後ろに触れる低い声。
「うん……」
「苦しくないか?」
その問いがあまりに優しくて、胸が詰まる。
「もう……大丈夫。ほとんど、熱もないよ」
「ほとんど、か」
目を細めたアルバートの視線には、ほんの少しだけ名残惜しさが混ざっていた。
理性で隠しているけれど、その奥に潜んだ獣の影は、僕にはもう見えてしまう。
それは本能だけでなく理性のもとでも僕を求めてくれているということだ。
(……この人、ずっとこんなに)
思えば最初から、ひどく愛されていた。
彼もまた記憶が残っていたということもあるのだろう。
僕は僕なりに、運命に抗いたいという気持ちも大きかった。
だから疑って、距離を置いて、逃げようとして。
なのに終わってみれば――
(僕……結局、好きになってる)
恥ずかしくて、嬉しくて、どこか泣きたくなるような感情が胸の底を熱くする。
「……イリィ?」
覗き込むアルバートの顔があまりに真剣で、思わず笑ってしまった。
「ねえ、アルバート……その……」
喉の奥で渋滞していた問いが、ようやく形になる。
「今回のことで……子供ができる、とか……あり得るのかな……?」
その瞬間、アルバートの全身がわずかに強張った。
瞳の奥の温度が変わる。
真剣と熱が綯い交ぜになった、深い光。
「……イリィ。もしそうなったら……君は、嫌か?」
「……嫌じゃないよ」
言って、自分でも驚いた。
胸の奥がじんと温かくなる。
「だって……別れようとして逃げたのに、結局、こうして番になっちゃってさ……」
照れた笑いが零れる。
「好きな人と家族になるって……いいなって、思っただけ」
アルバートは息を呑み、次の刹那、強く抱き寄せてきた。
「……イライアス……」
その声には、安堵、喜び、恐れ、そして僕を失わないための必死な愛情が沈んでいた。
「俺は……君となら……どんな未来も欲しい」
額を僕の肩に押し当てたまま、かすかに震えている。
その震えが、どうしようもなく愛しい。
静かな言葉なのに、胸の中心をまっすぐ貫く。
僕は自然と彼の背に手を回した。
「……僕もだよ」
熱が消えたあとで初めて気づいた。
夜の濃さよりも、身体の繋がりよりも――今この腕の中の温度が、いちばん安心する。
(……ああ、僕……)
ようやく分かった。
番になったからじゃない。
発情期のせいでもない。
僕は、この人を――ただ好きなんだ。
そう思った瞬間、アルバートが頬を寄せてそっと唇を重ねる。
熱の続きでも、衝動でもなく。
ただ、愛しいという理由だけのキスだった。
唇が離れたあとの静けさは、
嵐の後の海のように、深く澄んでいた。
「……イリィ」
頬に触れた声がやわらかく揺れる。
「少し……泣いてる?」
気がつけば、僕の目が潤んでいて、それを気づかせてくれたのはアルバートだった。
「……違うよ。ただ……安心しただけ」
「安心?」
「うん。……もう、逃げなくていいんだ、って」
アルバート腕は力を増し、まるで逃げ道を全部塞ぐみたいだ。
僕も腕に力を込める。
「逃す気なんて……なかったけれどね」
その少し照れた声音に、また笑ってしまう。
そして、静かに甘い余韻の中――アルバートが僕の手を強く握った。
「もう少し寝ていい。熱が完全に抜けるまで……何日でも側にいる」
「そんな、大げさだよ……」
「大げさでいい。君は俺の番なんだから。唯一無二だ」
(……番になってよかった)
心の底から、そう思った。
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