王弟様の溺愛が重すぎるんですが、未来では捨てられるらしい

めがねあざらし

文字の大きさ
24 / 64

8-5

しおりを挟む
夜会が開かれる夜。
王宮の一角にあるエリアスの官舎では、いつもとは違う雰囲気が漂っていた。
普段の文官服ではなく、エリアスは 正装に身を包んでいる。
漆黒のジャケットに、装飾の少ない白のシャツ。
襟元には細やかな刺繍が施され、シンプルながらも洗練されたデザインだった。
エリアスは鏡越しに自分の姿を眺め、ほんの少しだけ肩をすくめる。

(……慣れないな)

文官としての職務服とは違い、正装にはどうしても"貴族らしさ"が漂う。
特に、今夜のような格式の高い夜会では、それが一層際立つのだろう。

「……まあ、こういう場に出る以上、仕方ないか」

小さく呟いたその時。

──コンコン

扉が静かにノックされた。

「エリアス、入るぞ」

低く、よく通る声。

(……レオ様?)

驚きつつも、「どうぞ」と声をかけると、ゆっくりと扉が開いた。
そこに立っていたのは、やはりレオナードだった。
彼もまた、いつもの軍服ではなく、王弟に相応しい華やかな正装を纏っている。
普段は質実剛健な装いが多いレオナードだが、今日は深紅のジャケットに黒の装飾が施された格式高い衣装だった。
それが彼の金の瞳を際立たせ、王族としての威厳をより一層引き立てている。
とても美しい、男。

(ああ……やっぱり、似合うな)

エリアスは心の中で小さく息を吐く。
だが、それを表に出す前に、レオナードがすっと手を伸ばしてきた。

「お前に、これを」

そう言って差し出されたのは── 銀のブローチ だった。

「これは……?」
「私と同じものだ」

レオナードは、自らの胸元を軽く指で示す。
そこには、同じ意匠のブローチがつけられていた。
エリアスは思わず目を見開く。

(揃いの……?)

レオナードの指が、ブローチをエリアスの襟元へとそっと留める。
だが、その動作を終えても、彼は手を離さなかった。
エリアスが怪訝に思い視線を上げると、レオナードの金の瞳が真っ直ぐに自分を捉えている。

「……レオ様?」

声をかけても、レオナードはすぐに答えなかった。
代わりに、指先で襟元のブローチを一度なぞり、ふっと小さく息を吐く。

「……これでいい」

その言葉には、何かを確かめるような響きがあった。
そして次の瞬間、再び視線が絡み合う。
ほんの一瞬だったが、その瞳の奥に滲む強い執着に、エリアスは息を詰まらせた。

「……エリアス」

不意に、レオナードの瞳が真っ直ぐにこちらを射抜く。

「今夜、お前は"私のもの"だと、誰にでもわかるようにしておく」
「……」

その言葉に、エリアスは言葉を失った。
拒める雰囲気ではなかったし、そもそも拒む理由もなかった。
ただ── レオナードの独占欲が、いつも以上に強く感じられる。

(……牽制……?そんなことする必要もないだろうに……いや、ハルトに対する想いへの目眩しか?)

夜会で誰かと接触することを、強く警戒しているのだろう。
それが"ハルト"なのか、それとも"自分"なのかは分からないが……。
仮に。仮に、だ。もう既にレオナードの気持ちがハルトに動いてるとすれば──“エリアスに夢中だ”ということにしておけば、ハルトを守るための盾にはなり得る。自分は環境に恵まれている故か、それとも周囲も一時的なものと思っている故か、嫉妬の矢面に立たされることはほとんどなかった。
けれど、いくら御子といえど、庶民のぽっと出が王族に愛されるのはリスクが高いようにも思える。

(いや、考えても無駄だ……今日くらい喜んでもいいだろう……)

「……ありがとうございます」

エリアスは静かにそう言い、胸元に手を添えた。
銀のブローチは、ひんやりとして、それでいてどこか安心感を与える重みがあった。
レオナードは満足そうに頷くと、静かにエリアスの肩に手を置いた。

「……いいな?」
「……はい、レオ様」

レオナードはそれ以上何も言わなかった。
返事をしたエリアスの唇に掠めるようなキスをし、去り際にもう一度、ブローチに目をやっていた。
その視線に、自分も胸元のブローチを見遣る。
嬉しい、と思ってしまう自分にエリアスは苦笑を零した。



「エリアス!」

会場の近くまで行くと、カーティスがエリアスの名を呼びつつ駆け寄ってきた。
彼もまた白を基調とした正装を纏っている。
示し合わせたわけではないが、まるで対のような二人は嫌でも周囲の目を惹いた。

「カーティス」
「似合うじゃないか、色男」

そう言いながら、エリアスの頭からつま先を見てからカーティスは微笑んだ。

「お前もね」

と笑いながらエリアスが返すと、カーティスの顔が耳元に寄る。

「一応、こちらでも色々と調べてはおいた。ただ……本当にやるのか?」
「必要になればな。はなから防げれば飲まなくてもいいが……どうだろうな」

エリアスが肩を竦める。
カーティスは眉を寄せて溜息を吐いた。

「くれぐれも気を付けてくれよ……僕も出来れば傍に……」

そこまでカーティスが言葉を紡いだ時、

「おや。対の人形がそろっているじゃないか」

後ろから声が響いた。
二人はその声に吃驚して、慌ててそちらを向く。

「陛下……!」

二人の声音はぴったりと揃い、礼も揃っていた。
面白そうな笑いを漏らしながら二人の前に立ったのは、エドワルド・グレイシア──この国の王、その人だ。
レオナードと同じ黒髪と金目を持つ、威厳のある端正な顔立ちに笑みを浮かべていた。

「二人とも、よく似合う。おやエリアスのそれは……」

頭を上げたエリアスの胸元にあるブローチを見ると、エドワルドは、ふむ、と頷いた。

「レオナードの独占欲は人一倍だな。そろそろ折れてやれ、エリアス」
「え、いや、あの……」

エドワルドの言葉にエリアスが戸惑っていると、エドワルドは可笑しそうに笑う。

「あれで随分と場数を踏んでいるはずなのだが……なるほど。“白銀の君”は手ごわいらしい。さて、少しカーティスを借りても?」
「えっ、僕ですか⁈」

カーティスの声が裏返った。
エリアスは横にいるカーティスを見る。笑顔が引きつっている。

(何やったんだこいつ……)

カーティスの背中に手を当てて、エリアスは押し出した。

「どうぞ」
「あ、ちょ!おま……!え、いや⁈」
「すまないな。さあ、カーティス。ちょっと話そうか」

狼狽えるカーティスが、恨みがましそうな目でエリアスを見たがそこは無視した。
哀れ、カーティスはそのままエドワルドに連れていかれる。

(本当に何したんだあいつ……)

二人の後姿を見送ると、エリアスは深く息を吐いた。

「……無事で戻ってこれるのか?」

エドワルドが直接カーティスに話をする機会はそう多くない。
なのに連れていかれて話を、とは妙なものだ。
しかし彼も、レオナードほどではないにしろ、「必要なら強引に動く」タイプの王だ。

(万が一、何かやらかしていたら……)

ちらりとカーティスの顔を思い浮かべたが、すぐに「まあ、あいつならなんとかするか」と思い直す。
それよりも、今は夜会が始まる。
ひとまず気を引き締めようと、エリアスは一つ深呼吸をする。
そしてエリアスは会場の方へ向かって歩き出した。
だが、その途中でふと立ち止まる。

「……そろそろレオ様も来る頃か」

レオナードがそろそろ控室から出てくる頃だ。
会場に入るときはレオナードの後ろに控えるのが側近としては鉄則。

(今日はやけに……また何か言われるんだろうか……)

そんなことを考えながら、エリアスが軽く肩をすくめた時──
背後から、ひやりとした気配が近づいてきた。

「……何を考えている?」
「っ……!」

低く響く声。
振り向くと、そこにはいつの間にかレオナードが立っていた。
まるで、最初からそこにいたかのように、静かに。
エリアスは一瞬言葉を詰まらせたが、すぐに表情を整える。

「何でもありません。レオ様をお待ちしてました」
「……そうか?」

そう言いながらも、レオナードの目は明らかに疑っていた。
そして、視線が一瞬、エリアスの胸元へ落ちる。

(ああ、ブローチを確認したな……)

何かを言うわけではなかったが、そのままエリアスの横に並ぶと、レオナードは小さく呟く。

「行くぞ」
「……はい」

──夜会の幕が開く。



///////////////////////////////
次の更新→2/4 PM10:20頃
⭐︎感想いただけると嬉しいです⭐︎
///////////////////////////////
しおりを挟む
感想 30

あなたにおすすめの小説

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

転生したら同性の婚約者に毛嫌いされていた俺の話

鳴海
BL
前世を思い出した俺には、驚くことに同性の婚約者がいた。 この世界では同性同士での恋愛や結婚は普通に認められていて、なんと出産だってできるという。 俺は婚約者に毛嫌いされているけれど、それは前世を思い出す前の俺の性格が最悪だったからだ。 我儘で傲慢な俺は、学園でも嫌われ者。 そんな主人公が前世を思い出したことで自分の行動を反省し、行動を改め、友達を作り、婚約者とも仲直りして愛されて幸せになるまでの話。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした

BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。 実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。 オメガバースでオメガの立場が低い世界 こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです 強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です 主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です 倫理観もちょっと薄いです というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります ※この主人公は受けです

「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ! あらすじ 「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」 貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。 冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。 彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。 「旦那様は俺に無関心」 そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。 バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!? 「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」 怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。 えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの? 実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった! 「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」 「過保護すぎて冒険になりません!!」 Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。 すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。

【完結】婚約破棄したのに幼馴染の執着がちょっと尋常じゃなかった。

天城
BL
子供の頃、天使のように可愛かった第三王子のハロルド。しかし今は令嬢達に熱い視線を向けられる美青年に成長していた。 成績優秀、眉目秀麗、騎士団の演習では負けなしの完璧な王子の姿が今のハロルドの現実だった。 まだ少女のように可愛かったころに求婚され、婚約した幼馴染のギルバートに申し訳なくなったハロルドは、婚約破棄を決意する。 黒髪黒目の無口な幼馴染(攻め)×金髪青瞳美形第三王子(受け)。前後編の2話完結。番外編を不定期更新中。

超絶美形な悪役として生まれ変わりました

みるきぃ
BL
転生したのは人気アニメの序盤で消える超絶美形の悪役でした。

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

処理中です...