王弟様の溺愛が重すぎるんですが、未来では捨てられるらしい

めがねあざらし

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8-5

夜会が開かれる夜。
王宮の一角にあるエリアスの官舎では、いつもとは違う雰囲気が漂っていた。
普段の文官服ではなく、エリアスは 正装に身を包んでいる。
漆黒のジャケットに、装飾の少ない白のシャツ。
襟元には細やかな刺繍が施され、シンプルながらも洗練されたデザインだった。
エリアスは鏡越しに自分の姿を眺め、ほんの少しだけ肩をすくめる。

(……慣れないな)

文官としての職務服とは違い、正装にはどうしても"貴族らしさ"が漂う。
特に、今夜のような格式の高い夜会では、それが一層際立つのだろう。

「……まあ、こういう場に出る以上、仕方ないか」

小さく呟いたその時。

──コンコン

扉が静かにノックされた。

「エリアス、入るぞ」

低く、よく通る声。

(……レオ様?)

驚きつつも、「どうぞ」と声をかけると、ゆっくりと扉が開いた。
そこに立っていたのは、やはりレオナードだった。
彼もまた、いつもの軍服ではなく、王弟に相応しい華やかな正装を纏っている。
普段は質実剛健な装いが多いレオナードだが、今日は深紅のジャケットに黒の装飾が施された格式高い衣装だった。
それが彼の金の瞳を際立たせ、王族としての威厳をより一層引き立てている。
とても美しい、男。

(ああ……やっぱり、似合うな)

エリアスは心の中で小さく息を吐く。
だが、それを表に出す前に、レオナードがすっと手を伸ばしてきた。

「お前に、これを」

そう言って差し出されたのは── 銀のブローチ だった。

「これは……?」
「私と同じものだ」

レオナードは、自らの胸元を軽く指で示す。
そこには、同じ意匠のブローチがつけられていた。
エリアスは思わず目を見開く。

(揃いの……?)

レオナードの指が、ブローチをエリアスの襟元へとそっと留める。
だが、その動作を終えても、彼は手を離さなかった。
エリアスが怪訝に思い視線を上げると、レオナードの金の瞳が真っ直ぐに自分を捉えている。

「……レオ様?」

声をかけても、レオナードはすぐに答えなかった。
代わりに、指先で襟元のブローチを一度なぞり、ふっと小さく息を吐く。

「……これでいい」

その言葉には、何かを確かめるような響きがあった。
そして次の瞬間、再び視線が絡み合う。
ほんの一瞬だったが、その瞳の奥に滲む強い執着に、エリアスは息を詰まらせた。

「……エリアス」

不意に、レオナードの瞳が真っ直ぐにこちらを射抜く。

「今夜、お前は"私のもの"だと、誰にでもわかるようにしておく」
「……」

その言葉に、エリアスは言葉を失った。
拒める雰囲気ではなかったし、そもそも拒む理由もなかった。
ただ── レオナードの独占欲が、いつも以上に強く感じられる。

(……牽制……?そんなことする必要もないだろうに……いや、ハルトに対する想いへの目眩しか?)

夜会で誰かと接触することを、強く警戒しているのだろう。
それが"ハルト"なのか、それとも"自分"なのかは分からないが……。
仮に。仮に、だ。もう既にレオナードの気持ちがハルトに動いてるとすれば──“エリアスに夢中だ”ということにしておけば、ハルトを守るための盾にはなり得る。自分は環境に恵まれている故か、それとも周囲も一時的なものと思っている故か、嫉妬の矢面に立たされることはほとんどなかった。
けれど、いくら御子といえど、庶民のぽっと出が王族に愛されるのはリスクが高いようにも思える。

(いや、考えても無駄だ……今日くらい喜んでもいいだろう……)

「……ありがとうございます」

エリアスは静かにそう言い、胸元に手を添えた。
銀のブローチは、ひんやりとして、それでいてどこか安心感を与える重みがあった。
レオナードは満足そうに頷くと、静かにエリアスの肩に手を置いた。

「……いいな?」
「……はい、レオ様」

レオナードはそれ以上何も言わなかった。
返事をしたエリアスの唇に掠めるようなキスをし、去り際にもう一度、ブローチに目をやっていた。
その視線に、自分も胸元のブローチを見遣る。
嬉しい、と思ってしまう自分にエリアスは苦笑を零した。



「エリアス!」

会場の近くまで行くと、カーティスがエリアスの名を呼びつつ駆け寄ってきた。
彼もまた白を基調とした正装を纏っている。
示し合わせたわけではないが、まるで対のような二人は嫌でも周囲の目を惹いた。

「カーティス」
「似合うじゃないか、色男」

そう言いながら、エリアスの頭からつま先を見てからカーティスは微笑んだ。

「お前もね」

と笑いながらエリアスが返すと、カーティスの顔が耳元に寄る。

「一応、こちらでも色々と調べてはおいた。ただ……本当にやるのか?」
「必要になればな。はなから防げれば飲まなくてもいいが……どうだろうな」

エリアスが肩を竦める。
カーティスは眉を寄せて溜息を吐いた。

「くれぐれも気を付けてくれよ……僕も出来れば傍に……」

そこまでカーティスが言葉を紡いだ時、

「おや。対の人形がそろっているじゃないか」

後ろから声が響いた。
二人はその声に吃驚して、慌ててそちらを向く。

「陛下……!」

二人の声音はぴったりと揃い、礼も揃っていた。
面白そうな笑いを漏らしながら二人の前に立ったのは、エドワルド・グレイシア──この国の王、その人だ。
レオナードと同じ黒髪と金目を持つ、威厳のある端正な顔立ちに笑みを浮かべていた。

「二人とも、よく似合う。おやエリアスのそれは……」

頭を上げたエリアスの胸元にあるブローチを見ると、エドワルドは、ふむ、と頷いた。

「レオナードの独占欲は人一倍だな。そろそろ折れてやれ、エリアス」
「え、いや、あの……」

エドワルドの言葉にエリアスが戸惑っていると、エドワルドは可笑しそうに笑う。

「あれで随分と場数を踏んでいるはずなのだが……なるほど。“白銀の君”は手ごわいらしい。さて、少しカーティスを借りても?」
「えっ、僕ですか⁈」

カーティスの声が裏返った。
エリアスは横にいるカーティスを見る。笑顔が引きつっている。

(何やったんだこいつ……)

カーティスの背中に手を当てて、エリアスは押し出した。

「どうぞ」
「あ、ちょ!おま……!え、いや⁈」
「すまないな。さあ、カーティス。ちょっと話そうか」

狼狽えるカーティスが、恨みがましそうな目でエリアスを見たがそこは無視した。
哀れ、カーティスはそのままエドワルドに連れていかれる。

(本当に何したんだあいつ……)

二人の後姿を見送ると、エリアスは深く息を吐いた。

「……無事で戻ってこれるのか?」

エドワルドが直接カーティスに話をする機会はそう多くない。
なのに連れていかれて話を、とは妙なものだ。
しかし彼も、レオナードほどではないにしろ、「必要なら強引に動く」タイプの王だ。

(万が一、何かやらかしていたら……)

ちらりとカーティスの顔を思い浮かべたが、すぐに「まあ、あいつならなんとかするか」と思い直す。
それよりも、今は夜会が始まる。
ひとまず気を引き締めようと、エリアスは一つ深呼吸をする。
そしてエリアスは会場の方へ向かって歩き出した。
だが、その途中でふと立ち止まる。

「……そろそろレオ様も来る頃か」

レオナードがそろそろ控室から出てくる頃だ。
会場に入るときはレオナードの後ろに控えるのが側近としては鉄則。

(今日はやけに……また何か言われるんだろうか……)

そんなことを考えながら、エリアスが軽く肩をすくめた時──
背後から、ひやりとした気配が近づいてきた。

「……何を考えている?」
「っ……!」

低く響く声。
振り向くと、そこにはいつの間にかレオナードが立っていた。
まるで、最初からそこにいたかのように、静かに。
エリアスは一瞬言葉を詰まらせたが、すぐに表情を整える。

「何でもありません。レオ様をお待ちしてました」
「……そうか?」

そう言いながらも、レオナードの目は明らかに疑っていた。
そして、視線が一瞬、エリアスの胸元へ落ちる。

(ああ、ブローチを確認したな……)

何かを言うわけではなかったが、そのままエリアスの横に並ぶと、レオナードは小さく呟く。

「行くぞ」
「……はい」

──夜会の幕が開く。



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