転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!

めがねあざらし

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外伝1 護衛官は甘い罠に囚われる~アレックスとシリル~

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「さて、アレックス君。本気度を確かめさせてもらおうか」

キース卿の剣が一閃し、俺の剣とぶつかり合った瞬間、手元が震える。
その一撃は音もなく、鋭く、洗練されている。受け止めた俺の腕に、じんわりと衝撃が走る。

「その程度かい?シリルを守るには少し心許ないね」

挑発するような言葉が飛んでくる。
俺は奥歯を噛み締めながら、冷静に剣を構え直す。

「アレックス様!」

シリルの声が背後から聞こえるが、振り向くことはできない。今は目の前の敵、いや試練に集中するしかない。

「愛情だけで守れると思うのなら、それは幻想だよ。真の強さが君にはわかるかな?」

キース卿の問いかけが、剣撃に合わせて襲いかかる。
俺は剣を交わしながら、その言葉に答える余裕を探した。

「守ることに、覚悟も力も必要だ。君はどちらも備わっているかい?」

──確かに。俺はまだ、ただの感情だけでシリルを守ろうとしていたのかもしれない。
そんな俺が本当に彼を守り切れるのか。

守るとはどういうことなのか?彼の命を託される重さとは。
──俺は覚悟できているのか?

「君が迷えば、その一瞬でシリルは死ぬ。それでもいいのかい?」

その言葉に、俺の中で何かが弾けた。

「いいえ、絶対にそんなことはさせない!」

力強い声と共に、俺は剣を振り抜く。
キース卿が一瞬だけ動きを止めた隙を突き、俺は渾身の力で剣を突き出した。

「──よし」

キース卿の声が響き、剣が止まる。
気がつけば、俺の剣先はキース卿の胸元に迫っていた。

「その意志を見せるなら、合格だ」

キース卿が剣を下ろし、場の空気がふっと緩む。
リアムが大きくため息をつく。

「兄様、本当にここまでしなくても良かったのでは?」
「そうかい?でも、アレックス君の成長を見るいい機会だったと思うけどね」

キース卿はそう言って微笑むと、リアムに目を向ける。

「それに、君も僕を止めようとはしなかっただろう?」
「兄様がこういうことをやめるとは思えませんから……」

リアムが肩をすくめながら俺に目を向ける。

「アレックス様、お疲れ様でした。でも、兄様はまだ足りないと言いそうですね」
「勘弁してください……」

俺が苦く呟くと、軽い笑い声が響く。その中で俺はそっとシリルに手を伸ばす。
シリルは微笑みを浮かべながら俺の手を握り返した。

「アレックス様、僕は大丈夫です。アレックス様がいれば、何があっても怖くありませんから」

その言葉に胸が熱くなる。俺は静かにシリルの手を握り返し、深く息を吐いた。

「さて、リアム。君も少し休んでおきたまえ。僕はこれからもう少し調べ物をしてくる」
「……兄様が休むべきでは?兄様を一人にすると危ないので、僕も行きますよ」
「そうかい?じゃあ、デートだね」

馬鹿ですか、とリアムが呆れ顔で言うのを見ながら、俺はシリルを見遣る。
シリルの笑顔を見て、俺はこの少年が愛おしいと深く感じた。



デリカート邸に戻ると、騒ぎの痕跡はほとんど消え、静寂が戻っていた。
復旧作業が進む中、護衛たちは警戒を怠らず、執事たちが忙しなく動き回っている。

俺たちは広間で待っていたセシリアに迎えられた。
彼女はシリルに駆け寄ると、その手をぎゅっと握りしめる。

「お兄様!無事でよかったです!」
「セシリア、心配をかけてごめん。でも、僕たちが戻って来られたのは、アレックス様のおかげだよ」

シリルが微笑みながら俺を見る。
セシリアもこちらに顔を向け、ふっと笑った。

「アレックス様、さすがですね!……でも、無事だったのは私が祈っていたおかげかも、なんて!」

おどけるように言いながら、セシリアはにっこりと微笑む。
俺は少し肩をすくめながら答えた。

「……期待に応えられたなら何よりだ」

照れを隠すように言うと、セシリアはくすくすと笑う。

「これからも、もっともっとお兄様を守ってくださいね!」

その言葉に、シリルが少し頬を赤らめて目を逸らす。

「セシリア、変なこと言わなくていいから……!」

二人のやり取りを見て、思わず俺も微笑んでしまう。
シリルとセシリアの兄妹らしいやり取りに、緊張が少しだけほぐれた。

「あ、アレックス様、お兄様。先にお帰りになったお父様とお母様が執務室でお待ちですよ」
「……え?」

俺はシリルとセシリアの顔を交互に見た。
キース卿とリアムは調べものがあると奥に行ったはずだが……。
困惑している俺を見て、シリルが苦笑いを漏らす。

「……転移魔法だと思いますよ……」

その一言に、俺の目が僅かに見開かれる。
転移魔法は高度な魔法で、並の魔導士には使えるものではない。
だが、セシリアがにっこりと微笑んで言った言葉が、全ての答えだった。

「お父様ですからね!」

──やっぱり、そういうことか。

俺はため息をつきながら、シリルに目を向ける。
彼は少しだけ肩をすくめると、「行きましょうか」と促した。



執務室では既に着替えまで済ませたキース卿とリアムが待っていた。

「やあ、アレックス君お疲れ様」

執務室の椅子に座りながら、悠然と微笑むその姿にやや気が抜ける。
俺の様子に気付いたリアムが、すみません、と苦く笑いながら呟いた。

「お疲れさまでした。……キース卿、お聞きしたいことがあるのですが」
「何かな?」

キース卿が柔らかい微笑みを浮かべる。

「モルディスをどうしたんですか?」

キース卿は目を細め、少しだけ考え込むような仕草を見せた。

「兄様」

隣に立つリアムが、キース卿の肩を叩くと、キース卿は小さく息を吐く。

「……そうだね。君たちは試練を乗り越えたんだ。聞く権利はあるかな」

その言葉に、俺は一つ息を吐いて背を伸ばした。

「モルディス……奴は確かに恐るべき魔導士だったよ」

キース卿が低い声で語り始める。

「奴が集めていた魔力の痕跡を辿り、僕が先にアジトに踏み込んだんだ。そこには、おびただしい数の魔法装置と、失踪した人々が無造作に転がっていてね……」

キース卿はそこで表情を曇らせた。

「その人達は……」

シリルが息を呑みながら訪ねると、キース卿が息を吐いて首を振る。

「彼らに息はなかったよ。僕は少し、そうほんの少し腹が立ってね……全ての装置を破壊し、モルディスと直接対決することを選んだんだ」

──直接対決。その一言に、場の空気がピリッと引き締まる。

「奴の闇魔法は確かに強力だったが、僕にとっては脅威というほどでもなかったよ」

キース卿はあっさりと言い放つ。

「だが、奴は最後にこう言ったんだ。『私はここで終わるが、私の研究はまだ続く』とね」
「研究……?」
「そうだ。モルディスが狙っていたのは、シリルのような聖属性を持つ者の力を利用し、理を超える存在を作り出すことだったらしい」

その言葉に、シリルが小さく息を呑む。
俺も知らず握る手に力を込めた。

「だが、安心していい。彼の研究はすべて消し去った。奴自身もこの世にはいない。馬鹿なやつだね……所詮人間如きに人の理を超えるのは難しいと言うのに」

キース卿が話を終えると、執務室には穏やかな空気が漂っていた。
シリルがふっと息を吐き、椅子に座り直す。

「……とにかく、これで一段落ですね」

俺がそう呟くと、リアムが肩をすくめて微笑む。

「お疲れ様でした、アレックス様。兄様にここまで付き合えるのは、本当に大したものです」

リアムの言葉に、シリルが俺に向かってにっこりと微笑んだ。

「アレックス様、本当にありがとうございました。おかげで、僕も安心していられます」

その瞳に感謝の色が宿っているのを見て、俺は少し照れくさくなりながらも小さく頷いた。

「お前が無事なら、それでいい」

そのやり取りを見たキース卿が、ふっと笑い声を漏らす。

「アレックス君、君がここまで覚悟を見せてくれたことに、僕も満足しているよ」

キース卿は椅子から立ち上がり、リアムの肩に手を置いた。

「さて、リアム。そろそろ僕たちも休むとしようか」
「……本当に休むんですよね」

リアムがやや呆れたような口調で言うが、キース卿は軽く手を振る。

「さてねぇ……君次第じゃないかな」

そのやり取りに、俺とシリルは思わず顔を見合わせて小さく笑った。
本当に、この夫妻には敵わない。
キース卿とリアムが執務室を出ようとしたその時、リアムがふと足を止め、ぼそっと呟いた。

「……でも、一番怖いのは兄様ですからね」

その声は本当に小さかったが、俺の耳にははっきりと届いた。

「リアム、今何か言ったかい?」

キース卿が振り返りながら問うが、リアムはにっこりと笑って首を振る。

「いえ、何でもありませんよ」
「そう?ところで……兄様呼びはもうなおらないのかな」

それを見たキース卿は微笑みながら、扉を開けて執務室を出ていった。
だが、リアムの呟きが耳に残り、不思議な緊張感を覚える。

──何かを知っているのか?リアムだけが。

そんな疑念を抱きながらも、今は追及しないことにした。
俺はシリルを振り返り、その顔を見て微笑む。

「さあ、お前も少し休め」
「はい。アレックス様も休んでくださいね」

俺たちは静かにその場を後にした。
今はこの穏やかな時間を噛みしめていたい。
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