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第54話:望んだ声
柔らかな布が肌に触れた。
発情の熱のせいで皮膚が敏感になっていたのか、リオンは反射的に身をすくめる。
意識は波のように揺れ、深く沈んでは、またふと浮かび上がってくる。
けれど、鼻腔を満たす香りだけは、確かに知っているものだった。
(……この、におい……)
優しくて、あたたかくて――胸の奥まで届く、安心できる匂い。
リオンは、かすかに唇を動かした。
「……殿下……」
呟いたその声は、震えながら空気に溶けた。
返事はすぐにあった。
「……もう大丈夫だ。安心しろ、リオン」
穏やかで低い、けれど芯の通った声。
リオンが望み、心のどこかで祈り続けていた声だった。
ようやく届いた。ようやく、届いたのだ。
瞼の裏から一粒、涙が滑り落ちる。
「……聞こえました、やっと。……殿下の声が……」
その囁きに、抱き上げていた男――ガルハルトは、ぎゅっとリオンの身体を胸元に引き寄せた。
リオンの頬は赤く、吐息は熱を帯びて乱れている。
つい先ほどまで、あれほど蒼白だった顔に、今は色味が戻りはじめていた。
まるで、熱の源がすり替わったように――
苦痛からくる発熱ではなく、求めるような熱に変わっていくのを、リオンは薄れゆく意識の中で、かすかに感じ取っていた。
全身が火照り、吐息が乱れる。
クラウスに抗っていたときの苦痛とは、まるで違う質を帯びていた。
それでも、今この瞬間だけは――リオンは“本能”ではなく、“安心”というものに身を委ねていた。
「……君を守れなくて、すまない」
ガルハルトの声が震えていた。
誰にも見せたことのないほど、痛みを含んだ声だった。
「守ると言ったのにな、俺は。でもこれからは……」
そう言って、彼はリオンの身体を自分の外套で包む。
布の内側に自分の匂いを染み込ませるように、静かにリオンの背中へと頬を寄せた。
するとリオンは、無意識のうちに額をガルハルトの肩へ擦りつけた。
「……あつい、です……殿下……」
掠れる声とともに、彼の指先が、外套の中で微かに動く。
甘い香りが、さらに濃くなる。
発情は収まっていない。むしろ強くなってきていた。
元よりガルハルトにリオンを疎ましく思う気持ちはない。
むしろ、番にしたいとさえ思っている。
だからこそ、ガルハルトにとってリオンの匂いは危ない。
それに身を任せるのは簡単だった。それだけに――ガルハルトの理性は激しく試されていた。
(今、欲望に溺れたら……クラウスと変わらない)
ガルハルトは、己に言い聞かせるように目を閉じる。
番の本能が暴れそうになる内側を、静かに、牙を食いしばって抑え込んだ。
欲望はあまりに甘く、容易く、正しさの皮をかぶって近づいてくる。
だからこそ――今は、まだ、触れてはならない。
リオンの香りに覆われながらも、彼を慈しむことを選びたかった。
扉の向こうには、近衛たちが待機していた。
高位の貴族獣人が混じるその中にはアルファであるものも少なくない。
強いオメガのフェロモンは、通常であれば周囲にも影響を及ぼす。
だからこそ、単独で室内に入った。
(……少し距離をとっていくしかないな)
そう思ったところで、
「殿下、私が外を固めておきます。お早めに」
低い声が届く。
それはライの声だった。
既に何も問わず、状況を察していた。
ガルハルトは一度だけ小さく頷くと、リオンの身体を包み込んだまま、静かにその部屋を後にした。
外套の下――リオンの身体には、ガルハルトの匂いが滲みはじめている。
それは番の誓いのように、彼を包み込み、守っていた。
発情の熱のせいで皮膚が敏感になっていたのか、リオンは反射的に身をすくめる。
意識は波のように揺れ、深く沈んでは、またふと浮かび上がってくる。
けれど、鼻腔を満たす香りだけは、確かに知っているものだった。
(……この、におい……)
優しくて、あたたかくて――胸の奥まで届く、安心できる匂い。
リオンは、かすかに唇を動かした。
「……殿下……」
呟いたその声は、震えながら空気に溶けた。
返事はすぐにあった。
「……もう大丈夫だ。安心しろ、リオン」
穏やかで低い、けれど芯の通った声。
リオンが望み、心のどこかで祈り続けていた声だった。
ようやく届いた。ようやく、届いたのだ。
瞼の裏から一粒、涙が滑り落ちる。
「……聞こえました、やっと。……殿下の声が……」
その囁きに、抱き上げていた男――ガルハルトは、ぎゅっとリオンの身体を胸元に引き寄せた。
リオンの頬は赤く、吐息は熱を帯びて乱れている。
つい先ほどまで、あれほど蒼白だった顔に、今は色味が戻りはじめていた。
まるで、熱の源がすり替わったように――
苦痛からくる発熱ではなく、求めるような熱に変わっていくのを、リオンは薄れゆく意識の中で、かすかに感じ取っていた。
全身が火照り、吐息が乱れる。
クラウスに抗っていたときの苦痛とは、まるで違う質を帯びていた。
それでも、今この瞬間だけは――リオンは“本能”ではなく、“安心”というものに身を委ねていた。
「……君を守れなくて、すまない」
ガルハルトの声が震えていた。
誰にも見せたことのないほど、痛みを含んだ声だった。
「守ると言ったのにな、俺は。でもこれからは……」
そう言って、彼はリオンの身体を自分の外套で包む。
布の内側に自分の匂いを染み込ませるように、静かにリオンの背中へと頬を寄せた。
するとリオンは、無意識のうちに額をガルハルトの肩へ擦りつけた。
「……あつい、です……殿下……」
掠れる声とともに、彼の指先が、外套の中で微かに動く。
甘い香りが、さらに濃くなる。
発情は収まっていない。むしろ強くなってきていた。
元よりガルハルトにリオンを疎ましく思う気持ちはない。
むしろ、番にしたいとさえ思っている。
だからこそ、ガルハルトにとってリオンの匂いは危ない。
それに身を任せるのは簡単だった。それだけに――ガルハルトの理性は激しく試されていた。
(今、欲望に溺れたら……クラウスと変わらない)
ガルハルトは、己に言い聞かせるように目を閉じる。
番の本能が暴れそうになる内側を、静かに、牙を食いしばって抑え込んだ。
欲望はあまりに甘く、容易く、正しさの皮をかぶって近づいてくる。
だからこそ――今は、まだ、触れてはならない。
リオンの香りに覆われながらも、彼を慈しむことを選びたかった。
扉の向こうには、近衛たちが待機していた。
高位の貴族獣人が混じるその中にはアルファであるものも少なくない。
強いオメガのフェロモンは、通常であれば周囲にも影響を及ぼす。
だからこそ、単独で室内に入った。
(……少し距離をとっていくしかないな)
そう思ったところで、
「殿下、私が外を固めておきます。お早めに」
低い声が届く。
それはライの声だった。
既に何も問わず、状況を察していた。
ガルハルトは一度だけ小さく頷くと、リオンの身体を包み込んだまま、静かにその部屋を後にした。
外套の下――リオンの身体には、ガルハルトの匂いが滲みはじめている。
それは番の誓いのように、彼を包み込み、守っていた。
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