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第55話:本能の底に眠る言葉
王宮の夜は、静かだった。
だが、その静けさは、安らぎとは遠い。
その腕にリオンを抱いたまま、ガルハルトは誰の助けも借りず、自らの私室へと歩を進めた。
彼の後ろに、ライが従う。
ライの手には、オメガ用の経口薬があった。
過度な発情を和らげ、強制的なそれを鎮めるものだ。
「殿下」
ライが声を落とし、手渡す。
「こちらを。……メリルが用意をしてくれました。部屋の前には、自分が立ちます」
ガルハルトは、わずかに目を細めて頷いた。
「助かる」
それだけを短く返し、扉を開く。
王太子の私室──広すぎるほどの空間に、ガルハルトはリオンをそっと寝かせた。
ベッドの白い寝具が、リオンの火照った頬を引き立てる。
それは美しさよりも、あまりに儚くて。
「……リオン」
名を呼び、そっと額の汗を拭う。
リオンの指が微かに動く。身体はまだ熱に浮かされ、彼の瞳は開きかけては閉じる。
それでも――
「……殿下の、匂い……」
掠れた声で、甘えるように呟かれた言葉。
理性ではなく、本能が先に反応しているのがわかる。
リオンの身体はまだ、番の気配に強く引かれている。
フェロモンが香り立ち、無意識に、求めるようにガルハルトの方へと指先が伸びた。
それを、そっと包むように握り込む。
その温もりに、リオンがわずかに眉を緩めた。
「……リオン」
ガルハルトはそっと、彼の耳元で囁いた。
「駄目だ、リオン……ただの本能で結ばれることは、望まない」
その声は、静かで、どこまでも真摯だった。
だが、リオンはゆっくりと首を振る。
薄く開いた瞳の奥には、微かな光が揺れていた。
「……どうして。僕……あなたが、好きです」
言葉は拙く、熱に浮かされたものだったかもしれない。
けれど、その告白は、確かにリオンの心からこぼれたものだった。
何度も、何度も繰り返す。
「好きです、殿下……好き……」
ガルハルトは、その言葉を噛みしめるように聞いていた。
目を閉じ、一度、深く息を吐く。
そして――そっと、唇を重ねた。
ただ一度。
触れるだけの口づけ。
彼の唇は、リオンの熱を奪わぬように。
想いだけを、やさしく伝えるように。
そのまま、ガルハルトは片手で抑制剤の瓶を取り、蓋を開ける。
一錠を口に含み、もう一度、リオンの唇へ――口移しで飲ませた。
「でんか……」
リオンは、抵抗するように小さくむずがったが、ほどなくして小さく息を吐きながら、ゆるゆると瞳を閉じていく。
飲ませた抑制剤の中には眠りへと誘う鎮静剤も入っていた。
抑制と安静を促すその成分が、リオンの内側へ静かに広がっていく。
「……ゆっくり、眠るんだ……リオン」
ガルハルトは囁きながら、彼を腕の中に引き寄せた。
ぎゅっと抱きしめる。
決して奪わない。ただ、守るように。
眠るリオンの髪を、指先で優しく梳く。
その呼吸が静かに整い、表情が穏やかになっていくのを見て、ガルハルトはようやく少しだけ、目を閉じた。
(リオン……君が起きたら、先ほどの言葉をまた聞かせてくれるだろうか?)
その言葉は、声には出さなかった。
けれど確かに、胸の奥で誓うように繰り返された。
そして――
眠るリオンの無意識は、別の場所へと誘われていく。
それは夢の中。
濃い青に包まれた、静かな水の底。
誰かの声が、遠くから響いた。
それはまるで、祈りのような……あるいは、封印された何かの断片のような……そんな声。
──思い出して、私達を……。
水底の奥で、人とも魚とも見て取れるの影がふと、瞳を開けた――。
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投稿は毎日8時・21時の2回です。
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だが、その静けさは、安らぎとは遠い。
その腕にリオンを抱いたまま、ガルハルトは誰の助けも借りず、自らの私室へと歩を進めた。
彼の後ろに、ライが従う。
ライの手には、オメガ用の経口薬があった。
過度な発情を和らげ、強制的なそれを鎮めるものだ。
「殿下」
ライが声を落とし、手渡す。
「こちらを。……メリルが用意をしてくれました。部屋の前には、自分が立ちます」
ガルハルトは、わずかに目を細めて頷いた。
「助かる」
それだけを短く返し、扉を開く。
王太子の私室──広すぎるほどの空間に、ガルハルトはリオンをそっと寝かせた。
ベッドの白い寝具が、リオンの火照った頬を引き立てる。
それは美しさよりも、あまりに儚くて。
「……リオン」
名を呼び、そっと額の汗を拭う。
リオンの指が微かに動く。身体はまだ熱に浮かされ、彼の瞳は開きかけては閉じる。
それでも――
「……殿下の、匂い……」
掠れた声で、甘えるように呟かれた言葉。
理性ではなく、本能が先に反応しているのがわかる。
リオンの身体はまだ、番の気配に強く引かれている。
フェロモンが香り立ち、無意識に、求めるようにガルハルトの方へと指先が伸びた。
それを、そっと包むように握り込む。
その温もりに、リオンがわずかに眉を緩めた。
「……リオン」
ガルハルトはそっと、彼の耳元で囁いた。
「駄目だ、リオン……ただの本能で結ばれることは、望まない」
その声は、静かで、どこまでも真摯だった。
だが、リオンはゆっくりと首を振る。
薄く開いた瞳の奥には、微かな光が揺れていた。
「……どうして。僕……あなたが、好きです」
言葉は拙く、熱に浮かされたものだったかもしれない。
けれど、その告白は、確かにリオンの心からこぼれたものだった。
何度も、何度も繰り返す。
「好きです、殿下……好き……」
ガルハルトは、その言葉を噛みしめるように聞いていた。
目を閉じ、一度、深く息を吐く。
そして――そっと、唇を重ねた。
ただ一度。
触れるだけの口づけ。
彼の唇は、リオンの熱を奪わぬように。
想いだけを、やさしく伝えるように。
そのまま、ガルハルトは片手で抑制剤の瓶を取り、蓋を開ける。
一錠を口に含み、もう一度、リオンの唇へ――口移しで飲ませた。
「でんか……」
リオンは、抵抗するように小さくむずがったが、ほどなくして小さく息を吐きながら、ゆるゆると瞳を閉じていく。
飲ませた抑制剤の中には眠りへと誘う鎮静剤も入っていた。
抑制と安静を促すその成分が、リオンの内側へ静かに広がっていく。
「……ゆっくり、眠るんだ……リオン」
ガルハルトは囁きながら、彼を腕の中に引き寄せた。
ぎゅっと抱きしめる。
決して奪わない。ただ、守るように。
眠るリオンの髪を、指先で優しく梳く。
その呼吸が静かに整い、表情が穏やかになっていくのを見て、ガルハルトはようやく少しだけ、目を閉じた。
(リオン……君が起きたら、先ほどの言葉をまた聞かせてくれるだろうか?)
その言葉は、声には出さなかった。
けれど確かに、胸の奥で誓うように繰り返された。
そして――
眠るリオンの無意識は、別の場所へと誘われていく。
それは夢の中。
濃い青に包まれた、静かな水の底。
誰かの声が、遠くから響いた。
それはまるで、祈りのような……あるいは、封印された何かの断片のような……そんな声。
──思い出して、私達を……。
水底の奥で、人とも魚とも見て取れるの影がふと、瞳を開けた――。
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