女給志乃の謎解き奇譚

有馬 千博

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5.まさか

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 寮に戻ると、すぐに正門が閉じられた。どうやらギリギリだったようだ。

 青雲高校は20年ほど前につくられた男子高等学校だ。当時は寄宿学校というのが珍しかったらしく、いろいろな憶測も言われたらしい。

 いわく、軍人養成学校ではないかと。

 だが、そんな噂は第一期の卒業生たちの活躍があったためすぐに立ち消えた。
 士官だけではなく、官僚や商業等幅広い分野での活躍で注目され、徐々に日本の未来を担うための学校という認識が広まり始めた。

 卒業生のほとんどが各界で頭角を現すような成果をあげ、各々が筆頭になり外の国に負けないような技術力などを蓄え始め、それに続くように青雲高校卒業生の活躍が続いている。

 校風と言えば、厳格か思われやすいがそんなことはない。
 どちらかというと自由である。
 学生のやりたいことを尊重し、勉学に励むような雰囲気だ。

 寮に戻ってきた時宗たちは、金庫をひと目に見つからぬように元に戻してから部屋に戻った。
 部屋の定員は2人となっており、入学時に決まった相手と卒業まで過ごすことになる。
 部屋の中はベッドと勉強机だけで、食事や風呂、トイレは寮内共同になっている。
 寮内の掃除や自治は寮生に任されている。各学年に学年代表が決められ、学年とは別に寮長が3年生の中から決められる。4人の代表を筆頭に、寮内の規則や行事が決められていく。

 荷物を置き、一息つこうとしたところで、何度か扉を叩く音がした。
 時宗と道信が返事をする前に、無作法にも扉が開けられた。
 相手が誰かとわかったときには、道信が呆れた声を上げた。

「学年代表というものが、無作法ですな」
「君たちが門限ギリギリに帰ってきたのが目について、な」

 学年代表である久藤正近が不機嫌そうな顔で部屋に入ってきた。時宗や道信とは違い、武道にも勉学にも励む努力家だ。教師からの信頼も厚く、級長も担っている。

「そうかな。俺たちは門限に間に合えば良いと思っていたが」
「阪井、お前は見合いがあると言うことで外泊届も出ていたので問題ない。だが、藤島は違うだろう」
「構わないじゃないか、学年長殿」
「そういう適当な行動が我々青雲高校の学生にとって悪い噂に繋がるのではないかと」
「そこまで誰も見ちゃいないさ」
「それに誰かれかまわず女学に声をかけて、勘違いさせるんじゃない。声をかけられた女学にも申し訳ないだろうが」
「それこそ難癖だ。俺はただ困っている方がいれば、手助けをしているだけだ」
「ならば、これはなんだ」

 久藤が出してきたのは紐でまとめられるほどの手紙の束だった。一つに束ねきれず、いくつもの束が久藤の腕に抱えられている。
 さすがの多さに時宗も驚く。

「まさか、全て道信あてなのか?」
「そのまさかだ、阪井。しかも全て女性からだ」

 うんざりした顔で、久藤は道信のベッドに置く。

「おかげで投かん箱もいっぱいになって、手紙を入れられないと郵便屋より言われてしまった」
「道信に手紙が届くのは今に始まったことじゃないが、今日だけでこれだけの量なのか?」

 一日で届く手紙の量としては桁外れである。道信も気持ちが悪いようなものを見るかのように手紙の束を見ている。

「さすがにこれ全部とか、怖いんですけど」
「それはオレが言いたい、藤島。とにかくこれ以上手紙が増えるようなことだけはしてくれるなよ」

 そう言い残すと久藤は扉を丁寧に閉めて出て行った。
 手紙の束を見ながら、道信は興味がなさそうに封も開けずに手紙を次々ごみ箱に捨てていく。しかしその手がぴたりと止まる。

「春子からの手紙も入っている」

 道信は嬉しそうな顔をして、春子からの手紙を手元に残す。
 10分ほどの整理をした後、あれだけあった手紙の束は経った一通だけになった。

「危うく春子からの手紙も捨てそうになるところじゃなかったか。まったく、最近の女学はなぜ俺なんかに手紙を書いて寄こすんだ」
「それはお前が原因でもあるだろ。それに見ろ、ごみ箱に入り切ってないぞ」

 時宗が渋々ごみ箱から溢れていた手紙を拾う。ちらりと手紙を見ると、宛先こそ全て道信宛てであるが、差出人のほとんどが香乃子と書かれている。

「なあ、香乃子さんからの手紙は読まなくて良いのか?」
「香乃子? 誰だ?」

 とぼけてるのか、本気なのかまるでわからない。時宗は呆れて、自分のベットに腰掛けた。時宗の声が聞こえてるのか怪しいくらいに春子からの手紙を道信はベッドの上に横になり、熱心に読んでいる。

「お前なあ、しっかり名前くらい覚えてやれよ。今日菓子をもらった相手だろう?」
「ああ、彼女か。俺は春子以外の女性に興味はなくてね。いちいち覚えはしないんだ」
「やけにあっさりしているな。そんな態度じゃ、いつか後ろから刺されるかもしれないぞ」
「それには気を付けるよ」

 困ったように眉を下げて笑う道信。何度か読み返した後、道信は春子からの手紙をそっと勉強机の引き出しに入れ、部屋を出て行こうとする。

「どこに行くんだ?」
「どこって、もう夕食の時間だろう?」

 時計を見ると道信の言う通り、時計が18時を示そうとしているところだった。

「もうそんな時間か。さっさと飯食って、風呂入って、寝るか」
「そうそう。こんな日はそれに限る」

 時宗と道信はそろって部屋を出た。
 寮の1階には自習室や風呂場、トイレの他に食堂がある。朝晩は食堂で、昼は食堂が用意してくれた弁当を食べことができるのは、寮生にとって助かっている。
 家庭的な料理が中心であるが、食堂の料理人は西洋の食事にも興味があるようで、時折西洋の食事を出してくれることもある。
 腹をすかせて揚げ物らしい匂いをたどっていくと、コロッケが皿に盛られていた。

 盆に揃えられた食事を持ち、二人で適当に空いているテーブルに座ると、クラスメイトが隣に座ってきた。

「なあ、藤島。お前また女に追っかけられているんだって?」

 クラスメイトの山田に声をかけられた道信は迷惑そうな顔をした。

「俺は春子しか興味がない。それはお前らも知っているだろう?」
「だとしても受け箱に大量に女からの手紙があったら、誰だって気になるだろ。お前は女に優しすぎるんだよ。しかし、これはなあ?」

 山田が見せてきたのは、一通の封筒だった。

「おい、何開けているんだよ?」
「阪井も興味があるのか? 見ろよ、このお慕い申し上げますって、なかなか本気に見えるよな?」

 時宗は山田が持っていた封筒をひったくる。山田がむっした顔をするが気にすることなく、時宗は盆の近くに手紙を置く。

「人の手紙を開けるとはほめられた対応じゃないな、山田?」
「そういう正義の味方ヅラするお前も大概気に食わないけどな?」

 なんだ、その言い方は。
 じろりと睨みつけるように山田を見ると、隣に座っていた道信が時宗の視線を遮るように手を出す。

「あーもー。俺をネタに揉めないでよ。ほら、仲良く仲良く。山田、手紙を拾っておいてくれてありがとうな」

 その場を上手くまとめた道信は時宗から手紙を取って別の席に移っていく。時宗も後を追うように盆を持って席を立つ。
 寮生の視線をちらちら浴びながら、時宗たちは誰も座っていない奥まったテーブルにすわった。

「お前、あんなこと言われて」
「あいつの言うことにいちいち取り合ってたら疲れるだけだ。さっさとメシ食って、寝よう」
「それはさっきの手紙のことがあってもか?」

 先ほど山田が見せてきた手紙には『愛して』とだけ書かれていた。手紙の作法もできていない相手からの手紙ごとき無視をすれば良いはずなのは、時宗も理解している。
 だが、時宗は何となくこの手紙を無視してはいけないような気がしてならなかった。

「この手紙か。この類は今更だな。春子という婚約者がいることが気に食わないのか、それとも振り向いてくれない俺が気に食わないのかわからないが。取り合うだけ無駄だ」
「だが、なんとなく放っておくのは良くない気がする」
「……そうか。お前の勘は外れることは少ないからな。真剣に考えるか」

 二人はコロッケ定食を食べ終えるとすぐに、食堂を出た。食堂を出ると、またも道信の郵便受け箱から手紙がはみ出ているのを見つけた。

「おい、この短時間でまた手紙が入っているぞ」

 郵便受けに突っ込まれていた手紙を見ると、先程見た手紙の書き方と同じ筆跡だと簡単にわかった。

「これ、同じ相手だよな?」
「相手の女性も気が短そうだね」
「ただ、相手が誰かをわからないと止めるのも厳しいな。この手紙から相手が誰かわかれば良いんだけど」

 受け箱に入っていた封筒にはどれも差出人の名は書かれていない。 
 流石に奇妙だ。警察にいうほどのことではないが、気持ち悪い。
 こんな謎を解決できる人物をふと時宗の頭の中で名前がちらついた。だが、それは適切ではない。

「志乃さんに解いてもらおうか」

 時宗と同じ考えだったのか、道信はいとも簡単に口からその名前を出した。

「この期に及んで女性を巻き込むつもりか」
「大丈夫。いざとなれば俺たちが守れば良いだろ?」

 簡単なように道信は言うが、時宗は心配でならない。
 道信は昔から女性関係でもめ事に巻き込まれることも多かった。その度に解決するために時宗が巻き込まれることもしばしばあった。
 道信は力づくで解決することはなかったが、暴力的な男たちとの戦いに巻き込まれたことも一度や二度ではない。その時に役立ったのは、2人が昔から習っている剣道である。

 男たるもの自分の身は自分で守れるように。

 宗一の教えがこんなことに役立つなんて思ってもいなかったと、時宗は何度思ったことか。

「明日も学校は休みだからな。時間になったら志乃さんのところにさっさと行こうぜ」
「だが、彼女に無理強いをさせないように、だ」
「わかっているよ」

 気楽に笑っている友を見て、どこか不安そうな予感が時宗だけに残った。
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