女給志乃の謎解き奇譚

有馬 千博

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12.そうだ

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「いや、急用なのだろう?」

 頭が固いのか、それともまずは人の話を聞くことにしているのかわからないが、久藤は部屋に迎え入れてくれた。

 試験が近いわけでもないのに、真面目に勉強をしている久藤に申し訳ないと思いつつ、時宗は頭を下げる。

「今日の門限を延長してもらえないだろうか?」

 時宗の意外な申し出に久藤は手を止めた。ちらりと横目に時宗を見る久藤。こんな頼み方をしたのは、初めてかもしれないと、今更ながら思い出す。

「家から用事があると呼び出されてな。今からだから門限に間に合わないかもしれないから言いに来た」
「ずいぶん素直な言い方だな」

 意外そうな声で時宗にそう言った久藤を時宗は同じように意外に思って久藤を見る。

「そうか?」
「この間の見合いの件の時はもう少し嫌がっているように言っていたからな。阪井が申し出をするときのほとんどは家の話だが、その時は大抵嫌悪感を孕んだ言い方をする」

 本当に人をよく見てる。
 下級生への世話もよくしているからかもしれない。

「親父が関わっている時はそうなるさ。でも兄貴からの呼び出しだから、違うように聞こえるんじゃないか」
「まあ、きちんとした理由があれば止める理由にはならない。急いでいるんだろ? さっさと行け」
「ありがとうな、学年長」

 久藤に礼を言い、時宗が扉を締めようとしたところで、久藤が言う。

「決して無理はするなよ」

 何かを察しての言葉だろうか。さすがの頭脳だ。
 時宗はふっと口元を緩め、小さくうなずいてから扉を閉めた。

 さて、ここからどうするか。

 バスの最終は5時間後だ。門限からはかなり遅れるが、遅い時間になればなるほど学生服を着た学生がうろついていれば、それこそ補導されかねない。そんな面倒なことはしたくない。

 時宗はバス停で待ちながら、今後の動きを考える。
 
 まずは、志乃に会いに行こう。全てはそこからだ。
 
 バスが到着すると、珍しく女性が降りてきた。誰かの家族だろうか。
 上等とまではいかないが、そこそこの着物を身にまとい、秋桜の髪飾りをしていた。少し辺りを見てから、女性は寮に向かってまっすぐ歩いて行った。
 どこかで見かけたことがある女性のような気がした。後ろ姿を時宗はぼんやりと見送る。

「お客さーん、乗るの?」

 バスの運転手に声をかけられ、時宗ははっとした。運転手に礼を言い、時宗はバスに乗り込んだ。

 バスの中は空席ばかりだ。日が暮れるにつれ、人々は家に帰り始める。今の時間から外に出るのは物好きか、夜に用事がある人だけかもしれない。

 バスにゆったり揺られながら、時宗はバスの外の景色をぼんやりと見る。日が暮れ始めてから外に出るのは、入学してから初めてだったことに気づく。
 妙な高揚を感じながら見る外の景色は、少しばかり鮮やかに見える。
 
 バスに揺られるほど20分。
 浪漫俱楽部の近くのバス停に着いた。街灯も少ない通りのせいか、どことなく緊張する。店を見ると灯りが消えていた。今日はもう閉店したのかもしれない。
 浪漫俱楽部には足を向けずに、志乃が住んでいる集合住宅に向かって少し足早に歩きだした。
 女性の家に伺う時間じゃないことは理解しているが、友である道信を襲った者が何者であるかを知りたい。

 時宗は黙々と歩を進める。
 集合住宅の前に着くと、どうやって志乃の部屋を訪ねるかを失念していたことに気が付いた。

 この住宅を見る限りは、少なくとも6部屋ある。まさか一つずつ尋ねるしかないのか。

 住宅の中には、寮と同じく、郵便受けが入り口に設置されていた。そこには時宗の考え通り、6部屋分の郵便受けが用意されている。

 6か所のうち、1か所は郵便受けに手紙が詰め込まれている。端に引っ掛かっている手紙の苗字を見ると萩原ではないので、除外ができた。

 残りは5か所。そのうち3か所には苗字が張り付けられていた。3か所とも苗字が志乃とは異なっていたので、残りはこれで2か所になった。

 しかし、どちらが志乃の部屋かまでは判別できない。

 1階と2階。もし、女性であればどちらが住みやすいのだろう。時宗は頭を悩ませる。

 志乃は一人暮らしだと言っていた。

 女性の一人暮らし、ということは、家事全般を一人でこなすことになる。料理、掃除、洗濯。どれも1階でも2階でも良いと思うが、それはあくまでも時宗の考えだ。

 その時ふと道信と昔話したことを思い出した。

『女性の一人暮らしや寮生活を春子さんも許されていないらしいよ』

 なんの話の流れかはすっかり忘れたが、道信は大したことでもないような口調だった。

『それは困ったな。逢引きがしにくいじゃないか』

 一人暮らしをできない困りごとといえば、そんなところだろうと、からかい気味に言うと道信が珍しく眉根を寄せた。

『俺は彼女と逢引きするのは結婚してからだから、そこには困らない。きちんと相手の家に出向くことで、春子さんのご両親にも信用してもらいたいし』

 いや、こんな話じゃない。あの時、なんで一人暮らしも寮生活も許されないかを話していたか、時宗は思い出せるように、右のこめかみを人差し指で何回か叩く。

『お義父様も下着泥棒の存在が気になるようで、それに変な輩に家に入りこまれでもしたら大変だとおっしゃっていてね。俺もそう思うから、春子さんに羨ましがられても、お義父様と同じことが心配だと伝えたら納得してくださったよ』

 ……そうだ。下着泥棒や不審者が入り込まれたくないはずだ。

 同じ考えを持っているかはわからないが優先的に尋ねるならば、二階の部屋だ。再度部屋番号を確認してから、時宗は階段を上がる。
 一番奥の部屋の前に着くと、時宗は軽く扉を叩いた。すぐに部屋の中から返事がない。もう一度叩いても返事がなかったら、一階の部屋を訪ねよう。時宗はそう決めて、再び扉を叩くと、扉の向こうから声が聞こえた。

「遅くに失礼します。阪井時宗と申します」

 時宗の名前を聞いた志乃は、薄く扉を開けた。

「阪井、さん?」
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