春色人情梅之刀~吉原剣乱録~(しゅんしょくにんじょううめのかたな よしわらけんらんろく)

戯作屋喜兵衛※別名義商業ペンネームあり

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【第一章「剣客と花魁と芸者と暴れん坊旗本」】

七 夜回りと夜鷹と

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 亥の刻も三つ(現代の午後十時頃)になった。
 町木戸が締められる時間だが、梅次郎は川沿いを見回っている。

 何度か夜鷹から誘いの声をかけられたが、そのたびに辻斬りに気をつけるよう注意した。
 彼女たちも事件のことは知っていたが、生活のために身を売っているのでやめることはできないようだった。

 江戸の町で女が金銭を得る方法は限られる。武家の屋敷奉公に出られることが上位として、ほかは商家や料理屋などで女中になるか、歌舞音曲に秀でていれば芸者になるか、容姿が端麗なら水茶屋などで働くかといったところである。

 矢場(文字どおり矢を射る場であり江戸における遊技場である)で矢取女になるという選択もあるが、そこは春を売る場にもなった。労働の場が限られているからこそ、夜鷹などの私娼がなくならないとも言える。

 なお、幕府によって岡場所などへ驚動けいどうと呼ばれる一斉取締りがあり、それで捕えられた私娼たちは吉原に送られることになる。

「なんだかんだいっても俺も夜鷹と変わらねぇようなもんだな。同じ浮き草稼業だ」

 町人の身分で剣術を学び、今はこうして事件があるたびにブラブラほっつき歩いている。

(事件がねぇと干上がっちまう。人の不幸で生きる因果な商売だ。人生嫌になっちまうな)

 どうにもやりきれない。

「あ~あ、厭離穢土欣求浄土、厭離穢土欣求浄土」

 思わず徳川家康の旗印を口ずさみながら、土手を歩いていく。

 そうして夜回りを続けているうちに、さらに時間が経った。
 灯はほとんどなくなり、あたりは漆黒の闇に包まれている。

(どうやら今夜は平穏なままで終わるらしい)

 これまでの辻斬りは子の刻(現在の午後十一時から午前一時頃)が終わるまでに行われている。
 もうそろそろ、子も終わる。

「まあ、なにもないに越したことはねぇ」

 梅次郎は土手から月を見上げた。
 なお、後方の川沿いには舟が並んでおり舟饅頭と呼ばれる私娼からも声をかけられた。

 これも一時期は衰退したはずだが、最近は再び出没している。
 もちろん誘いは断って、辻斬りへの注意喚起をしておいた。

(……夜鷹に舟饅頭か……思った以上に江戸の景気は悪くなっているんだな……)

 水野忠邦による天保の改革このかた江戸の町の活気は失われている。
 その風紀取締りと戯作者弾圧によって、為永春水は死んだといっていい。

(……確か手鎖五十日をくらって一年後くらいに死んだんだよな……)

 いい年をした親父が、乙女たちの心をときめかせる人情本を書いていたのだから複雑な気分だった。

「まあ、顔も知らねぇし、俺にゃ関係ねぇっちゃねぇんだが……」

 夜闇に独り言を吐くのは、無用な緊張で身体が強張るのを防ぐためでもある。

「……ん?」

 突然、生暖かい風がそよぎ始めた。
 違和感を覚えるとともに、背すじに寒気に似たものが走る。
 この感覚を、梅次郎はよく知っている。

「――っ!」

 土手下から影が動いたときには、すでに梅次郎は飛び退いていた。
 遅れて白刃が鼻先を掠めていく。

 そう認識したときには、梅次郎はさらに三歩ほど距離を空けている。
 頭で考えた動きではなく、体が殺気に反応したのだ。
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