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【第一章「剣客と花魁と芸者と暴れん坊旗本」】
八 夜を斬り裂く者と江戸っ子の軽口
しおりを挟む「とんだ挨拶だな」
相手の切先から目を離さず、梅次郎も抜刀。
一方、辻斬りは逆袈裟で跳ねあげた刀を青眼に戻して対峙の姿勢になった。
姿は武家風である。
相手が月を背負う形になっているので、顔の細かい造作は影になってわからない。
ただ、余計な肉のついていない、鍛えあげられた若い男であることは推測できた。
「おまえが夜鷹ばかり狙っている辻斬りか」
いつでも攻防に移れるように構えつつ、梅次郎は尋ねる。
相手は無言。
夜の闇に溶けこむような静寂を保っている。
「気に入らねぇな。明鏡止水の境地のつもりか。格好つけてもやってることは夜鷹殺しの腐れ外道だってぇのにな」
あえて挑発するようなことを口にして、相手の心を乱そうと試みる。
しかし、こちらの言葉には乗ってこない。
「聞こえているんなら返事くらいしな。これからおまえは俺に斬られて死ぬことになるんだから菩提寺くらい言っておいがほうがいいぜ。亡骸は放りこんでおいてやらぁ」
梅次郎はとことん軽口を叩くことにした。
相手をおちょくることにかけては江戸っ子の右に出る者はいない。
「……ふん。笑止千万」
初めて辻斬りは声を出した。
というより鼻で笑ったというべきか。
「お、やっと声を出したか」
「死ぬのはおまえだ」
「へっ、夜鷹ばかり狙ってたくせにたいした自信だな。悔しかったら刀を差した男を襲ってみろ」
「目的があったからこそ夜鷹を狙っただけにすぎぬ。拙者の腕は確かだ。己の身を持って知るがいい」
辻斬りはジリジリと間合いを詰め始めた。
「夜鷹ばかり殺すのが目的たぁ情けなさすぎて涙が出るぜ」
軽口を返しつつ、梅次郎も間合いを詰める。
(月を背負われてるのは厄介だな)
どうしても視界に月がチラつき、集中が乱れやすい。
しかも、相手からすればこちらは月明りで丸見えだ。
(だからって、下がれるか!)
小吉の『悩む暇があるなら踏みこめ』の教えが、梅次郎の中に生きている。
劣勢だろうと優勢だろうと、前に進もうとする心がなくなったら負ける。
(戦いだろうが人生だろうが一緒だ! こんな奴に負けられねぇ!)
梅次郎は思いっきり踏みこみ、真正面から斬りかかった。
「ぬっ!?」
まさかここで無防備に攻めかかってくるとは思わなかったのだろう。
辻斬りは虚を突かれたように飛び退いた。
「おいおい! 口のわりにはたいしたことねぇな!」
梅次郎は振り下ろした刀を今度は斬り上げ、さらに踏みこんで横に薙ぎ払う。
だが、辻斬りの動きは早い。
(それなりに鍛錬を積んでやがるか!)
並の使い手なら、この三撃の間に斬られているはずだが――。
辻斬りは絶妙の足捌きでかわし、さらに距離をとって遠ざかっていた。
(これぁ道場で学んだ剣術だな。免許皆伝ってところか)
梅次郎は深追いせず、青眼に構え直した。
まずは呼吸を整えて、次の手を考える、が――。
そこで、思わぬ闖入者が現れた。
「ひっ――!?」
付近の夜鷹が様子を見に来たらしい。
ひきつった声をあげる。
「危ねぇ来るな!」
「ひぃい!?」
梅次郎の制止の声が届いたのはいいが、夜鷹はさらに悲鳴を上げてしまった。
その隙に辻斬りは左手を懐に入れてなにかを取り出し――地面に叩きつける。
「なっ!?」
たちまち膨大な量の煙が発生し、視界を覆う。
(忍者の使う煙玉だぁ!? なんだこいつは! ただの侍じゃねぇのか!?)
動揺した梅次郎だが、すぐに殺気を頼りに相手の位置を探る。
しかし……。
(くっ!? 逃げられたかっ!)
すでに辻斬りの気配はなくなっていた。
煙に驚いた夜鷹はさらに混乱している。
これ以上の追跡は不可能そうだ。
(……いったいどういう素性の奴なんだ……わけがわからねぇな)
夜鷹を斬ることへの執念と、まとわりつくような気味の悪い声――。
そして、確かな剣の腕前と、忍者が使うような煙玉――。
せっかく辻斬りと遭遇できたというのに、かえって謎は深まるばかりだった。
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