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18.

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涙は尽きなくて。
私を探しに来るメイドもいなくて。
わざと、あの場に導かれ謀られたんだなと漠然と思う。
でも、仮にも格上の公爵家にする仕打ちかな?
あの怪しげな女にーー騙されてるんじゃないの、アルド様。

自分の中で色んな言い訳を当て嵌めてみるけど、絡み合う男女の姿は応えた。
涙、止めなきゃ。
帰らなきゃ。

ひんやりとした水を掬って、何度も瞳をぱしゃぱしゃ洗う。頑張って涙を止めて、お暇しようと思った。
考えが纏まらないから、出直そう。

アルド様に聞きたい事も問い詰めたい事も恨み言も、泣き言も、今度伝えよう。今日は、もう無理。また、瞳が潤みそうになり、唇を噛み締める。

さくっ。落ち葉を軽く踏む音が聞こえ、目をやると、あの女がいた。

こちらに気付くでもなく、風を纏い庭園を見つめ佇む彼女。透き通った青みがかったピンク色の瞳は熱を持ち潤み、頬は上気し唇は艶めかしくも、満ち足りた笑みを称え、若干の幼さは残る少女ながらも既に大人の色香を放っていた。
愛する人と愛を交わし情を交わした、細身ながらも肉付きのある肢体。
本来なら私が受けるべき全てを身勝手にも享受した場違いな忌々しい、それでいて溢れる程の幸運にまみえた憎い女ーー。

氷の様だった手足に熱が灯る。
私は本来の立ち位置から突き落とされ地獄を見た。唇を強く噛み締め、血が流れる。手指が肌に食い込み、傷を付けるもーー。
嫉妬の感情だけが火に焚べた様に瞬時に燃え上がる。
あぁ、駄目。自分が律せない。
体温が急激に上昇し、震えが止まらない位に動悸が激しくなる。頭痛と耳鳴りがいっぺんに来て、居ても立っても居られない程もどかしくて、喉を胸を掻きむしる。
私、可笑しい。私、可笑しくない?
こんな感情に左右されやすかった?

「あら、貴女」
鈴を転がした様な可憐な声に思考が戻される。
ピンク色のふわりとした髪を腰まで流した可憐な艶やかな美少女が私に気付き、声を掛けてきた。

「初めまして、よね?私は、お母様が貴族ではないのだけれど、現伯爵家当主のお父様が引き取って下さったの。アルドリアンお兄様の妹なの」
人好きのする笑顔で子供の様な自己紹介をされる。

さくらんぼの如く紅く色付いた可愛らしい口からは、続いて私への毒が流れ出た。

「いぃわぁ。うふ。その嫉妬の瞳、私に向けているのよね?お兄様の元婚約者で惨めな公爵家令嬢様ぁ。破瓜は痛かったんですの?蛙の様に無様な姿を見せられたんでしょう。吐き気を催す醜悪な男に無理矢理組み敷かれて延々蹂躙されたのよねぇ。庶民の私の代わりに!うふふ。やぁだぁ、泣かないでよ。私が意地悪したみたいじゃない!私はアルドお兄様に優しく情熱的に愛を囁かれて大切に大切に扱われているわ。心配しないでぇ。生贄さん」

庶民ーー。代わり?生贄?
前世でも今世でも、生きてきて受けた事がない悪意の塊に思考が追いつかない。
尚も女は悪意を悪意とも思わない極上の笑みで言葉を紡ぐ。

「ああ、そうだわ。お情けよ」
儚げに眉尻を下げ、妹だと名乗るその女は徐に薄衣のドレスを手繰り上げ、レースのショーツの端から手を入れ自慰をする。
「あんっ」
情欲の声が上がる。

私は今何を見せられているの。

女は指の先端を奥、根元まで入れ掻き出だす。
「んんっ」
甘い喘ぎを出し、にゅぷと淫靡な音を出し指を取り出すと
「お兄様の精液よ」
妖精かと見紛うばかりの可憐な笑顔を見せる。
「さっき出して頂いたばかりだから新鮮よ?」
鼻先にテラテラと光る液体の付いた指を持ってこられ後退る。
「遠慮なさらないで?」
唇に擦りつけられる。
「っ。い、嫌っ!」
「お兄様の精液よ」
もう一度言われる。

「舐めてみる?それとも、ご自分の指に擦り付けて自慰されてみては?お兄様に感じさせられているみたいじゃない?」

「っ馬鹿にしないでよ‼︎ 汚らわしいっ‼︎ 」
悪意に圧倒されながらも矜持をかざし売女の頬を叩き飛ばす。
「きゃあ!」
震える手に力を入れ渾身の力を込めた。女の細身の身体が倒れる。
「何をしている!」
厳しく誰何される。
激昂しているものの、聞きたかった声に胸が一杯になる。


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