無口な魔族に人生お買い上げされた話

サコッシュ拓

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無口な魔族に人生お買い上げされた話

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 季節は秋。
 太陽の恵みが少なくなり、どんどん日が短くなっていく中で、農民たちは家族総出で一番忙しく働かなくちゃならない時期だ。
 実った作物の収穫はもちろん、肉や魚の燻製を作ったり、家畜の寒さ対策をしてやったり、危険な森からありったけの薪をかき集めてきたり…厳しい冬に備えて、やらなきゃならないことは山ほどある。
 毎日夜明けから日暮れまで必死に働いてようやく一通りの準備ができたと思うと、いつの間にか深く降り積もった雪が全てを覆い隠して、程なくして閉塞的な冬が来る。
 ただ辛く忙しいだけの季節のようにも思えるが、大抵の村や町では交易路が雪で完全に閉ざされるまでの秋の僅かな間にだけ、年に一度のお楽しみでもある大規模な交易市が開かれるものだ。
 疲れ切った農民たちもその日だけは労働から開放され、余った穀物を金に変えたり、その金でちょっと贅沢をしたり、はたまたエールを浴びるほど飲んだりして、冬が来るまでの僅かな間を楽しむのが常だった。

 毎年この時期になると、嫌でも小さい頃の記憶を夢に見る。
 昼から飲みに行った親父がフラフラになりながら食べきれないぐらいの干し肉を背負って帰ってきて、それに母さんがめちゃくちゃ怒って。
 巻き込まれないように兄達と一緒に寒い部屋の隅に隠れるんだけど、どうしてもお腹の音が鳴っちゃって、それに気づいた母さんが、もうみんなで食べようって言ってくれて…
 久しぶりに腹一杯食べることができて嬉しかったし、家族みんなで笑えるのは、心底楽しかった。
 夢はいつも、そうやってお腹いっぱいになるまで食べて、母さんの暖かい腕に抱きしめられるところで終わる。
 今の俺には二度と戻ることのない、あまりに遠い記憶だった。



 雲が薄く伸びる秋の空に、香辛料の独特な香りと魔法薬の鼻につく匂いが混ざっている。
 そこら中で人々の歓声や怒声が飛び交い、旅芸人は各所に集まって軽快な音楽を掻き鳴らす。
 昨日の雨でぬかるんだ地面は人やら家畜やら車輪やらに散々踏み荒らされていた。大抵の通行人は靴やローブの裾を泥跳ねで酷く汚しながらも、目を輝かせながら市場を歩き回っている。
 最近俺がよく立ち寄っている街の中でも特に大規模なネルンの交易市場は、朝から多くの人で埋め尽くされていた。

「なら、このナグル産のマントはいかがです?ミュンの毛が惜しげもなく使われた一級品で手触りは柔らかいし、何より暖かくて物持ちがいい。今からの山越えだって、これさえあれば乗り切れますよ!今なら銀貨10枚でお譲りしましょう!」

 目の前で深緑色のマントをひらめかせると、疑り深い客は手を伸ばして生地を良く見ようと顔を近づけてくる。
 さりげなく持つ場所を変えて誘導してやれば、狙い通りマントのほつれを見つけた客が得意げに声を上げた。

「はっ、おいっこんなところにほつれがあるじゃねぇか!なにがナグル産のマントだよ、こんな粗悪品に10枚も出せるか!」
「お客さーんそんなに細かく見なくたっていいじゃないですかぁ。や~ナグル産ではあるんですがね、実はこれ去年の型落ちでして…大切に保管してたんですがどうしてもくたびれてしまって、新品同様とは言えないんです。…それを見抜いたお客さんに免じて、銀貨8枚でどうです?」
「フン、3枚でいいだろ。」
「そんな!なら6枚!6枚までならなんとか!これ以上は無理ですよ!」
「…うーむ。」

 客は眉根を寄せたままだが、その口元はニヤニヤと緩み、目の奥の輝きも隠せていない。
 それに内心ほくそ笑みつつも、哀れっぽい表情をして、最後の仕上げにかかる。

「なんとかお願いします、私もここらで在庫を減らしたいんです!…分かりました、なら銀貨5枚でどうですか?これが厳しいようでしたら、今回はご縁がなかったと言うことで…」
「…まぁ、5枚なら買ってやる。」
「まいどあり!質は良いんで、長く使ってやって下さいね!それじゃまたご贔屓に~!」

 男の背中が見えなくなるまでは営業用の笑顔を張り付けていたが、完全に人混みに消えていった途端に、本当の笑いがじわじわこみ上げてきた。
 今の農夫は実に良いカモだった…!元は銅貨20枚足らずの粗悪品が、あんなに高く売れるとは。
 あの様子じゃヨソからも死ぬほど巻き上げられてるだろうし、俺の嘘がバレたからといって直ぐに怒鳴り込まれることはあるまい。
 露店もすぐに場所を変えるつもりだし、もう二度とあの農夫と会うことはないだろう。
 金貨銀貨がたっぷり詰まっている懐の皮袋を見て、にやけが止まらなくなってしまう。
 この調子なら、今年の冬は暖かい寝床で過ごせそうだ…あともう少し稼げれば、高い酒にもありつけるかもしれない。

 どんどんやる気が出てきて、また呼び込みを始めようと大きく息を吸い込んだ瞬間、首に掛けたネックレスの小さな石が燃えるような鋭い光を放った。
(わっ…?!クソ、何でこんな書き入れ時に呼ばれんだよ…!)
 ネックレスは極力外から見えないように肌着の下に滑り込ませているのに、石から放たれる光は布地を貫通する程眩い。
 慌てて光が外に漏れ出ないように胸元を押さえたが、隣に店を並べている商売敵がぎょっとした表情を浮かべるのを見てしまった。
 こうなるともう商売どころじゃない。
 手早く売り場を片付け、店の外へ這いずり出た。
 荷物を背負い、なるべく人気の無い場所へ移動しようと足を一歩踏み出したところで、人混みの中から俺の行き先を塞ぐようにぬっと男が現れた。
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