無口な魔族に人生お買い上げされた話

サコッシュ拓

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無口な魔族に人生お買い上げされた話

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 その男は人混みの中でも飛び抜けて背が高く、古めかしい紋様が刻まれた真っ黒なローブに身を包み俺の目の前に影のようにじっと佇んでいる。
 この様子だと、もう移動するのは無理そうだ。観念して俺は足を止め、忌々しい男を見上げた。
 目深に被ったフードの隙間からはおおよそ人間とは思えないほどに整った顔と、俺のネックレスに繋がれた石と全く同じ色をした深紅の瞳が見える。
 その瞳に真上から射抜かれて、ひく、と作り物の笑顔がひきつってしまう。
 情けない顔をした俺と違って恐ろしいくらい綺麗な笑みを浮かべた男は、ゆっくりとその口を開いた。

「…ヨーク。会いに来たぞ。」
「…どうも…グレナデンの旦那。」

 グレナデン、と俺に名乗っている男は会って早々俺の肩に手を伸ばしてきて、肉の感触を確かめるようにすりすり撫でてくる。
 今すぐその気持ち悪い手を振り払って逃げ出したい衝動に駆られたが、なんとか堪えた。ここは我慢、我慢だ…!

「…久しぶりだ。息災だったか?」
「え、ええ!グレナデンの旦那も、お元気そうで何より…」
「…会いたかった。」
「……あ、あはは…!私もお会いしたかったですよ!」
「…そうか。」

 そう言ったきり、じっと俺のことを見つめてくる。
 何か言いたいことがあるのかと思って次の言葉を待ってみるが、一向に口を開く様子はない。
 いつもこうだ…毎回唐突に呼び出しておきながら、一回もコイツの方から話を振られたことはない。
 これ以上ここにいるとやたらとこいつが人の目を引くから、ひとまず場所を変えようと思って口を開いた。

「あ、あの旦那、折角ですからもう少し静かなところでお話ししませんか?」
「わかった。」

 そっと肩から手を引き剥がしつつそう提案すれば、こくりと一つ首を振った男はやけに大人しく俺の後ろをついてくる。こういう変に素直なところも苦手だった。

 こいつとは今からちょうど一年前に知り合った。
 ぼーっと通りを歩いてる所を見かけて、チョロそうだと思って声をかけたらなぜか気に入られてしまい、それからずっと付き纏われている。
 何かの商品が目当てって訳でもなく、俺に何か話したいことがある訳でもなく、ただひたすら黙って店に顔を出し続ける挙動は正直何がしたいのか分からなくて気味が悪い。
 しかも前にこいつに押し付けられたネックレスには何かしらの魔術が仕込まれているようで、ネックレスの石が強く光ると、俺がどの国のどの街にいようがすぐにこいつが現れるようになっている。
 何故こんな気色悪いネックレスを常に身に付け、唐突な呼び出しにも律儀に応じるのかと言えば…ひとえにコイツが、俺にとってとんでもない太客だからだ。

 人気の無い路地の外れの方に移動して、改めてグレナデンの方に向き直る。

「あーそれで、その…本日のお土産は…」
「…ああ。」

 グレナデンは自身の懐に手を入れ、しばらくして何かを取り出した。
 その手に握られているのは、俺が愛してやまない超高純度の魔鉱石だ。
 拳ほどの大きさのそれを手渡され、思わず陽の光にかざすと魔鉱石特有の不思議な色合いがはっきり見て取れた。鉱石の中で屈折した光の粒が七色に煌めいて、あまりの美しさにため息をついてしまう。

「はー…いつもありがとうございます!コレで今年の冬は暖かく過ごせそうです…!」
「…。」

 この魔鉱石はどこに行っても重宝される素材で、大抵の魔道具や魔法薬、ちょっと特殊な武器なんかにも使われる。
 前にお試しでコイツに適当なガラクタを売りつけた時に硬貨の代わりにこの魔鉱石を渡されて以来、お土産が欲しいだとか適当に言いくるめて毎回持参してもらっている。
 こんなに高純度なものは基本的にかなり地下深くのダンジョンに潜らないと採掘できないはずだが、何故かコイツはそこら辺に落ちてる石を拾ったような軽いノリで俺に手渡してくる。
 その点でもつくづく不気味だったが、どこの店に持ち込んだって最低でも金貨10枚以上で買い取ってくれるような魔鉱石の輝きに俺はすっかり虜になってしまい、この客との縁を中々切れないでいた。

 こんな昼間に呼ばれたのは腹立ったけど、これを金に替えるための時間も必要だったし逆に良かったかもしれない。
 このまま売るんじゃ目立ちすぎるし、3つか4つに砕いてから一番デカいのを鍛冶屋の親父に、あと雑貨屋の若いのと、こないだ知り合った魔女のところにでも持ってくかな。
 これからの動きを考えながらしっかり魔鉱石を懐にしまい、手揉みをしながらグレナデンに向き合った。
 ここからは平身低頭出血大サービスの時間だ。魔鉱石の対価だと思えば十分にお釣りがくるし、コイツのご機嫌を取るためならなんだってやってやろう。

「さて、本日は何を御所望ですか?最近はどこも魔物の動きが活発で、あまり面白い噂話は耳に入って来ないんですよね…。あ、ロロの英雄伝でもお話ししましょうか?前にヨジェの国で聞いた話なんですが、中々面白くて…」
「…。」

 いつもはどっかで見聞きした噂話とか、子供に聞かせるような簡単なお伽話だのを喋ってれば帰っていくから、今日も適当にそんな話をしようとしたが…なんかいつもと様子が違う。
 俺はグレナデンの顔を見上げ、気遣わしげに声を出した。

「旦那?どうされました?もしかして英雄伝はお嫌いでしたか?」
「…今日は、お前と話に来たのではない。買いに来た。」
「えっ旦那が…?!」

 最初の頃は何かしらの商品を買わせた時もあったが、別に在庫を減らさなくても高純度の魔鉱石を貰えることが判明してからは、商品を買うよう誘導することはほぼ無かった。
 それに、グレナデンの方から何か買いたいと言われたことも無かったから、てっきり買い物には一切興味がないのかと思っていたが…
 明確に買い物に来たと言われたことを不審に思いつつも、笑顔を崩さずに口を開いた。

「すみません、旦那がお買い物に興味があると思ってなくて、今お店一旦閉めて来ちゃっててぇ…ちなみにどういったものをご所望ですか?旦那のためならすぐにご用意しますよ!」
「…。」

 すると、グレナデンは小さな皮袋を手に持って、俺の目の前に突き出してきた。

「…?なんですか、これ?」
「…」

 とりあえず手を出してその皮袋を受け取ろうとしたら、グレナデンはいきなり皮袋の中身をひっくり返した。
 瞬間、大量の金貨がヂャララララ!!と激しい音を立てながら俺の手の上にぶちまけられた。
 目の前の現象が理解できずに固まっていると、あっという間に両手の上に金の山ができた。
 皮袋から金貨はとめどなく溢れ続けて、地面に何枚もこぼれ落ちて、いつのまにか足元に金のプールができている。
 それでも革袋からは金貨の奔流が止まらなくて、驚きと恐怖で半々ぐらいの情けない声が漏れた。

「えっ…わっわ゛っわ゛ぁっ?!な、何?!なんですかこれ?!」
「金だ。」
「いや金なのは分かりますよっ!でもウチこんなに金貨が要るほど高価なものは取り扱ってませんから…ちょ、マジで!!もう出すのやめて!」

 そう叫ぶと、ようやく金貨の流れが止まった。
 既に俺の足元はピカピカの金貨で覆い尽くされ、ドラゴンの宝物庫の中というのはこうなっているのだろうかと現実逃避したくなるほど異様な光景が広がっている。
 あの小さな皮袋から、こんな量の金貨が出てくるのは明らかにおかしい。
 幻覚か、何かの高度な魔術がかかっている事は間違い無い…けど、何故?なんで、こんな場面で?こいつはこんなことをして、何をしようとしている?
 恐怖と困惑が半々になって固まったまま動けずにいると、頭上から声を掛けられた。

「…足りるか?」
「は…?そ、そりゃこんだけ金貨がありゃ、足りないなんてことはないでしょうが…え…これで何を買おうとしてるんですか?」
「お前。」
「はい?」
「お前を買いに来た。」
「………えと、あの、ちょっと待ってくださ」
「これで足りるのだろう。行くぞ。」

 ぐい、といきなり腕を掴まれて、驚く間も無くグレナデンはどこかに向かって歩き出す。

「へ、え?な、なに?なんですかちょっ、力強っ…ちょっと待って…!」
「…。」

 拘束を振り払おうと腕をめちゃくちゃに振っても、固く掴まれた腕はびくともしない。
 …俺を、買う?こいつは今、俺を買うって言ったのか?
 グレナデンはこちらを振り返ることもなく、とにかく強い力で俺を引きずっている。
 さっき言われた言葉がようやく意味として頭に入ってきて、ぞっと血の気が失せた。半ば半狂乱になって、あらん限りの声を上げた。

「まっ、ちょっと待って、まって!一回止まれ!止まってください!!」
「…どうした。」
「あのっ、私は買えませんから!どれだけお金を積まれてたって、どうにもなりませんからっ!」
「何故だ。」
「なぜ?!何故も何もないでしょっ、私は商人ですよ!私自身が売り物な訳ないでしょうがっ!!頭おかしいんじゃないのかアンタ…」
「しかし、お前は売り物だろう。」
「………ぁ…」

 グレナデンは一度俺から手を離したと思ったら、俺の左の二の腕辺りを、ポンポンと軽く叩いてきた。
 その行為が示している明確な一つの事実に身体が硬直し、呼吸が浅くなる。

「ここに模様がある人間は、売り物なんだろう。」
「…ッ、ち、ちがう」
「何が違う?」
「うるさいっ!離せよっ!!」

 必死になってグレナデンの腕を振り払おうとしたら、金貨に足を取られて派手に転んでしまった。
 腰に響く痛みと、それ以上の恐怖で視界が歪む。
 ピカピカに輝く金貨に、涙で歪んだ自分の顔が反射している。
 違う…俺は商人だ。今の俺は商人なんだ、あんな、あんな扱いはもう二度と受けないはずだ。俺は、もう二度とあんな…!
 嫌な耳鳴りが頭の中で反響する気持ち悪さに堪えながら、喉から絞り出すように声を出した。

「はっ、はっ…お、俺はっ…わ、私は、商人だ…!奴隷なんかじゃないっ…もう誰にも買われたりなんか、しないっ…!!」
「…。」
「…帰ってくれ……い、今すぐ、私の目の前から居なくなってくれ…!」
「…分かった。」

 グレナデンがそう一言だけ言うと、あっという間に地面に撒き散らされた金貨は消え去り、本人も影に溶けるように消えた。
 しばらくその場から動けなくて、顔を手で覆って深い息を吐く。

 …これからどうしよう。
 あんなことを言ったから、きっともうグレナデンは俺を呼ぶ事はないだろう。…それで良い。
 今まで変なやつだと思ってたけど、あそこまで気が狂っているとは思わなかった。
 なんで俺の腕の焼印を知ってるのかとか、そもそも何で俺のことを…買おうとしたのかとか、気になる事は多いけどもう、良い。二度と会いたくない。
 …元々、グレナデンからのボーナスが定期的に入ってくる最近の生活の方がおかしかったんだ。
 少し珍しい一年だったと割り切って、しけた品物を地道に売って過ごせば良い。
 それで全部今まで通りになる。俺はこれからも、行商人としてやっていける。
 グレナデン以外に腕のことはバレてないんだから…大丈夫、いつも通り生きていけるはずだ。
 壁に手をついて、よろめきながらも何とか立ち上がった。
 とにかく、早く売り場に戻らないと…最低限の戸締りはしてきたけど、ここの治安は良くない。
 少しふらつく頭を押さえながらすぐに街の喧騒に足を踏み入れたせいで、グレナデンとの一部始終を遠くから観察していた人影に俺が気づく事はなかった。
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