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朝帰り1
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◇◇◇◇
夜明けの光をさっと瞼に受けて、娘は目を開けた。
薄暗い部屋。
色街、花魁掘りの下働き達が詰める雑魚寝部屋に、きりっと差し込む帯状の朝の光。
それは常時閉じている雨戸が、こっそりと開けられた証拠。
朝の光と共にするりと忍び込んで来たのは、十三歳の娘からは、四つ年上の義理の姉だった。
女にしてはすらりと高い背に、見るからに姉御肌な勝気な目と色香を宿す泣き黒子。
紅を引かなくとも赤い唇が、義理の妹を見つけると悪戯っぽく端を上げて見せて来る。
カワセミは後ろ手に雨戸を閉めると、身軽く、寝遣る女達を飛び越え、義妹の傍に来た。
義妹が少し体をずらした所で、するりと暖かい布団に入り込む。
カワセミからは、すがすがしい木々の香りがした。
義妹は心配そうな声を極力抑えながら、朝帰りの姉へと言った。
「ねぇさん、何処へ行っていたの? 仕事をほっぽり出して遊びに行ったって、針子の姉さんがかんかんだったよ」
「日銭稼ぎをちょっとね」
カワセミは、そうさらりと言いはぐらかすと、合わない枕をよそに放り投げ、組んだ腕へと頭を乗せた。
義妹に賭博や荒事、ましてや神獣との不思議なご縁など説明すれば、その幼く素直な目を、白黒させてしまうに違いない。
下働きに出て間もない義妹に、余計な心配はさせたくなかった。
「賭博で遊んだ挙句に、男の人と揉めて喧嘩なんて、してないよね?」
だが、やはり妹。義姉の気の荒さ、日銭稼ぎの手段をよく承知しているようだ。
「お前は、随分私と離れて暮らしていたくせに、妙な事を当てるな」
「もう! ねぇさんっ」
義妹が小さく怒鳴り、身を起こそうとする。
カワセミは、それを難なく片手で止め、子供をあやすように寝かしつけた。幼い頃面倒を見た癖で、胸のあたりをぽんぽんと優しく叩いてやる。
「怒らない。怪我もしてないし、ここの身元も割られてない。なんも心配することはないよ」
頭の傷は、吽形が大きな手を朝まで傷へと当ててくれたおかげで、腫れが引き、傷も塞がっていた。
吽形の大きな手に、心地の良さを感じたのは何とも気に入らないが、それよりも、言葉の通り、『手当て』が、手を当て続ける事だったのが何だかおかしく、いまさらながらに笑いが込み上げてくる。
義妹は、ひっそりと忍び笑う姉を見つめ、心配で腹を立てた事を忘れた。
義姉のその笑い方は、幼い記憶に覚えがある。何か良いものを見つけた時に見せる、煌めきを隠した笑い方だ。
義妹は不思議そうに尋ねた。
「ねぇさん、何か良いことがあったの?」
「あぁ、気に喰わないほどいい男と、気に入りの賢い赤毛の猫を見つけた」
腕枕をしながら顔を向けて来る姉は、色街には似合わない清々しさを持ち合わせている。
元より自由な姉だ。
本来ならば、ここにいるはずのない野生の生き物――そんな思いがふと湧き上がり、義妹の胸がつきんと痛む。
夜明けの光をさっと瞼に受けて、娘は目を開けた。
薄暗い部屋。
色街、花魁掘りの下働き達が詰める雑魚寝部屋に、きりっと差し込む帯状の朝の光。
それは常時閉じている雨戸が、こっそりと開けられた証拠。
朝の光と共にするりと忍び込んで来たのは、十三歳の娘からは、四つ年上の義理の姉だった。
女にしてはすらりと高い背に、見るからに姉御肌な勝気な目と色香を宿す泣き黒子。
紅を引かなくとも赤い唇が、義理の妹を見つけると悪戯っぽく端を上げて見せて来る。
カワセミは後ろ手に雨戸を閉めると、身軽く、寝遣る女達を飛び越え、義妹の傍に来た。
義妹が少し体をずらした所で、するりと暖かい布団に入り込む。
カワセミからは、すがすがしい木々の香りがした。
義妹は心配そうな声を極力抑えながら、朝帰りの姉へと言った。
「ねぇさん、何処へ行っていたの? 仕事をほっぽり出して遊びに行ったって、針子の姉さんがかんかんだったよ」
「日銭稼ぎをちょっとね」
カワセミは、そうさらりと言いはぐらかすと、合わない枕をよそに放り投げ、組んだ腕へと頭を乗せた。
義妹に賭博や荒事、ましてや神獣との不思議なご縁など説明すれば、その幼く素直な目を、白黒させてしまうに違いない。
下働きに出て間もない義妹に、余計な心配はさせたくなかった。
「賭博で遊んだ挙句に、男の人と揉めて喧嘩なんて、してないよね?」
だが、やはり妹。義姉の気の荒さ、日銭稼ぎの手段をよく承知しているようだ。
「お前は、随分私と離れて暮らしていたくせに、妙な事を当てるな」
「もう! ねぇさんっ」
義妹が小さく怒鳴り、身を起こそうとする。
カワセミは、それを難なく片手で止め、子供をあやすように寝かしつけた。幼い頃面倒を見た癖で、胸のあたりをぽんぽんと優しく叩いてやる。
「怒らない。怪我もしてないし、ここの身元も割られてない。なんも心配することはないよ」
頭の傷は、吽形が大きな手を朝まで傷へと当ててくれたおかげで、腫れが引き、傷も塞がっていた。
吽形の大きな手に、心地の良さを感じたのは何とも気に入らないが、それよりも、言葉の通り、『手当て』が、手を当て続ける事だったのが何だかおかしく、いまさらながらに笑いが込み上げてくる。
義妹は、ひっそりと忍び笑う姉を見つめ、心配で腹を立てた事を忘れた。
義姉のその笑い方は、幼い記憶に覚えがある。何か良いものを見つけた時に見せる、煌めきを隠した笑い方だ。
義妹は不思議そうに尋ねた。
「ねぇさん、何か良いことがあったの?」
「あぁ、気に喰わないほどいい男と、気に入りの賢い赤毛の猫を見つけた」
腕枕をしながら顔を向けて来る姉は、色街には似合わない清々しさを持ち合わせている。
元より自由な姉だ。
本来ならば、ここにいるはずのない野生の生き物――そんな思いがふと湧き上がり、義妹の胸がつきんと痛む。
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