お命ちょうだいいたします

夜束牡牛

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白うさぎと白へび1

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◇◇◇◇

 夜の境内で、いびつな双子が対峙していた。

 白い少年神、百石階段神社の神。ミヘビが口を開く。
 ちらちらと細い舌先が相手を探ると、険しい紅い目が凄みを増した。

「お前達だ。私を殺したのは。世に出た、我が白いシマヘビの身を理由わけなく奪い、酒に沈め浮かばせなんだのは」

「理由なくではないよ。ちゃんと意味ある死だよ。ねぇ、お酒いっぱい飲んだ?」

 白い少女、まれに世に出る白い人。白うさぎが、無邪気に愛らしく小首を傾げている。ミヘビは悪意無き問いには答えず聞いた。

「目的はなんだ、何を成すつもりだ」

「目的はひとつ。わっちがここの神様になる事。大好きな、だぁいすきな旦那様の、お願い事だけを、わっちが叶えるの」

 白うさぎが気恥ずかしそうに、胸へと抱いた割れ鏡を覗く。
 ヒビの走った鏡面に、瑞々しい少女の姿が映った。

「わっち、ちょっと人様よりお色目が白くって……目の色もこんなんだから、あんまり良い扱いしてもらえなかった。でも、牛や馬のように売られてよかった。旦那様がたくさんのお金でわっちを買ってくれた」

 ひりつく空気に合わない幸せそうな声が、聞く者の耳をくすぐった。

「旦那様はわっちの神様です」

 零れる笑顔。

「わっちにおご飯食べさせてくれた、お菓子もくれた、読み書きも、お風呂も、髪も梳いてくれた……。あと、お芝居! ねぇ、獅子はどこ? 狛犬は見つけたの、まだ人のお姿で、ちょっとおっかなかったけど……あれもわっちのモノになるんでしょ? ふふ、狛犬には青いかんざしをつけてあげる。獅子には赤い帯を巻いてあげるっ」

「あれらは私のものだ」

 さえずる白うさぎにミヘビが冷たく断ると、白うさぎが、さも哀れそうに肩をすくめて見せた。

「いまは、ね」

 ミヘビが淡々と聞く。

「奪うのか」

「うんっ、ぜんぶもらうねっ」

 明るく素直な返事。 
 白うさぎは、血の指で自身の後ろ、百石階段をさした。

「遥か昔からある、この世とあの世を繋げる、百石階段」

 次いで、右足を軸にきゅっと半周りをし、二対一体の神獣の石像を指す。

「神話の始まる海の石で造った、赤い獅子と青い狛犬」

 獅子の石像の傍にいたカワセミを見て、ひらりと手を振る。

「ふふ、おまけの姉様駒あねさまごま……あの人も頂戴ね、いいでしょ? 旦那様の金魚にするの」

 カワセミの脳裏に、酔い狂う赤い金魚が一寸よぎる。
 カワセミが一言でも文句を言う前に、またも片足を軸にくるりと動く白うさぎ。指は手水舎をさしている。

「この辺り、ぜんぶの水の息へとかかる地下水脈。ふふ、旦那様の土地になるんだもん、当たり前だよね? また旦那様の欲しいものが出来たら、ここへと悪いお水を流すの。ちょっと難しいよ、余計な田まで枯れると、納めるお米が少なくなっちゃう。でも、わっちが土地神になれば豊穣はお約束っ」

 その言葉にカワセミの双眸が細められた。

 『悪いお水』は、『祟り』となって、白くなるほどに枯れされた青苗。
 その祟りの根源として沈め殺された白蛇。
 多くの者の願いと神事によって、備え付けられた新しい神の社と、世を知らぬ新米の神獣。
 願われる事が嫌いな、この地で殺され、この地に祀られた白ヘビの祟り神。

 そして最後にすべてを奪う、笑う白うさぎ。

 カワセミは、よどむことなく繋がるそれらに思わず怒鳴った。
 人知れず行われたはかりごとに納得など出来るはずもない。我慢など出来るはずがない。

「お前達か! 田を枯らし、神社を創建したのは……そんな罰当たりな事、人がやっていいはずないだろう」

「いいんだよ。旦那様はわっちの神様だし、わっちはこれから土地神になるんだから……」

「それならば、お前が言うように土地神になりたきゃ、お前達だけで、お前と旦那様の二人だけで勝手になっていればよかっただろう。なぜ私達やその白ヘビの子供を巻き込んだ! ふざけるなよ、迷惑すぎるだろうが。おかげでこっちは家が断たれ、その白ヘビの子供は命を落とした。どう落とし前をつけるつもりで、そこにいるっ」

 カワセミに続けざまに怒鳴られ、白うさぎがぱっと両の耳をふさいだ。
 丸鏡が音を立て落ちたが、不思議と今以上のヒビが入らない。
 小さな背で、編んだ白髪を細かに揺らし、白うさぎが震えている。

「っ……怒鳴らないで……怒らないで……」

 紅い目に涙を溜め、白うさぎがカワセミへと顔を向けてきた。白いまつげに大きな涙の雫、紅く幼い目がすがって来る。
 カワセミの、怒りに任せ荒れていた胸がちくんと痛んだ。

「……怒鳴られることをしたんだよ。怒られて当たり前だよ、白うさぎ」

 カワセミが少しだけ声を落として厳しく言う、泣きだす子供に怒鳴り続けるわけもかない。

(白うさぎは事の重大さが分からないんだ。何が悪くて、何がいいのか……それを決める神様が、旦那様って事か)

 舌打ちをするカワセミの耳に、涙声で歌うか細い声が届く。

「……っかみさま……の、いうとおり……なっとくならん、がまんならん。この世のつねは、げこくじょう、そう言うあなたの……、言うとおり」

 歌った白うさぎは袖で涙を拭うと、落とした鏡を拾い上げた。
 
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