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白うさぎと白へび1
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夜の境内で、歪な双子が対峙していた。
白い少年神、百石階段神社の神。ミヘビが口を開く。
ちらちらと細い舌先が相手を探ると、険しい紅い目が凄みを増した。
「お前達だ。私を殺したのは。世に出た、我が白いシマヘビの身を理由なく奪い、酒に沈め浮かばせなんだのは」
「理由なくではないよ。ちゃんと意味ある死だよ。ねぇ、お酒いっぱい飲んだ?」
白い少女、稀に世に出る白い人。白うさぎが、無邪気に愛らしく小首を傾げている。ミヘビは悪意無き問いには答えず聞いた。
「目的はなんだ、何を成すつもりだ」
「目的はひとつ。わっちがここの神様になる事。大好きな、だぁいすきな旦那様の、お願い事だけを、わっちが叶えるの」
白うさぎが気恥ずかしそうに、胸へと抱いた割れ鏡を覗く。
ヒビの走った鏡面に、瑞々しい少女の姿が映った。
「わっち、ちょっと人様よりお色目が白くって……目の色もこんなんだから、あんまり良い扱いしてもらえなかった。でも、牛や馬のように売られてよかった。旦那様がたくさんのお金でわっちを買ってくれた」
ひりつく空気に合わない幸せそうな声が、聞く者の耳をくすぐった。
「旦那様はわっちの神様です」
零れる笑顔。
「わっちにおご飯食べさせてくれた、お菓子もくれた、読み書きも、お風呂も、髪も梳いてくれた……。あと、お芝居! ねぇ、獅子はどこ? 狛犬は見つけたの、まだ人のお姿で、ちょっとおっかなかったけど……あれもわっちのモノになるんでしょ? ふふ、狛犬には青い簪をつけてあげる。獅子には赤い帯を巻いてあげるっ」
「あれらは私のものだ」
囀る白うさぎにミヘビが冷たく断ると、白うさぎが、さも哀れそうに肩をすくめて見せた。
「いまは、ね」
ミヘビが淡々と聞く。
「奪うのか」
「うんっ、ぜんぶもらうねっ」
明るく素直な返事。
白うさぎは、血の指で自身の後ろ、百石階段をさした。
「遥か昔からある、この世とあの世を繋げる、百石階段」
次いで、右足を軸にきゅっと半周りをし、二対一体の神獣の石像を指す。
「神話の始まる海の石で造った、赤い獅子と青い狛犬」
獅子の石像の傍にいたカワセミを見て、ひらりと手を振る。
「ふふ、おまけの姉様駒……あの人も頂戴ね、いいでしょ? 旦那様の金魚にするの」
カワセミの脳裏に、酔い狂う赤い金魚が一寸よぎる。
カワセミが一言でも文句を言う前に、またも片足を軸にくるりと動く白うさぎ。指は手水舎をさしている。
「この辺り、ぜんぶの水の息へとかかる地下水脈。ふふ、旦那様の土地になるんだもん、当たり前だよね? また旦那様の欲しいものが出来たら、ここへと悪いお水を流すの。ちょっと難しいよ、余計な田まで枯れると、納めるお米が少なくなっちゃう。でも、わっちが土地神になれば豊穣はお約束っ」
その言葉にカワセミの双眸が細められた。
『悪いお水』は、『祟り』となって、白くなるほどに枯れされた青苗。
その祟りの根源として沈め殺された白蛇。
多くの者の願いと神事によって、備え付けられた新しい神の社と、世を知らぬ新米の神獣。
願われる事が嫌いな、この地で殺され、この地に祀られた白ヘビの祟り神。
そして最後にすべてを奪う、笑う白うさぎ。
カワセミは、淀むことなく繋がるそれらに思わず怒鳴った。
人知れず行われた謀に納得など出来るはずもない。我慢など出来るはずがない。
「お前達か! 田を枯らし、神社を創建したのは……そんな罰当たりな事、人がやっていいはずないだろう」
「いいんだよ。旦那様はわっちの神様だし、わっちはこれから土地神になるんだから……」
「それならば、お前が言うように土地神になりたきゃ、お前達だけで、お前と旦那様の二人だけで勝手になっていればよかっただろう。なぜ私達やその白ヘビの子供を巻き込んだ! ふざけるなよ、迷惑すぎるだろうが。おかげでこっちは家が断たれ、その白ヘビの子供は命を落とした。どう落とし前をつけるつもりで、そこにいるっ」
カワセミに続けざまに怒鳴られ、白うさぎがぱっと両の耳をふさいだ。
丸鏡が音を立て落ちたが、不思議と今以上のヒビが入らない。
小さな背で、編んだ白髪を細かに揺らし、白うさぎが震えている。
「っ……怒鳴らないで……怒らないで……」
紅い目に涙を溜め、白うさぎがカワセミへと顔を向けてきた。白いまつげに大きな涙の雫、紅く幼い目がすがって来る。
カワセミの、怒りに任せ荒れていた胸がちくんと痛んだ。
「……怒鳴られることをしたんだよ。怒られて当たり前だよ、白うさぎ」
カワセミが少しだけ声を落として厳しく言う、泣きだす子供に怒鳴り続けるわけもかない。
(白うさぎは事の重大さが分からないんだ。何が悪くて、何がいいのか……それを決める神様が、旦那様って事か)
舌打ちをするカワセミの耳に、涙声で歌うか細い声が届く。
「……っかみさま……の、いうとおり……なっとくならん、がまんならん。この世のつねは、げこくじょう、そう言うあなたの……、言うとおり」
歌った白うさぎは袖で涙を拭うと、落とした鏡を拾い上げた。
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