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お百度参られた1
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絹笛は立ちあがり、鳥居にお辞儀をすると社に向かった。
身を清め、いつの間にか手に握りしめていたおはじきを賽銭箱に入れる、そして――
(お願いです。音々様を見つけてください)
「「あい、叶えた。その願い」」
音々様が現れた。
背後で悲鳴が上がる。
しかし、絹笛は振り返らず、じっと賽銭箱の上に立つ、その姿を見ている。
ぞっとするほど白い肌の、音々様の姿。
右手は折れ、左手は哀れ抜け落ちている。
その繋がらぬ左手を口にくわえ、両の足は短冊のように潰れ下がり……それなのに、気が狂うほどに優しい顔をして立っている。
再び男の悲鳴が二つあがった。
この世の者では無い者を見てしまった恐怖と畏怖、この場にいる事への後悔、全てが喉から引きずり出されている。
ずるり
悲鳴が引き金となり、音々様が動き出した。
滑るように男達へと向かう姿を、絹笛が目で追おうとすると、その両目を何者かに優しく手で覆われた。
「だぁれだ」
「……阿形様」
「ふふ、あたり」
そうは言ってくれたが、阿形は塞いだ手を離してはくれなかった。
「絹笛。おうたを歌ってやろう、よくよくお聞き」
絹笛の体を阿形の赤髪が包んでいるのだろう、ふわふわと肌を撫でる感触が心地いい。
耳に寄せられた阿形の口から、雨音、祭囃子、青稲の騒めく音、それらに似た不思議な音だけのおうたが紡がれる。
目を塞がれ、耳にうたわれ、赤髪に捕らえらえ、絹笛の意識から他愛のない事が除けられていく。
男達の悲鳴や、何かが階段を転がり落ちる音、懇願や恐怖に鳴る歯音……それら他愛のない事は、すべてどうでもいいこと。
取るに足らない、どうでもいい事――。
「はい。しまい」
「……?」
阿形の両手が解かれ、獅子のおうたも終わると、夜の神社が戻ってきた。
絹笛が体をよじると、しゃがみ込み絹笛を囲んでいた阿形の顔が近くにあった。
手毬の様な美しい目と、鼻と口元を隠した白い垂れ布。
ふいに絹笛が両の手をあげ、その垂れ布を下げた。
現れたのは、すっと通った鼻梁に形の良い顎。しかし目を惹くのは、ふくりとした唇に乗せられた、真珠の色合いを持つ、二本の牙だ。
「そだな、これは失敬。っくく、ふふ、こら。牙を叩くな」
現れた阿形の牙を、指の腹でぽてぽてと叩く絹笛。
一寸だけされるがままになっていた阿形だったが、口をあっと開け、絹笛の指を咥えようと真似脅す。気に入りの戯れに、絹笛がきゃきゃっと笑った。音々様花魁がよくこうして、絹笛にじゃれついていた。
(っ……!)
いつかの花魁との戯れを思い出し、絹笛ははっと身を返し百石階段へと向かった。
「音々様っ」
参道の真ん中を軽やかに走る絹笛の背を眺め、阿形は左側からゆっくりと追いかけた。
身を清め、いつの間にか手に握りしめていたおはじきを賽銭箱に入れる、そして――
(お願いです。音々様を見つけてください)
「「あい、叶えた。その願い」」
音々様が現れた。
背後で悲鳴が上がる。
しかし、絹笛は振り返らず、じっと賽銭箱の上に立つ、その姿を見ている。
ぞっとするほど白い肌の、音々様の姿。
右手は折れ、左手は哀れ抜け落ちている。
その繋がらぬ左手を口にくわえ、両の足は短冊のように潰れ下がり……それなのに、気が狂うほどに優しい顔をして立っている。
再び男の悲鳴が二つあがった。
この世の者では無い者を見てしまった恐怖と畏怖、この場にいる事への後悔、全てが喉から引きずり出されている。
ずるり
悲鳴が引き金となり、音々様が動き出した。
滑るように男達へと向かう姿を、絹笛が目で追おうとすると、その両目を何者かに優しく手で覆われた。
「だぁれだ」
「……阿形様」
「ふふ、あたり」
そうは言ってくれたが、阿形は塞いだ手を離してはくれなかった。
「絹笛。おうたを歌ってやろう、よくよくお聞き」
絹笛の体を阿形の赤髪が包んでいるのだろう、ふわふわと肌を撫でる感触が心地いい。
耳に寄せられた阿形の口から、雨音、祭囃子、青稲の騒めく音、それらに似た不思議な音だけのおうたが紡がれる。
目を塞がれ、耳にうたわれ、赤髪に捕らえらえ、絹笛の意識から他愛のない事が除けられていく。
男達の悲鳴や、何かが階段を転がり落ちる音、懇願や恐怖に鳴る歯音……それら他愛のない事は、すべてどうでもいいこと。
取るに足らない、どうでもいい事――。
「はい。しまい」
「……?」
阿形の両手が解かれ、獅子のおうたも終わると、夜の神社が戻ってきた。
絹笛が体をよじると、しゃがみ込み絹笛を囲んでいた阿形の顔が近くにあった。
手毬の様な美しい目と、鼻と口元を隠した白い垂れ布。
ふいに絹笛が両の手をあげ、その垂れ布を下げた。
現れたのは、すっと通った鼻梁に形の良い顎。しかし目を惹くのは、ふくりとした唇に乗せられた、真珠の色合いを持つ、二本の牙だ。
「そだな、これは失敬。っくく、ふふ、こら。牙を叩くな」
現れた阿形の牙を、指の腹でぽてぽてと叩く絹笛。
一寸だけされるがままになっていた阿形だったが、口をあっと開け、絹笛の指を咥えようと真似脅す。気に入りの戯れに、絹笛がきゃきゃっと笑った。音々様花魁がよくこうして、絹笛にじゃれついていた。
(っ……!)
いつかの花魁との戯れを思い出し、絹笛ははっと身を返し百石階段へと向かった。
「音々様っ」
参道の真ん中を軽やかに走る絹笛の背を眺め、阿形は左側からゆっくりと追いかけた。
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