イトムシ    〜 幼少期〜

夜束牡牛

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キキ1

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○○○○○

 キイトは入浴と夕食が済むと、早々に寝室に入れられた。正確には、母と同じベッドで寝かせつけられている最中だ。
 母は、徹底的に息子から目を離さないと決めたのだ。
 ふかふかのベッドの上で、キイトは小さくため息を吐いた。

(母さんの寝室で一緒に寝るなんて、ナナフシに知られたら絶対笑われる。もうどこも痛くないのに……。だけど、今回は特別だ。僕には、やらなくちゃいけないことがあるんだもの)

 キイトは寝返りを打ち、隣で本を読んでいる母を見た。じっと見ていると、母の手が伸び、瞼を軽く抑えられる。

「キイトに会いに来た子がいるわ」
「だれ?」
「この子」

 目隠しが開き、目の前にぬいぐるみが現れた。

「キキ! どこにいたの?」

 キイトは嬉しそうに笑い、気に入りのぬいぐるみに手を伸ばした。
 手の平ほどの真白な蝶のぬいぐるみは、ふわふわと宙に浮き、指に止まった。ヒノデの手が、天井へと伸ばした糸を支え、本の裏で器用にぬいぐるみを操る。

「あなたを探して、勉強部屋に行っていたみたい」

 キイトはキキが、指から鼻へと移動したのを優しく掴み、そばへと寝かしつけた。
 ヒノデは隙を見て糸を切り離し、素早く回収すると、本を閉じた。

 小さなぬいぐるみは、キイトのお喋りの練習相手だった。イトムシは、仲間内では目で交流を取り、喉は糸紡ぎのためにあまり使わない。その所為か、無口になりがちな個体が多い。ヒノデ自身、イトムシに成長してからは、言葉とはなんと億劫だろう、と何度となく感じていた。 
 生まれつきイトムシのキイトは、その傾向が特別強かった。
 早い段階からぬいぐるみを話し相手に与え、言葉を発することを、意識付けなくてはいけないほどだった。その甲斐があってか、キイトは時々、言葉を発する事を忘れることはあっても、人間との言葉の交流は概ね上手く行えた。

 キイトが熱心にキキへと、今日の出来事を語って聞かせはじめた。ヒノデもそれをじっと聞く。幼い息子には、目まぐらしい出来事全てが冒険のようで、時々ならばいいけれど、毎日は嫌だ、と感想を言い聞かせていた。

「特にあれは怖い。音がぶつかって来るのは嫌いだ、渦の中に入るのも嫌だ。だけどキキ、お前がそうなったら、僕が助けるから。安心するんだ。それに母さんもいる」

 じっと聞き入るぬいぐるみに、瞬きを送るキイト。
 ヒノデはキイトの前髪を撫でた。

「あれは『歓迎』。本糸を紡いだ後にある出来事、夜の生き物の儀式よ。本来ならば、本糸を紡いで一年後ほどにくる、成長みたいなもの。キイトの場合は早かったわね」

 キイトの瞳が不思議そうに揺れた。自分と比べる相手がいないのだ。

「私は十四歳で本糸を紡いで、十五歳で歓迎を受けた。歓迎を受けた期間は一年間」
「一年間? ずっと?」
「ずっと。夢のような世界を漂ったわ。私には、一日ぐらいにしか感じなかったけれど、実際は一年。だけど、キイトの感じた渦は、その中でほんの少ししか体験できなかった」

 キイトはその方がずっといいや、と思った。彼の場合、美しい世界は一瞬で、世界の裏側に投げ出された時は、一生にも感じられた。

「イトムシそれぞれ違うんだと思うわ、だけど、あなたは特別」
「母さんと一緒が良かった」

 拗ねる頬を、ヒノデは笑ってつついた。

「今度おじい様の所へ行きましょう。本糸ほんいとを紡いで歓迎を受けたあなたは、もう立派なイトムシよ。長である、小石丸様が戦い方を教えてくれる」
「会ったことも無いのに?」

 キイトがキキをそっと指で押さえる。ヒノデは、頬からその指へと手を滑らせ、なぞった。

「立派な方よ。母さんを強く育ててくれた。厳しい所もあるけど、キイトなら大丈夫。あなたは、私の自慢の息子だもの。誰よりも、どんなイトムシよりも、強くなるわ」
「……どんなイトムシよりも?」

 ヒノデの目が優しくキイトを見つめる。
 キイトは母を真似、自分の瞳にヒノデを招き入れてみた。歓迎を受けたことで、本格的に可能となった、イトムシ同士の精神的な交流法だ。視線を通し、互いの感情が共有される。
 ヒノデは少し驚き、目を丸くしたが、すぐに愉快そうに声を立てて笑った。

「素晴らしい目だわ。深くて暗い、夜の湖。なんて気持ちのいい場所でしょう」

 キイトも笑った。はじめて誰かを自分の精神へと招き入れたが、それはまるで、心から客人をもてなす王様になったように、愉快で幸せな気持ちだったのだ。
 その夜キイトは、眼差しを通し、愛情を相手へと注ぐことを覚えた。

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