イトムシ    〜 幼少期〜

夜束牡牛

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参内3

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 キイトは改めて国王を見た。
 ワリオス館長よりも年上に見え、肩幅もある。守護館に出入り出来そうな屈強な体つきだが、館士兵には無い、品の良い物腰をしていた。
 目を惹くのはその瞳。明るい瞳は金糸が混ざっているようで、ほとんど黄金色と言っても良い程だ。表情は優しげで、豊かな眉を上げ笑うと、茶目っ気が出る。

 キイトはこの人間の王が好きになった。

 そっと国王を盗み見ていると、ヒノデと話をしていた国王が、目元の皺を深くさせ、キイトの目を覗き込んできた。向けられた黄金の瞳に、キイトも素直に夜の目を向けた。
 向けられた視線は柔らかい。

「うむ、良い目の色をしている。キイト、賊を糸で縛り上げたそうだな」
「……」

 国王に、そう唐突に話を振られ、なんと返していいか分からず、キイトはこくりと頷いた。

「怪我をしなくてよかったな」
「……」

 これにも頷くが、内心、何か言葉で返事をしなくては、と焦った。しかし良い言葉が見つからず、まごついた。思わず視線を下げ、自分の指を見つめる。
 国王はそんなキイトの心情には構わず、続けて話しかけて来た。

「それは良かった。キイト、船は好きか?」
「……はい。さっきの船、あんなに小さくて、ちゃんとした船は、はじめて見ました」
「あれは私が作ったのだ」

 キイトはその言葉に驚き、顔を上げた。目の中で好奇心が湖面を跳ねる。
 国王は幼いイトムシの目の変化を捉え、愉快そうに船を指し示した。

「特に、あの帆の張り方が良いであろう? 風を受けない分、形だけではあるが、膨らんでいる形を留めさせてある」
「進む方向とは逆に、帆が張ってある」
「おっと! しまった……。何か可笑しいと思ってはいたが、それだったか」

 国王が膝を打ち悔しがるので、キイトは思わず笑ってしまった。それを見て国王も笑いだす。

「良く分かったな、キイト」
「はい! 水路で遊んでいる時に、覚えました」

 二人が船の話で打ち解け、作り方で声を弾ませていると、給仕ではなく、先ほどの宮使いがお茶を運んで来た。
 国王の隣に一つ余分に置く。誰が来るのだろうと思っていると、扉が開き、男が二人入って来た。
 一人は宮使い、扉の近くに座った。もう一人は、神経質そうな目付きをしていて、宮使いよりも濃い灰色の上着を着ている。上着の裾は長く、イトムシや館長が着ているものと似ており、この人物もまた、位の高い人間だと分かった。
 ヒノデが男を目で迎え、挨拶を交わす。

宮臣みやおみ。私の息子、イトムシのキイトです」
「ようやくの参内だな」

 冷たい灰色の声だ。
 宮臣は国王の次に偉い。キイトの知識ではそれだけだった。
 そんな宮臣の印象は、厳しそうでつまらなそう。暗い髪色に鋭い黒灰色の目、その目がじっとこちらを観察してきた。見定められているようで居心地が悪い。キイトはこの男に、国王とは正反対の印象を抱いた。

「では、始めましょう。イトムシ・キイトの質疑応答を開始する」
「……はい」

 宮臣はキイトに、侵入者と対峙した際の事を細かく聞いてきた。その全てを、入口の宮使いが紙に記録していく。

「なぜベッドの下に潜り込んでいたのか?」の質問に「秘密基地に決めたから」と、キイトは正直に答えたが、宮臣は納得せず、国王が笑いながら、「子供とはそういうものだ」と助言してくれて、ようやく次の質問に移る事が出来た。
 助け舟を出してくれた際、国王はそっとキイトへと目配せをしてきた。その仕草も、キイトには好感が持てた。
 
 宮臣から何度も同じ質問が繰り返され、糸を使った際の気持ちなど、思い出せないような質問も続いた。
 次第に頭がぼんやりとしてくる。痺れた足をそっと動かすことで、退屈を紛れさせつつ、答え続ける。少しでも投げやりな答え方をすると、宮臣が鋭い視線で睨むので、子供のキイトにとって、何とも窮屈で苦痛な時間が、のろのろと過ぎて行った。

「よろしい。これにてイトムシ・キイトの質疑応答を終了とする」

 灰色の声がそう言い放った時、キイトは心底ほっとした。
 もう館に帰れるものかと、晴れた顔で母を見上げると、宮臣が眉をひそめ、じろりとキイトを見た。

「次にイトムシ・ヒノデの質疑応答へと移る」

 キイトがよほど残念そうな顔をしたのだろう、国王が救うように明るい声で言った。

「待て、少し休憩だ。ヒノデの方はキイトが立ち会う必要もないだろう? キイト、船を流せる庭があるぞ、行こうではないか」

 子供扱いされるのがくすぐったいが、大人に囲まれ育ったキイトは、素直に頷いた。
 宮臣が懐中時計を取り出し、時間を確認している。うんざりすることに、それさえもピカピカした灰色だった。

「では、十分後にイトムシ・ヒノデの質疑応答を開始しましょう」
「十五分後だ、宮臣」

 そう言うと国王は立ち上がり、キイトへと手を差し伸べた。このままでは手をつながれる勢いだ。これには、さすがのキイトも顔が強張る。
 硬くなるキイトに王は何を勘違いしたか、彼の脇へとさっと両手を入れると、軽々と抱き上げてしまった。ちりりんと鈴が鳴る。

「はは。分かったぞ、キイト。足が痺れたのだろう? 私もくたくただ」

 キイトは浮かんだままムッとして言い返した。

「おろしてください、国王陛下。大丈夫です。僕はもう七つです」

 黒い瞳を険しくさせたイトムシを、素直に下してやりながらも国王は笑った。

「そいつはすごい、私は五十八だ。宮臣、お前はいくつだ?」
「四十三です」

 特に面白くなさそうに灰色の声が告げる。
 キイトは、王よりも年上だと思っていた宮臣が年下だと知り、思わず彼を見た。視線を感じたのか、宮臣がこちらへ顔を向けようとしたので、慌てて船の方へと、国王の袖を掴み引いた。
 国王は嬉しそうに掴まれた袖を見て、どうだと言わんばかりに、宮臣を振り返った。

「ヒノデ、息子を借りるぞ。では、宮臣。二十分後にな」
「もうそれ以上、時間を延ばさないで頂きたい」
「キイト、失礼のないようにね」

 見送る二人を背に、国王とキイトは船を水路から引き揚げ、ぽたぽたと水を零しながら部屋を出ていった。
 残された舞台上で、宮臣が何とも深いため息をつく。ヒノデはその顔を見つめた。黒々とした視線に宮臣が顔を上げると、美しいイトムシは微笑んだまま足を崩し、片足を立てた。

「宮臣、子供はお嫌いですか?」

 宮臣もまた正座を崩し、胡坐をかいた。

「苦手なだけだ。特に賢い子はな……。ササ、何かイトムシの好みそうな菓子でも持ってきてやれ」

 ヒノデは笑顔で礼を言い、濡れた床で滑りそうになっている宮使いを眺めた。
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