イトムシ    〜 幼少期〜

夜束牡牛

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参内4

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○○○○○

 回廊に囲まれた中庭は、緑のもみじの木と、滑らかな石、それにふかふかの苔の小道もあった。
 中庭を巡る水路の深さは、大人の膝ほどまで、たっぷりと流れる水が涼しげだ。

 キイトは浮かべた船に糸をつなぎ、器用に操った。それを回廊へと腰かけた国王が、のんびりと眺めている。
 すぐそばを、黒く勇ましい揚羽蝶が飛んでいく。

「キイトは、本糸を紡ぐ立派なイトムシだ。これで我が国は、三柱のイトムシが存在する事になった」

 キイトは船を操る手を止めて、王を振り返った。
 幼い目を真っ直ぐに受け止め、王は話を続ける。

おさ・小石丸も、喜んでいることであろう」
「どうでしょう。僕、小石丸様とはお会いしたことがありません」

 国王は考え込むように髭をさすり、そうか、と呟いた。
 キイトは、イトムシの長・小石丸に会ったことがない。自身の種族の長であること、シロやヒノデの口に上がるたびに、厳しい人物であるとは認識していた。

「勿論、私は嬉しいぞ。これからキイトが、イトムシとして成長していくのが楽しみだ」
「僕も嬉しいです、国王陛下が素敵な人間で」

 国王が朗らかに笑うと、その笑顔につられ、キイトは王のそばへと寄った。そしてきっぱりとした口調で、自分の意見を告げた。

「宮臣は怖いです。笑わない」
「やはり子供受けの悪い奴だな、あいつは」
「国王陛下と宮臣。どちらが偉いですか?」

 キイトの質問に、国王はじっくりと考えた。髭を捩じる指を見つめていると、その指が動き、キイトの頭へと置かれた。ずっしりとした重みが、不思議と心地よい。 


「そうだな、偉いのは私だ。強いのは宮臣だな」
「宮臣は強いのですか?」
「おっと、そうだ、様をつけなきゃいかんぞ、キイト。宮臣様だ」

 国王は頭を撫でてくれながら、そうたしなめてくる。しかしキイトは、甘ったるい子供扱いをされた腹いせと、母親がそばにいない事をいいことに、口ごたえをしてみた。夜の目が、妖しく光る。

「でも、母さんは宮臣と呼んでいました。僕も母さんと一緒の、位のあるイトムシです。宮臣と呼んでもいいのでしょう?」

 国王は手をおろし、キイトの艶めく黒い目を見つめ、きっぱりと言った。

「駄目だ。お前はイトムシとして駆け出しの新米だ。鳥で言うならば、卵から孵ったばかりの雛だ。その雛が、自分も鷲だとさえずってみろ、たちまち鋭い爪でやられてしまうぞ」

 国王は強い口調で、幼いイトムシを諭す。
 金糸の混ざった明るい瞳が、強い光を帯びキイトの夜へと向かう。キイトはこの時、生れてはじめて、統治者の強い意志と信念を宿す瞳に見つめられ、身がすくんだ。
 怒られているのではない、これは一つの命令として下されたのだ。キイトはそう感じ、気持ちを奮い立たせると、背筋を伸ばし黄金の光を見つめ返した。

「分かりました、国王陛下。口ごたえをしてしまい、ごめんなさい」
「わかればいい。ヒノデの子だ、それぐらい言ってもおかしくないと思っていたよ」

 国王はそう言うと、キイトの頭に手を置き「正しくあれ」と、国が掲げる信念を唱えた。しかし、幼子の目は硬く思案気なままだ。

(少し厳しく言ってしまったか。せっかく船で気を許し、懐いてくれたのだが……)

 国王は少し落ち込んだ。
 そこへと、キイトが硬い表情のまま、手を伸ばしながら唐突に聞いた。

「その髭、さわってもいいですか?」
 
 驚いて顔を上げると、幼いながらにも真剣な表情が、こちらをじっと見ていた。

「……気まずさなど、大人の問題か」

 国王はそうぼやき、小さなイトムシにふさふさと伸びた髭を触らせてやった。


○○○○○


「二十五分経ちましたが」

 灰色の厳しい声が、一人で戻った国王に告げる。
 身を正して待つ宮臣と、国王が到着してから正座するヒノデを見比べ、国王は愉快そうだ。

「一分が一年ならば、ヒノデの出来上がりだ」

 ヒノデが変らぬ表情で瞬きをした。 

「そうですね。陛下、私の息子は?」
「おう、中庭で遊ばせておる。宮守を傍に置いてきた、心配するな。どうした? 菓子なんぞだして、私にも食わせろ」

 そう言って菓子に手を伸ばす国王を、宮臣はその手が止まるまで睨み続けた。
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