イトムシ    〜 幼少期〜

夜束牡牛

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参内2

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  馬車を下りて建物を見ると、大きな扉が開かれていた。まるで、木枠に閉じ込められた巨大な蝶の翅のような扉、その向こうに伸びる広い廊下。宮使いが先頭に立ち、イトムシの親子を案内する。
 国旗に描かれる蝶が、扉を潜るイトムシたちを見守っていた。

 宮の中は静かでひんやりとし、キイトの知っている守護館とは正反対の場所だった。快活に行き来する館士兵とは違い、ここには、じっと起立したままの宮の隊士、宮守みやもりたちがいた。
 イトムシを出迎えているのだろうが、館士兵たちのように、気軽く声を掛けてくる者は一人もいない。皆、壁際に整列し、静かに正面を見据えている。キイトは緊張し、場の空気に合わせ黙った。

 ちりちりと鈴の音だけが響く。

 白と灰色に統一された廊下は、何処までも続くように思えたが、前を行く宮使いが角を曲がった。曲がった先の廊下は狭く、さらに数回曲がると、キイトの耳に水の音が届いた。

(どこかで水が流れている)

 母に褒められたい一心で、前だけを見ていた視線を、そっと動かし在処を探る。とたんヒノデが体を寄せてきた。見上げると、軽く咎める目をしている。『きょろきょろしないの、視線を落ち着かせなさい』と、母の声が聞こえるようだ。 
 キイトが慌てて前を向いた時、一つの扉の前で宮使いが止まった。

「国王陛下は、すでにお待ちです」

 宮使いはそう告げると扉を叩き、間をあけて開いた。

「わぁ、凄い! 水の部屋だ」

 キイトは思わず感嘆の声を出した。

 開かれた部屋は明るく広い、そして、部屋中を小さな水路が複雑に巡っていた。
 庭に面したガラス扉を潜り、水路が部屋の中へと引かれている。水路には幾つもの小さな橋が架けられ、人が話せる場所は部屋の中央、一段高くなった小さな舞台だけだ。
 水路の中には黒石が沈められ、艶めくそれらは流れに強弱を付けていた。水音と水流の香り、それらが部屋の空気を清浄で厳かな空間へと変えている。

「水の部屋とは、明快でいいな。『謁見用小舞台4』より、よほど愛嬌がある」

 愉快そうな声音と共に、部屋の奥で屈んでいた人物が不意に立ち上がった。背の高い男だ。
 男はキイトが見てきた中で、一番立派な恰好をしていた。灰色と青の着物に金色の紗を施し、きらきらとした石を着けている。なにより、壮年の彼には立派な口ひげがたくわえられていた。
 
(偉い人だ。綺麗な灰色が服に入っているから、宮で高い位の人間だ) 

 キイトがイトムシの礼に習い、視線を少しだけ絡ませ緩やかに外した。目上の者に対する敬意を示し、視線を譲っている仕草だ。これをすることによって、相手が自分をゆっくりと観察できる。
 そんなキイトの仕草に、男の、金色にも見える明るい瞳が細められた。

「ご機嫌如何ですか、国王陛下」

 ヒノデの凛とした声が、男の正体を明かした。
 しかしキイトは、落とした視線の先で見つけた物に、目が釘付けになってしまっていた。国王がしゃがみ込んでいた水路に、それはあった。

 水路には、白色の帆を張った、一抱えほどの船がゆらゆらと揺れていた。その舳先を国王の足が器用に抑え、流されないようにしていたのだ。
 幼いイトムシが場を忘れ、熱心に船だけを観察している様子を、国王は満足そうに見ると足を離した。
 くらん、と船が揺れる。
 船は左右に揺れ、やがて流れに乗り動き出し、イトムシ二人の前へと流れて来た。
 キイトが屈んで船を覗くと、甲板には小さな人形が置かれ、船を操るような姿をしていた。目を輝かせ素晴らしい船を見送っていると、国王に声を掛けられた。

「よく来たイトムシ、さぁこっちに来てくれ」

 明るい自信に満ちた声が、二人を部屋の中央へと招く。親子は小さな橋を二つ渡り、緋毛氈ひもうせんが敷かれた中央舞台へと向った。

 国王は緋毛氈の上にどっかりと胡坐を掻き、ヒノデは靴を脱いで上がると、王の前で正座をした。
 キイトも母を真似て座ると、胸の前で開いた両手の指を組み、イトムシの挨拶をした。
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