イトムシ    〜 幼少期〜

夜束牡牛

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三年後1

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 ▽△  ▽△

 糸に弾かれた体が木に衝突し、背に痛みが走った。
 一瞬息が止まる。
  逸らされた喉を狙い、小石丸の拳が飛んでくる。
 少年は、寸前で頭を下げ避けると、そのまま背から後ろの茂みへと飛び込んだ。
 直ぐに少年を追いかけてきた腕。そこへと瞬時に糸を回す。
 少年は、小石丸の腕をじ切るつもりで糸を回し引いたが、その渇いた感触に舌打ちをし、身を返してさらに奥へと逃げ隠れた。

 糸で巻き締めたのは、師の腕などではなく、ただの木の棒だった。

「小僧、身を隠した所で、火を放たれるだけだ。さっさと出てこい」

 抑揚のない声音が、夏の草木に妙に響く。庭にしては緑が豊かすぎる緑地、そこが彼らの稽古場だった。

 少年は、茂みの中で額の汗を拭いながら、師である小石丸の声を聴き、その距離を測った。
 師は茂みを離れて、庭の中央へと移動していた。
 少年の思惑通り、少しだけ一息つけた。
 師は、小石丸館の庭に面したこの緑地には、何故か入ってこない。
 
 少年は動いた。
 
 茂みがざざっと音を立て、葉を巻き散らしながら影が飛び出していく。

「まったく……。すぐに挑発に乗る馬鹿が」

 小石丸は、踊り出た影に糸を放とうとしたが、すぐに仕掛けを見極めると、鼻で笑った。
 影とは反対の木の上から、少年が飛び降りて来た。
 夏の日差しに輝く糸を翻し、爛々とした見事な黒い目が、小石丸の首を狙う。
 正面から飛び出した影は、少年の胴着を丸めた物、変り身だった。

「少しは策を練ったようだが、その程度」

 師の冷たい視線を受けながらも、少年は広げた腕をしなやかに引いた。ひゅっと風を切り、糸が小石丸へと投げ掛けられる。
 小石丸は鬱陶しそうに、糸に締め上げられるより先に、それらを掴み束ねると、少年が下りてきた木の枝へと投げてしまった。

「っ!」

 自分の放った糸に逆に引っ張られ、後ろへ下がる。少し地面に引きずられたが、少年はすぐに立ち上がった。
 少年が顔をあげた。
 成長過程の少年らしく、伸びた手足は締まっている。艶のある黒い髪。肌を晒した上半身には、幾つもの傷痕がみてとれる。顔には、まだ幼いあどけなさが残るものの、唇は固く結ばれていた。
 そして、その黒い目。冷澄な黒い目は、夜の湖のごとく密な魅力を持ち、師である小石丸をじっと見つめていた。

 、十歳に成長したキイトだ。

「愚図め、小細工の割には仕事が遅い。お前の手など難なく読める。最初の一手は封じられるものとして、次の一手を考えておけ」
「……」

 小石丸が淡々と告げる中、キイトは構え、じりじりと間合いを詰めていく。
 師の右腕に巻かれた赤い糸を奪う。それが、課せられた本日の稽古だった。

 早朝から何度となく交わされた攻防戦。既に日は高くなり、夏の強い陽射しが、露わになった背を照り付ける。汗が額を伝い、地面に落ちた。
 対する師は、暑さなど感じないのか、いつも通りの白い長袖の長衣に、汗の一つも浮かべず立っている。
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