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三年後2
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キイトは詰めた間合いから走り出した。師の呆れた視線が投げられる。
「正面から来られるほど、強くもなかろうに」
キイトは師の忠告を無視し、拳を引いた。糸も同時に引かれる。打撃に移ったように見せ、目的は師の背にある胴着だ。
糸に引かれ、胴着の中に隠されていた抱えるほどの大きな石が、背後から師の背に飛んでいく。しかし、小石丸は前を向いたまま、背後の石を避けた。
さらに師は、横を延びる糸を糸切り歯で切ると、それを掴み糸を操って、石をキイトの顔面へと投げつけた。
キイトは慌て、両腕で石を受けるが、目を離した瞬間に間合いを詰められてしまった。
長い足で腹を蹴り上げられる。まともに一撃を喰らい、キイトは地面へと転がった。吐き気を抑え、師を見上げる。
「弱いな」
「……」
小石丸は、底知れぬ夜の目で、少年を見下ろした。
夜の沼のような、重たく冷たい視線がじわりと迫って来る。
その時、門の外から馬の足音と馬車の止まる音が届いた。そして中庭へと、守護館の館士兵を引き連れた、バーメイスタ副館長が歩いててきた。
「失礼。イトムシ・小石丸様、追放者対応をお願いしたく、伺いました」
小石丸がキイトから視線を離し、じろりと人間たちを見た。その黒い視線を避けるために、何人かの館士兵がさっとうつむく。
小石丸がキイトに背を向け動き出した。キイトはそれを見計らい、跳ね起きると、糸を咥えて師の背に飛び掛かった。
「まったく、鬱陶しい限りだ」
小石丸は呟き振り返ると、太い糸輪を通した腕を素早く動かし、糸を引き絞った。
とたんに、糸に吊られキイトの体が弾かれた。捩じれた右手が背に回され、頭上の枝へと足から吊るされる。なんとか左手と片足だけは免れたが、吊られた事に違いは無い。背面を見せられた絶好の機会だったが、それさえも小石丸の『挑発』の一つにすぎなかったのだ。
小石丸は、先程、枝に投げた糸を手繰っていた。
瞬時に枝へと吊るされたキイトを、館士兵たちが驚き見上げる。
「帰るまでに、全ての糸を回収しておけ。今日中にこの糸を奪えなければ、左肩を外す」
小石丸は視線も投げずにそう言い捨てると、歩き出した。
キイトは、数か月前に外された右肩の痛みを思い出し、ぞっとした。そんなキイトを、バーメイスタ副館長は見上げ、同情を示すように目を細めて見せた。
○○○○○
馬車馬はよく訓練されていたが、強いイトムシである小石丸が近づくと、嘶き抗議した。それを館士兵がなだめる間に、小石丸の隣へとバーメイスタ副館長が並び、何気ないように提案した。
「キイトの鍛錬も三年経ちました。どうでしょう、そろそろ現場へ連れて行かれては?」
「……」
小石丸は厳しい一瞥を副館長へと投げ、無言のまま馬車へと乗り込んだ。
七つの子だったキイトを預かり、あれから三年が経っていた。
小石丸は、幼いキイトを母・ヒノデの居るイトムシ館から遠ざけ、自館で生活をさせた。
甘えを禁じ、三年間、母親に会わせず、イトムシとしての在り方を厳しく躾た。
体に痛みを叩き込み、精神に独立心と闘争心を覚えさせると、元より少なかった笑顔は消え、母を恋しがり泣くことも無くなった。
幼子は、厳しい師の前で、瞳だけが稀な宝石のように変化する少年へとなった。
時節その宝石には、怒りに見える炎がちらつくが、瞬きの後には、深い夜の湖が姿を現し、炎を消す。――そのまま呑まれてしまえばいいものを。小石丸は、何度となくそう思い、糸を引き締めていった。
いつ根を上げられても、逃げ出されても構わなかった。しかし、不思議と子供は何度でも糸を紡いでは、挑んできた。
小石丸は、馬車の中で指を組み考えた。
(糸を紡ぐのが早い。その上、片足、片腕。……それだけでも、わしの糸から免れるようになったか)
日々強くなっていく若いイトムシに、苛立ちを感じた。
「正面から来られるほど、強くもなかろうに」
キイトは師の忠告を無視し、拳を引いた。糸も同時に引かれる。打撃に移ったように見せ、目的は師の背にある胴着だ。
糸に引かれ、胴着の中に隠されていた抱えるほどの大きな石が、背後から師の背に飛んでいく。しかし、小石丸は前を向いたまま、背後の石を避けた。
さらに師は、横を延びる糸を糸切り歯で切ると、それを掴み糸を操って、石をキイトの顔面へと投げつけた。
キイトは慌て、両腕で石を受けるが、目を離した瞬間に間合いを詰められてしまった。
長い足で腹を蹴り上げられる。まともに一撃を喰らい、キイトは地面へと転がった。吐き気を抑え、師を見上げる。
「弱いな」
「……」
小石丸は、底知れぬ夜の目で、少年を見下ろした。
夜の沼のような、重たく冷たい視線がじわりと迫って来る。
その時、門の外から馬の足音と馬車の止まる音が届いた。そして中庭へと、守護館の館士兵を引き連れた、バーメイスタ副館長が歩いててきた。
「失礼。イトムシ・小石丸様、追放者対応をお願いしたく、伺いました」
小石丸がキイトから視線を離し、じろりと人間たちを見た。その黒い視線を避けるために、何人かの館士兵がさっとうつむく。
小石丸がキイトに背を向け動き出した。キイトはそれを見計らい、跳ね起きると、糸を咥えて師の背に飛び掛かった。
「まったく、鬱陶しい限りだ」
小石丸は呟き振り返ると、太い糸輪を通した腕を素早く動かし、糸を引き絞った。
とたんに、糸に吊られキイトの体が弾かれた。捩じれた右手が背に回され、頭上の枝へと足から吊るされる。なんとか左手と片足だけは免れたが、吊られた事に違いは無い。背面を見せられた絶好の機会だったが、それさえも小石丸の『挑発』の一つにすぎなかったのだ。
小石丸は、先程、枝に投げた糸を手繰っていた。
瞬時に枝へと吊るされたキイトを、館士兵たちが驚き見上げる。
「帰るまでに、全ての糸を回収しておけ。今日中にこの糸を奪えなければ、左肩を外す」
小石丸は視線も投げずにそう言い捨てると、歩き出した。
キイトは、数か月前に外された右肩の痛みを思い出し、ぞっとした。そんなキイトを、バーメイスタ副館長は見上げ、同情を示すように目を細めて見せた。
○○○○○
馬車馬はよく訓練されていたが、強いイトムシである小石丸が近づくと、嘶き抗議した。それを館士兵がなだめる間に、小石丸の隣へとバーメイスタ副館長が並び、何気ないように提案した。
「キイトの鍛錬も三年経ちました。どうでしょう、そろそろ現場へ連れて行かれては?」
「……」
小石丸は厳しい一瞥を副館長へと投げ、無言のまま馬車へと乗り込んだ。
七つの子だったキイトを預かり、あれから三年が経っていた。
小石丸は、幼いキイトを母・ヒノデの居るイトムシ館から遠ざけ、自館で生活をさせた。
甘えを禁じ、三年間、母親に会わせず、イトムシとしての在り方を厳しく躾た。
体に痛みを叩き込み、精神に独立心と闘争心を覚えさせると、元より少なかった笑顔は消え、母を恋しがり泣くことも無くなった。
幼子は、厳しい師の前で、瞳だけが稀な宝石のように変化する少年へとなった。
時節その宝石には、怒りに見える炎がちらつくが、瞬きの後には、深い夜の湖が姿を現し、炎を消す。――そのまま呑まれてしまえばいいものを。小石丸は、何度となくそう思い、糸を引き締めていった。
いつ根を上げられても、逃げ出されても構わなかった。しかし、不思議と子供は何度でも糸を紡いでは、挑んできた。
小石丸は、馬車の中で指を組み考えた。
(糸を紡ぐのが早い。その上、片足、片腕。……それだけでも、わしの糸から免れるようになったか)
日々強くなっていく若いイトムシに、苛立ちを感じた。
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