イトムシ    〜 幼少期〜

夜束牡牛

文字の大きさ
48 / 119

粉屋1

しおりを挟む

○○○○○

 粉屋の外を、水色のローブをまとった水守みずもりたちが囲み、小屋の中では、館士兵たちが行きかっていた。
 
 小屋の中は、碾き臼用のロバの匂い、精製された粉の匂い、それらに交じり、夜の香りがする。
 ヒノデは、戦闘用の身軽いドレスの上に白い上着を着ていた。
 壁の前にしゃがみ込こむと、目線の高さに、赤いシミが広がっている。泡立つように丸を重ね、広がるシミに触れてみると、ざらりとした感触がした。

(違う。これは追放者ではない。急がないと)

 立ち上がり、今度は小屋の中を見て回る。

 追放者出現のいくつかには、こちらが意図せずおびき寄せてしまう場合もあった。それは、何らかの形で、楽園の所有物を保管してしまった場合が多い。夜の生き物は、夜の気配に惹かれるのだ。ただ、意図せず呼び込んでしまったとしても、日に狂わされたその生物は、やはり人に害をなす、追放者とされた。

 ャあ―――あアアぁキャあ―――ァあ

 先ほどから、断続的に聞こえるシミの鳴声。人間の耳には夜にならないと聞こえない。打寄せては砕ける、波のような不思議な鳴声。

「ヒノデちゃん、ちと見てくれや。こんな物が見つかったんだけどよぉ」

 館士兵かんしへいがやって来て小さな革袋を渡してきた。中身を確認すると、艶々とした黒い小石が入っており、手にすると見かけに反し、ずしりと重い。小石に反応しシミの鳴声が大きくなる。
 試しに小石を耳元で振ると、しゃぽんしゃぽんと水音がした。
 館士兵が不思議そうに見ているので、彼の耳元で同じように石を振って見せる。

「水が入っているわ、楽園の水よ。追放者にとって、焦がれるほど欲しい夜の気配。これが原因。あのシミは追放者でなく追撃者、『ムシ』です。ムシは追放者を追って淡いに出る、追放者は、既にどこかに身を隠しているはずよ」

 ヒノデの答えを聞き、館士兵が険しい顔をする。

「ちきしょう、粉屋の野郎め。渋って通報を遅らせるからこうなるんだ。おいっ! 野郎ども応援を呼べ、注連縄しめなわの用意をしろ。あと、これをどこで手に入れたのか、粉屋を訊問しろ。ちと、きつめにやっとけ!」
「私からは、ほどほどにとお願いするわ」

 ヒノデは、石を革袋に戻し館士兵に渡すと、水館へ届けるように頼んだ。

ヒノデは館士兵を見送ると、慌ただしくなった小屋の中を、本糸ほんいとを紡ぎながら移動した。

(追放者は近くにいる。楽園の水を閉じ込めた石も、イトムシの私もいる。夜に惹かれて近くに来るはず)

 明かり取り用の大窓へと近づいた時、小さな異変に気が付いた。
 窓の外には水路があり、水車が回っている。しかし、その水車の動きがぎこちない。何か絡まっているのか。
 ヒノデは硝子窓に手を当て、じっと水路を見た。
 水流の中を、暗緑色の水草が自生している。その一部が楕円形に黒く変色しており、それがまるで、水に沈んだ二つの頭部のようで不気味だ。否、不気味なだけではない、あんな種類の水草はあっただろうか。

 外が騒がしくなり、馬車が止まる音がした。
 窓を背に振り返ると、小屋の入口から長身を屈ませ、バーメイスタ副館長が入ってきた。副館長はヒノデに片手を上げた。続いて師、小石丸が姿を見せ、ヒノデと夜の視線を交わし合う。
 ヒノデは状況を相談しようと、彼らの元へ踏み出した。が、その時、小石丸が鋭く言い放った。

「伏せろっ、ヒノデ!」
「っ!」

 背後で大きな破砕音がし、とっさに伏せた背に割れた硝子がばらばらと降りかかる。
 
 水路から水と硝子を撒き散らし、影が小屋へと飛び込んで来た。
 
 突然現れた影に反応し、赤いシミに見えたムシがえ始め、ぞわぞわと動き出す。ヒノデは素早く本糸で細かな編み目を作ると、それを赤いムシへと投げつけた。糸がムシを壁へと貼り付け、その動きを封じる。
 ヒノデがムシに対処している間に、小石丸が本糸を紡ぎ、床に着地した影へと放った。影は身をよじり避け、再び飛び上がると、ヒノデと小石丸の間にビタリと音を立て落ちた。
 追放者がのたりと、立ち上がった。

 その追放者は、人の目に酷くおぞましい生き物として映った。

 背は小さく、子供ほどしかない。全身をぬたつく黒い毛束に覆われ、ずんぐりとした胴からは六本の腕か足が生えており、紫と赤色の模様を持った顔面は、狒々ヒヒに似ていた。それが、あごが無いほどに、大きく口をばくりと開ける。
 醜い追放者に、館士兵たちが武器を構え、小石丸は夜の目を細めた。

「だいぶ狂っておる、こう醜いと親愛も感じられん。何故、こんなになるまで野放しにした」
「すみません、ちと手違いがあったようです」

 バーメイスタ副館長が、謝罪をしながらも、腰元から黒石で造られた刀、黒刀こくとうを抜く。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

白苑後宮の薬膳女官

絹乃
キャラ文芸
白苑(はくえん)後宮には、先代の薬膳女官が侍女に毒を盛ったという疑惑が今も残っていた。先代は瑞雪(ルイシュエ)の叔母である。叔母の濡れ衣を晴らすため、瑞雪は偽名を使い新たな薬膳女官として働いていた。 ある日、幼帝は瑞雪に勅命を下した。「病弱な皇后候補の少女を薬膳で救え」と。瑞雪の相棒となるのは、幼帝の護衛である寡黙な武官、星宇(シンユィ)。だが、元気を取り戻しはじめた少女が毒に倒れる。再び薬膳女官への疑いが向けられる中、瑞雪は星宇の揺るぎない信頼を支えに、後宮に渦巻く陰謀へ踏み込んでいく。 薬膳と毒が導く真相、叔母にかけられた冤罪の影。 静かに心を近づける薬膳女官と武官が紡ぐ、後宮ミステリー。

【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活

シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

公爵家の秘密の愛娘 

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。 過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。 そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。 「パパ……私はあなたの娘です」 名乗り出るアンジェラ。 ◇ アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。 この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。 初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。 母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞  🔶設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞 🔶稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇‍♀️

根暗令嬢の華麗なる転身

しろねこ。
恋愛
「来なきゃよかったな」 ミューズは茶会が嫌いだった。 茶会デビューを果たしたものの、人から不細工と言われたショックから笑顔になれず、しまいには根暗令嬢と陰で呼ばれるようになった。 公爵家の次女に産まれ、キレイな母と実直な父、優しい姉に囲まれ幸せに暮らしていた。 何不自由なく、暮らしていた。 家族からも愛されて育った。 それを壊したのは悪意ある言葉。 「あんな不細工な令嬢見たことない」 それなのに今回の茶会だけは断れなかった。 父から絶対に参加してほしいという言われた茶会は特別で、第一王子と第二王子が来るものだ。 婚約者選びのものとして。 国王直々の声掛けに娘思いの父も断れず… 応援して頂けると嬉しいです(*´ω`*) ハピエン大好き、完全自己満、ご都合主義の作者による作品です。 同名主人公にてアナザーワールド的に別な作品も書いています。 立場や環境が違えども、幸せになって欲しいという思いで作品を書いています。 一部リンクしてるところもあり、他作品を見て頂ければよりキャラへの理解が深まって楽しいかと思います。 描写的なものに不安があるため、お気をつけ下さい。 ゆるりとお楽しみください。 こちら小説家になろうさん、カクヨムさんにも投稿させてもらっています。

処理中です...