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粉屋1
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粉屋の外を、水色のローブをまとった水守たちが囲み、小屋の中では、館士兵たちが行きかっていた。
小屋の中は、碾き臼用のロバの匂い、精製された粉の匂い、それらに交じり、夜の香りがする。
ヒノデは、戦闘用の身軽いドレスの上に白い上着を着ていた。
壁の前にしゃがみ込こむと、目線の高さに、赤いシミが広がっている。泡立つように丸を重ね、広がるシミに触れてみると、ざらりとした感触がした。
(違う。これは追放者ではない。急がないと)
立ち上がり、今度は小屋の中を見て回る。
追放者出現のいくつかには、こちらが意図せずおびき寄せてしまう場合もあった。それは、何らかの形で、楽園の所有物を保管してしまった場合が多い。夜の生き物は、夜の気配に惹かれるのだ。ただ、意図せず呼び込んでしまったとしても、日に狂わされたその生物は、やはり人に害をなす、追放者とされた。
ャあ―――あアアぁキャあ―――ァあ
先ほどから、断続的に聞こえるシミの鳴声。人間の耳には夜にならないと聞こえない。打寄せては砕ける、波のような不思議な鳴声。
「ヒノデちゃん、ちと見てくれや。こんな物が見つかったんだけどよぉ」
館士兵がやって来て小さな革袋を渡してきた。中身を確認すると、艶々とした黒い小石が入っており、手にすると見かけに反し、ずしりと重い。小石に反応しシミの鳴声が大きくなる。
試しに小石を耳元で振ると、しゃぽんしゃぽんと水音がした。
館士兵が不思議そうに見ているので、彼の耳元で同じように石を振って見せる。
「水が入っているわ、楽園の水よ。追放者にとって、焦がれるほど欲しい夜の気配。これが原因。あのシミは追放者でなく追撃者、『ムシ』です。ムシは追放者を追って淡いに出る、追放者は、既にどこかに身を隠しているはずよ」
ヒノデの答えを聞き、館士兵が険しい顔をする。
「ちきしょう、粉屋の野郎め。渋って通報を遅らせるからこうなるんだ。おいっ! 野郎ども応援を呼べ、注連縄の用意をしろ。あと、これをどこで手に入れたのか、粉屋を訊問しろ。ちと、きつめにやっとけ!」
「私からは、ほどほどにとお願いするわ」
ヒノデは、石を革袋に戻し館士兵に渡すと、水館へ届けるように頼んだ。
ヒノデは館士兵を見送ると、慌ただしくなった小屋の中を、本糸を紡ぎながら移動した。
(追放者は近くにいる。楽園の水を閉じ込めた石も、イトムシの私もいる。夜に惹かれて近くに来るはず)
明かり取り用の大窓へと近づいた時、小さな異変に気が付いた。
窓の外には水路があり、水車が回っている。しかし、その水車の動きがぎこちない。何か絡まっているのか。
ヒノデは硝子窓に手を当て、じっと水路を見た。
水流の中を、暗緑色の水草が自生している。その一部が楕円形に黒く変色しており、それがまるで、水に沈んだ二つの頭部のようで不気味だ。否、不気味なだけではない、あんな種類の水草はあっただろうか。
外が騒がしくなり、馬車が止まる音がした。
窓を背に振り返ると、小屋の入口から長身を屈ませ、バーメイスタ副館長が入ってきた。副館長はヒノデに片手を上げた。続いて師、小石丸が姿を見せ、ヒノデと夜の視線を交わし合う。
ヒノデは状況を相談しようと、彼らの元へ踏み出した。が、その時、小石丸が鋭く言い放った。
「伏せろっ、ヒノデ!」
「っ!」
背後で大きな破砕音がし、とっさに伏せた背に割れた硝子がばらばらと降りかかる。
水路から水と硝子を撒き散らし、影が小屋へと飛び込んで来た。
突然現れた影に反応し、赤いシミに見えたムシが咆え始め、ぞわぞわと動き出す。ヒノデは素早く本糸で細かな編み目を作ると、それを赤いムシへと投げつけた。糸がムシを壁へと貼り付け、その動きを封じる。
ヒノデがムシに対処している間に、小石丸が本糸を紡ぎ、床に着地した影へと放った。影は身を捩り避け、再び飛び上がると、ヒノデと小石丸の間にビタリと音を立て落ちた。
追放者がのたりと、立ち上がった。
その追放者は、人の目に酷くおぞましい生き物として映った。
背は小さく、子供ほどしかない。全身をぬたつく黒い毛束に覆われ、ずんぐりとした胴からは六本の腕か足が生えており、紫と赤色の模様を持った顔面は、狒々に似ていた。それが、顎が無いほどに、大きく口をばくりと開ける。
醜い追放者に、館士兵たちが武器を構え、小石丸は夜の目を細めた。
「だいぶ狂っておる、こう醜いと親愛も感じられん。何故、こんなになるまで野放しにした」
「すみません、ちと手違いがあったようです」
バーメイスタ副館長が、謝罪をしながらも、腰元から黒石で造られた刀、黒刀を抜く。
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