イトムシ    〜 幼少期〜

夜束牡牛

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粉屋2

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ヒノデはそっと、口元に手をやると糸を紡いだ。

(太陽を見過ぎたんだわ。可哀想に、狂暴な目)

 糸を紡ぐヒノデの動きに気付き、追放者が、がくりと首を向けてきた。まるで、首が折れたような動きに、館士兵が顔を歪める。
 ヒノデは立ち上がり糸を引くと、追放者へと澄んだ瞳を向けた。

「よくぞまいられたし、我が同郷どうきょうの友よ」

 夜に響く水館の鐘の音のように、凛と澄んだ声音が語り掛ける。夜の目が、追放者を迎え入れるように、正面から開かれる。

 その若いイトムシの声を聞き、追放者は黄色い目をぐるりと回すと、ニヤリと笑った。
 ヒノデの夜の視線を受け、相手が同じ夜の生き物、イトムシだと理解したのだ。
 追放者は視線を離さぬまま、六本の手足を動かしヒノデへと向き直った。
 小石丸がヒノデへと視線を投げた。

「いつも通り、迷わず送れ」
「はい。おじい様」
「副館長? なんだぁ、こっちにいたんですか?」

 場の緊張が高まる中、外から革袋を手にした館士兵が入って来た。彼は中の騒ぎを知らず、副館長へと石の報告をしに戻って来てしまったのだ。ヒノデの喉を糸が駆け上がって来る。

(いけない……、あの人が襲われてしまう)

 石には、追放者が欲する楽園の水が入っている。追放者がそれに気付けば、石を持った人間が襲われてしまう。ヒノデは追放者から目を離し叫んだ。

「だめ、下がって!」
「放っておけ、ヒノデっ!」

 小石丸が警告を発し、ヒノデが叫んだ。
 イトムシ達が視線が逸らした一瞬を突き、追放者がヒノデに飛び掛かかった。
 手足を細い体に巻付け、肩へと噛みつく。ヒノデは身をよじり、糸を仕掛けようとするが、追放者は彼女を蹴り飛ばすと、石を持った館士兵へと向って走り出した。

「うわっ!? なんだよっ」

 館士兵は驚き、革袋を持ったままの手を、とっさに前へと付き出した。その握られた革袋に向い、追放者はばくりと大口を開き迫る。
 小石丸が動いた。

「そうはさせん。罪を重ねるな、同郷の友よ」
「っ?!」

 革袋が追放者に飲まれる寸前に、小石丸の本糸がそれを釣上げた。さらに、追放者の背に、バーメイスタが一撃を与え、館士兵への攻撃を阻止する。
 追放者は鋭い叫び声をあげると、開いたままの扉から外へと逃げ出してしまった。
 
小石丸が、革袋を懐に入れ後を追う。肩から血を流したヒノデも、またそれに続いた。

 粉屋から飛び出した追放者を目にし、悲鳴を上げる人々。外で待機していた水守たちが、水色のローブをひるがえし、裏布の鮮やかな赤色に身を包む。その警告色を目にした者たちは、近くの建物へと身を隠した。

「そっちに行かせるな! 右手右手っパン屋の方!」
「封じの注連縄しめなわを早く持ってこいっ、それかお前ぇがおとりになれ!」
「広場の避難は済んでいるぞ! こっちだっ」

 館士兵たちが間合を取り、怒鳴り合い、追放者を近くの広場へと追い込んで行く。追放者を場につなぎ止め、送りの神域を作り出すまじない、注連縄しめなわは、まだ用意できていないようだ。

(愚図共)

 小石丸の目に、苛立ちが走った。しかしすぐにその目は変わり、隣りを走るヒノデの目を見た。

「……」
「……」

 小石丸は右手で半円を描いた。優秀な弟子は瞬きで返答し、師から離れる。小石丸は、大きく回り込むヒノデを見送ると、石に糸細工を施した。

(ヒノデの本糸で封じたのならば、ムシは夕刻までは動けまい。追放者め、狂っている割には、一旦引くことを計算しておる。知性がまだ残っているか、面倒だ)

 小石丸が数秒遅れて広場に着くと、すでに行く手をヒノデに阻まれた追放者が、彼女と睨み合っていた。

(相変らず足の速い子だ)

 小石丸の目が満足で細められる。


○○○○○


 どこかで犬の吠え声が聞こえる。だんだんと近づくそれに、ナナフシが立ち上がり、鋭い目で土手を見上げた。

(犬じゃない、また教育館きょういくかんだ)

 キイトは、ナナフシと競っていた水切り石を、川に放り投げた。軽い音がし石が沈んでいく。投げた後に少しだけ後悔をした。水切りには丁度良い、平たさ重さの石だったのだ。そんなキイトの頭にこつんと、石が当たった。

「いて」

 振り返ると、土手を走り去る教育館の子供の背が見えた。ナナフシが石を拾うのを覗くと、それは赤く塗られていた。

「キイト行くぞ」
「うん。君が行くなら」

小石をポケットに滑り込ませるナナフシを眺め、キイトは、素直とも熱味が無いとも聞こえる返事をした。土手を駆け登る彼に付いて行くと、ナナフシが早口に告げてきた。

「赤石は怪我人だ、粉屋で誰か怪我をした」
「粉屋……怪我……」

 頭に幾つもの情報が駆け巡った。粉屋、赤いシミ、追放者、ヒノデ様――母さん。心臓が跳ねる。
 駆け出した二人は、教育館の子供たちを追い越し、粉屋へと向った。

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