イトムシ    〜 幼少期〜

夜束牡牛

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粉屋3

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○○○○○

 井戸のある広場を、館士兵と水守達が囲んだ。その中心で、追放者に対峙したヒノデは息を整えていた。

 追放者の後には小石丸が構え、退路を防いでいる。しかし、場の悪いことに、対峙するヒノデの数十メートル後ろには、井戸があった。
 井戸は二人の館士兵が守っているが、もし追放者がヒノデを突破し、井戸に潜り込もうものならば、水脈へと逃げられてしまう。
 送りは非常に困難となるだろう。

 この追放者は、いままで水路に隠れていた。水中は得意とする所なのだ。何としても井戸に逃さず、この場で仕留めなくてはいけない。

(だけども、人間の館士兵では、井戸を守りきれない……。早く糸で動きを封じなくては)

 ヒノデは指先に滑らせた糸を手繰った。しかし、すでに幾度となく仕掛けた糸は、追放者のぬたつく毛によって防がれてしまっていた。

 ヒノデは歯を喰いしばり、ずずっと足幅を広げた。足元の石畳には、石版に似た巨大な一枚石が埋められている。
 こちらを睨み、体を揺らしていた追放者の口が閉じられた。
 ヒノデは息を詰めた。

(私の糸では抜けてしまう。力で押そう。あの子はれている、次の瞬きで飛び込まなきゃ)

 吐糸管としかんへと上がって来た硬い糸を飲込み、もう一度紡ぐ。ささくれにした糸が、喉を上がって、唇の端からするりと降りた。そのまま、石畳にそっと足で踏みしめ、仕掛けを施す。

 対峙した、追放者の目の周りの筋肉が動いた。
 その瞬きの瞬間を狙い、ヒノデが攻撃にでた。

 イトムシの優れた身体能力で跳躍し、追放者の真上を飛び越すと、背へと降りる。追放者はすかさず、空いた正面から井戸へと走り出した。

(いまだっ)

 ヒノデは手にした仕掛け糸を、思い切り引いた。 
 轟音が響き、先程まで彼女が立っていた場所から、大きな石が石壁になり起き上がった。その石壁が、追放者の行く手を塞ぐ。
 さらに糸を引くと、石壁はゴウッと音を立て、倒れ込んで来た。
 追放者は身を返し逃げるが、そこにはヒノデ。彼女は追放者を蹴り飛ばし、石壁の下へと戻した。その上に、石壁が轟音と共に倒れ砕ける。
 石片と埃が激しく舞った。

「……っすげー」
「ほんと、人間には真似できねぇなぁ」

 目の前の光景に、井戸を守る館士兵たちが、思わず感嘆をあげた。

 自身の倍の大きさの石を起こした、美しい女性にしか見えない、イトムシの力。
 彼らの足元を、自分の何倍もの大きさの獲物を咥えた蟻が、ゆっくりと通り過ぎた。

ヒノデは、糸輪から抜いた糸を構え、砕けた石の上を慎重に歩いた。

(このあたりで潰れたはず)

 身を屈めると、石屑の間に、毛に覆われた腕が見えた。
 眉を寄せ、生きているとは思えないそれの上から、石を除けようとし、ヒノデの動きが止まる。

「……腕だけ?」

 そこには追放者の体は無く、ただ、つぶれ千切れた腕だけが、赤黒い血を広がせていた。

「ウぁアアぃ!!」
「っ!?」

 すぐ背後から追放者の叫び声が聞こえ、振り返る。
 遠くで小石丸が、孫の名を叫んだ。

○○○○○


「はい。捕獲ー」
「こら、危ねぇから建物の中に入ってろ」

 両足が、石畳からふらんと浮いた。
 キイトは後ろえりを掴まれ、たくましい腕に軽々と持ち上げられた。
 大葉川から駆け付けたキイトとナナフシは、粉屋の手前で、警備の館士兵に捕まってしまったのだ。

 屈強な二人の館士兵は、ナナフシを見て呆れ怒鳴った。

「ナナフシ! まぁたお前かっ」
「なんだ、今回は簡単に捕まるじゃないか」

 館士兵に腕を掴まれたナナフシは、へへと笑い、キイトだけに見えるよう、後ろ手で指差しをした。

「猟犬の訓練と同じさ。たまには捕まってやんないと、追いかけるのが嫌になるだろう?」
「ばぁか。お前もいずれは猟犬側なのに、邪魔ばかりすんなよ」
「ま、この位ヤンチャじゃないと、守護館じゃやってけねぇか!」
「……」

 ナナフシの仕掛ける軽口を餌に、キイトは、館士兵につかまれ浮いたまま、彼の指先を盗み見た。
 指差しの先、少し離れた広場に、水守の人払いの赤、そして取り囲む館士兵たちが見える。

(あそこが現場だ。あそこに母さんがいる)
「おいお前、見ない顔だな。……いや? 見た事が?」

 キイトを捕まえた館士兵が、そう覗き込んでくるが、キイトは構わず両手を真上にあげた。すると、大きすぎる教育館の上着がするりと脱げ、キイトが落ちる。地面に着くとすぐに彼は走り出した。

「あ! こらっ待てぇい、て、うわぁ!」

 咄嗟に追いかけようとした館士兵が転んだ。ナナフシが足を延ばして、転ばせたのだ。

「ごめん、にーや。でも、あいつは良いんだよ」

 ナナフシはそう笑うと、館士兵をさらに困らせるべく、犬の遠吠えでやんちゃな仲間を呼び集めた。

○○○○○

 ヒノデの白い顔に、ぴしゃりと血が落ちる。寸前に迫るは、狂気に満ちた追放者の目。

 ヒノデは追放者に押し倒されたまま、迫ってくる三本腕を両手で防いだ。残りの二本は、ヒノデの華奢な胴に巻き付き、その骨を軋ませ、締め上げていた。
 追放者のはずれかけた口から、生臭い息と温かい血がボタボタと落ち、彼女の顔を汚す。
 血に汚れても、なお美しいその顔で、ヒノデが問いかけた。

「……同郷の友、辛いでしょう?」
「あァァァ」

 唸る追放者の濁った目に、ヒノデは瞬きを送った。そして口を開け、落ちて来る血を含むと、追放者の目へと、糸と共に吐き飛ばした。 

「ぎァアあ!」

 突然の事に追放者が怯んだ。その一瞬をつき、ヒノデは三本腕の力を横へと逃がすと、素早く追放者の上へとまたがる。
 そのまま追放者を石へと縫い付けようとした瞬間、突然、左肩に衝撃が走った。


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