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格技場7
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糸に絡め落された矢が、ばらばらと音を立て床に落ちる。
ヒノデは、黒髪に縁どられた美しい顔を上げた。髪の隙間から覗く、包帯が痛々しい。
「……弱い。仰る通りですわ、小石丸様。人を守る立場でありながら、人より弱い。一つの対象にしか目を向けられぬ、視野の狭さ」
ヒノデは小石丸を見上げたまま、するりと片足を前に出し、矢を踏んだ。
「残念でなりません」
パキリ。
矢が折れる音が、やけに大きく響いた。
小石丸とヒノデが互いに見つめ合う。
神の国からの追放者と、命をかけ戦うことを生業とする、現役のイトムシ同士が作り出す独特な空気に、場が占められた。人間達が入る隙がない。
「申し訳ありませんっ」
そこへと突然、ヌーに抱き留められていたキイトが飛び出し、転がるように床へと身を伏せ、両の手を着けた。
「……申し訳ありません! 母さ……ヒノデ様。小石丸様。僕が弱くて……。絶対、勝ちます」
「……」
「……」
小さな肩が震えていた。
黒い目で見つめ合っていた小石丸とヒノデだったが、その声にヒノデがそっと視線を逸らし、キイトを見た。
「上手くできず、申し訳ありません……」
指先を、白くなるほど床に押さえつけ、謝罪を繰り返す息子。ヒノデが体を向け近づこうとした瞬間、親子の間に、カツンと矢が刺さった。見上げると、長は自ら矢を構えていた。
「……」
「……」
そこへとヌーが飛び出し、キイトと小石丸の間に立ち、目鏡を押さえた。
三者の間、駆け引きのような重い空気が流れる。
「皆さま」
そんな重い空気を流し去るような、涼やかな声。
声を掛けられ、ヌーはチラリとヒノデを見た。目鏡越しに優しい夜が訪れる。
「その子を頼みます」
それだけを言うと、ヒノデは出口へと向かった。
送りの怪我で、足さばきがぎこちない。白い上着の背に、豊かな黒髪が波打つ。
見れば、いつの間にか小石丸も姿を消していた。
場内に人の空間が戻って来た。
ヌーはほっと息をついた。いつの間にか、息を詰めていたようだ。
傍らのキイトは、情けなさに顔を上げることが出来ず、母の気配が去って行くのを、見送りもせずにじっと耐えた。
(押されている所を見られた……。なんでいつもこうなんだ、もっと、ちゃんとした所を見てもらいたいのに……)
後悔する背中に温かい手が置かれ、キイトが身を起こすと、ヌーが心配した顔で覗き込んできた。
「キイト様」
「……僕、負けそうだけど、まだ、負けてない」
唐突に言われ、ヌーが不思議そうにキイトの目を見る。キイトはデノウと話している深山を、ひたと見た。
「勝ちたい」
強い感情に押され、説明する言葉を忘れる幼いイトムシ。ヌーはその目を注意深く読み解いた。
「深山と手合わせを続けるのですか?」
「うん。まだ終わってない。深山様は強い、どうしたら糸を使わずに勝てるかな」
ふと、『正しくあれ』とヌーの胸に、国の信念が浮かんだ。
(そうだ。どんなに周りに邪魔をされても、邪険にされても、信条を曲げられたり、ひねくれたりしてはいけない。この子は正しくなくては)
そっとキイトの頭を撫でると、驚いたキイトがヌーを見上げた。その夜の目に、琥珀色の目が緩む。
「では、キイト様。私に考えがございます」
「……?」
ヌー・シャテルは、目鏡を片手で抑え笑った。
矢の処理をする宮守たちの横で、デノウによる深山への説教が行われていた。重鎮、小石丸に対する無礼を咎められているのだ。そこへと、キイトが軽い足音を立て駆けて来た。
デノウは説教を中断し、キイトを視線で迎えた。
イトムシ同士の問題には容易に手を出せないため、キイトの事を専任のヌーへと任せておいたが、デノウは心配そうに、幼いイトムシに怪我がないか確認した。
「キイト様、ご無事で何よりです。申し訳ありませんでした、警備の話では、小石丸様が手合わせを見学したいと希望されたそうで」
「心配してくださり、ありがとうございます。気にしないでください、慣れています。それより続きをお願いしたいです。デノウ様まだ『やめ』って言っていません。いいでしょ?」
キイトがはきはきとそう言い、デノウを見上げる。先ほどのことなど無かったように、しっかりとした目。
「手合せの続きですか……」
真剣に願い出るキイトに、デノウが顎をさすり迷うと、深山がキイト側に立った。
「隊長、キイト様がこうも願い出ています。小石丸様の妨害が入りましたが続きを」
「深山」
『妨害』と言う明確な表現に、デノウは顔をしかめる。
深山が、心底不思議そうな顔をして見せた。
「では、妨害ではなく、なんと言うのですか? 悪ふざけとでも言いましょうか」
「……」
「あ、見学でしたっけ?」
デノウは、説教が何も効いていない深山を、苦々しげに睨んだ。深山は涼しい顔で、その視線を流している。
デノウがため息をついた。
「まぁ、キイト様がそう希望なさるならば、続けましょう。しかし二人とも、勝ち負けにこだわってはいけない。いいね」
「もちろんです」
「はい」
二人の返事を聞き、デノウはまたもため息をついた。
青年隊士の声音にも、幼いイトムシの瞳にも、どちらも、勝ちを譲らない気迫しかない。
ヒノデは、黒髪に縁どられた美しい顔を上げた。髪の隙間から覗く、包帯が痛々しい。
「……弱い。仰る通りですわ、小石丸様。人を守る立場でありながら、人より弱い。一つの対象にしか目を向けられぬ、視野の狭さ」
ヒノデは小石丸を見上げたまま、するりと片足を前に出し、矢を踏んだ。
「残念でなりません」
パキリ。
矢が折れる音が、やけに大きく響いた。
小石丸とヒノデが互いに見つめ合う。
神の国からの追放者と、命をかけ戦うことを生業とする、現役のイトムシ同士が作り出す独特な空気に、場が占められた。人間達が入る隙がない。
「申し訳ありませんっ」
そこへと突然、ヌーに抱き留められていたキイトが飛び出し、転がるように床へと身を伏せ、両の手を着けた。
「……申し訳ありません! 母さ……ヒノデ様。小石丸様。僕が弱くて……。絶対、勝ちます」
「……」
「……」
小さな肩が震えていた。
黒い目で見つめ合っていた小石丸とヒノデだったが、その声にヒノデがそっと視線を逸らし、キイトを見た。
「上手くできず、申し訳ありません……」
指先を、白くなるほど床に押さえつけ、謝罪を繰り返す息子。ヒノデが体を向け近づこうとした瞬間、親子の間に、カツンと矢が刺さった。見上げると、長は自ら矢を構えていた。
「……」
「……」
そこへとヌーが飛び出し、キイトと小石丸の間に立ち、目鏡を押さえた。
三者の間、駆け引きのような重い空気が流れる。
「皆さま」
そんな重い空気を流し去るような、涼やかな声。
声を掛けられ、ヌーはチラリとヒノデを見た。目鏡越しに優しい夜が訪れる。
「その子を頼みます」
それだけを言うと、ヒノデは出口へと向かった。
送りの怪我で、足さばきがぎこちない。白い上着の背に、豊かな黒髪が波打つ。
見れば、いつの間にか小石丸も姿を消していた。
場内に人の空間が戻って来た。
ヌーはほっと息をついた。いつの間にか、息を詰めていたようだ。
傍らのキイトは、情けなさに顔を上げることが出来ず、母の気配が去って行くのを、見送りもせずにじっと耐えた。
(押されている所を見られた……。なんでいつもこうなんだ、もっと、ちゃんとした所を見てもらいたいのに……)
後悔する背中に温かい手が置かれ、キイトが身を起こすと、ヌーが心配した顔で覗き込んできた。
「キイト様」
「……僕、負けそうだけど、まだ、負けてない」
唐突に言われ、ヌーが不思議そうにキイトの目を見る。キイトはデノウと話している深山を、ひたと見た。
「勝ちたい」
強い感情に押され、説明する言葉を忘れる幼いイトムシ。ヌーはその目を注意深く読み解いた。
「深山と手合わせを続けるのですか?」
「うん。まだ終わってない。深山様は強い、どうしたら糸を使わずに勝てるかな」
ふと、『正しくあれ』とヌーの胸に、国の信念が浮かんだ。
(そうだ。どんなに周りに邪魔をされても、邪険にされても、信条を曲げられたり、ひねくれたりしてはいけない。この子は正しくなくては)
そっとキイトの頭を撫でると、驚いたキイトがヌーを見上げた。その夜の目に、琥珀色の目が緩む。
「では、キイト様。私に考えがございます」
「……?」
ヌー・シャテルは、目鏡を片手で抑え笑った。
矢の処理をする宮守たちの横で、デノウによる深山への説教が行われていた。重鎮、小石丸に対する無礼を咎められているのだ。そこへと、キイトが軽い足音を立て駆けて来た。
デノウは説教を中断し、キイトを視線で迎えた。
イトムシ同士の問題には容易に手を出せないため、キイトの事を専任のヌーへと任せておいたが、デノウは心配そうに、幼いイトムシに怪我がないか確認した。
「キイト様、ご無事で何よりです。申し訳ありませんでした、警備の話では、小石丸様が手合わせを見学したいと希望されたそうで」
「心配してくださり、ありがとうございます。気にしないでください、慣れています。それより続きをお願いしたいです。デノウ様まだ『やめ』って言っていません。いいでしょ?」
キイトがはきはきとそう言い、デノウを見上げる。先ほどのことなど無かったように、しっかりとした目。
「手合せの続きですか……」
真剣に願い出るキイトに、デノウが顎をさすり迷うと、深山がキイト側に立った。
「隊長、キイト様がこうも願い出ています。小石丸様の妨害が入りましたが続きを」
「深山」
『妨害』と言う明確な表現に、デノウは顔をしかめる。
深山が、心底不思議そうな顔をして見せた。
「では、妨害ではなく、なんと言うのですか? 悪ふざけとでも言いましょうか」
「……」
「あ、見学でしたっけ?」
デノウは、説教が何も効いていない深山を、苦々しげに睨んだ。深山は涼しい顔で、その視線を流している。
デノウがため息をついた。
「まぁ、キイト様がそう希望なさるならば、続けましょう。しかし二人とも、勝ち負けにこだわってはいけない。いいね」
「もちろんです」
「はい」
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