イトムシ    〜 幼少期〜

夜束牡牛

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格技場8

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 矢の処理が終わった宮守たちが、観戦のために再びまわりを囲む。
 深山は、落ち着きを取り戻したキイトを見た。

(構えていない。ただ静かだ。先程の事など『なれています』か……。まったく、こちらの心の方がざわついてしまいます)

 悪意の矢、小石丸、ヒノデの声、肩を震わせるキイト。様々な事柄が駆け巡る。

(イトムシ同士は、絆が深い種族のはずだ。なのになぜ……駄目だ、考えてはいけない。いまはきちんとこのイトムシに向き合わないと、やられる)

「始めっ」

 デノウの声が響き同時に構えた。
 素早く間を開けずに動いたキイト。深山はそこへと蹴りを入れる。キイトは避けずにその足に手をかけ飛び上がり、二人の目線が同じ高さになった。

 ちらり
 
 深山の視界に、この場には無い色が見え、尖ったままの神経が瞬時にそちらへと向かった。

(桃色? っあ)

 深山の右手が、キイトに掴まれた。慌てて見るとキイトと目が合う。
 そして、キイトの足が深山の腹へとつけられると、そのまま強く腕を引かれた。

「えっ」

 完全に重心が偏った深山の体は、簡単に浮かび、どさり、と投げられた。

 あっという間だった。

 投げ飛ばされた深山、一人立つキイト、静まる場内にデノウの声が響く。

「そこまで! 細かな規則は設けていない、よって、これにて手合わせは終了とする」
「僕の勝ち!」

 キイトが子供らしい歓声を上げると、宮守たちが見事と拍手を送った。
 ヌーは手近な宮守を捕まえると、満面の笑みで「すごいでしょう」と繰り返していた。

(やった、勝った!ねぇ見てた?)

 キイトは、なんだかわからない、浮き立つような気持ちに押され、ヌーの元へ駆け寄ろうとしたが、いつの間にか起き上がった深山が、そんなキイトを捕まえ、羽交い絞めにした。

「待ちなさい」
「わっ」

 見上げると、歯を見せ愉快そうに笑う顔がある。

「ふふ、私が負けるなんて。さては、ヌーに入れ知恵されましたね? いいなさいっ」
「作戦です! 深山様は観察する人だから。んだって。だから、ポケットの端に桃色の蝶をさしたんだ。気になって隙が出来たっ」
「このっ」

 深山は片手でキイトを抱き込み、もう片手でその頭をめちゃくちゃに撫でた。イトムシは、ただの子供のように捕まったまま、笑い声を上げている。 
 ヌーが駆け寄り膝を付いた。

「お見事でした。キイト様の勝ちです」
「ヌゥ、ありがとう」

 深山はキイトのポケットにさしてあった、折り紙の蝶と、止め役のペンキャップを掴むと、ヌーに投げつけた。そして、キイトの頭に手を置き、わざと体重をかけ立ち上がる。

「まったく困りますね。キイト様と同じで、私も負けるのは大嫌いなんです」

 一番困っている風情のデノウが、深山をたしなめる。

「深山、何度言わせる気だ。これは勝ち負けではない。お疲れ様です、キイト様。貴方様の考え方、戦い方、お人柄、よくわかりました。有難うございます」
「キイト様! もう一勝負しましょう」
「深山、聞いていたのか、俺の話」

 遮る部下を、デノウが眉間にしわを寄せ睨むが、深山は涼しい顔で言い返す。

「種目を変えればいいでしょう、せっかく体も温まった所です。あ、水泳でどうです?」
「大人げないですよ、深山。キイト様は泳ぎが得意でないと言ったでしょう」

 そう迷惑そうに立ちはだかるヌーへと、深山は指を突きつけた。

「もとはと言えば、ヌーが入れ知恵したのが悪いです。キイト様だけの発想では無くなってしまったではありませか。人の思考分析までしてくれちゃって!」
「若いキイト様には経験が足りません。当然の助言です」
「キイト様。キイト様は私に勝ったままです。もし、次の水泳勝負を受けなければ、それは『勝ち逃げ』ですよ?」

 突然そう言われ、キイトはぎょっとした。
 キイトの目が『逃げる』という言葉に反応する。深山はそれを確認し、にやりと笑った。

「さぁ、どうしたいですか? キイト様」
「僕は逃げません。深山様は手加減なし。僕は、糸使用でどうですか?」
「いいですよ。まぁ、四メートルぐらいなら、待ってあげても良いですかね」

 キイトが許しを求めデノウを仰ぐ、その目があまりにも無邪気だったので、デノウは思わず頷いてしまった。

「いいでしょう。あ、しかし、あまり勝ち負けにこだわらず楽しんでください」
「はい」

 深山が宮守たちにも「今日は暑いから」と、理由を付け、水泳勝負会場の水堀へと誘うと、うずうずとしていた宮守たちは歓声をあげた。

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