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雀通り5
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キイトが二回目にギィと言っていると、人面牛がのそりと顔を上げた。
身構えるよりも先に、イトムシとして認めてくれたのかと、思わず瞳を明るくさせる。しかし、人面牛は、目玉を回しながら側を通り過ぎてしまった。
菊たちの方、注連縄へと向かいだした人面牛。咄嗟に糸を投げ絡ませる。
「待って、そっちに行っちゃ駄目だっ」
人面牛に掛けた糸に、ずるずると引きずられるキイト。注連縄の外で、館士兵たちが弓を構えた。
「っ待って、君は、イトムシの僕と、戦うんだっ」
キイトはさらに力を入れ、糸を強く引き、人面牛の動きを無理矢理止めた。人面牛は身を反らせ立ち止る。逸らした首が天を仰ぎ、太陽が瞳を焦がす。
赤い口が開き、ぞっとする低い咆え声が発せられた。
「ヒトツキサキは二百十日がやッテクル!」
突然、人面牛が暴れ出した。
体を捻り跳ねる。その衝撃で、糸を掴んでいたキイトの体が浮き上がり、そして地面に叩き付けられそうになった。
キイトは素早く糸を手繰り、牛の背に着地する。しかしその足元、粘膜の背にシミが漂ってくると、皮膚を内側から波立たせ、キイトを払い落とした。
「あぁァァァああ!!」
人面牛の悲鳴が聞こえた。キイトの耳に、痛みと苦しみを訴えて来る。
(このシミが暴れると、この子は苦しい。これはムシだ! ムシが罰を与え始めたんだ)
シミに払われ地面に着くと、本糸を紡ぎ追放者の正面へと回った。
脳裏に、赤いムシに侵され、恐怖を訴える六本足の追放者の目が蘇る。
(この子にあんな辛い思いをさせちゃ駄目だ、僕が、イトムシの僕が送らなきゃ)
人面牛は、唾液を振り撒きながら太陽に咆え続けているが、濁った目からは、澄んだ涙が絶え間なく流れ、人の頬を伝っていく。
その様子があまりにも苦しげで、キイトは胸が痛んだ。どうにかして、この哀れな生き物に安息を与えたい。
「お願い! 僕をイトムシだと認めて。君の魂を楽園へとちゃんと送るから、僕を見て!」
人面牛が頭を振り後ろ足立ちになった。次に振り下ろした蹄が石畳を砕いた時、注連縄の向こうから厳しい声が掛けられた。
「愚か者。人と同じように語り掛け、通ずる訳があるか」
小石丸だ。
バーメイスタ副館長と共に、ようやく現場へとやって来たのだ。
キイトは振り返らずに師へと叫んだ。
「でも、どうやるのですか、この子は僕の目も見くれないのにっ」
「イトムシならば当然認められる。お前は数ばかり増えた人間か? それともイトムシか?」
師は簡単には答えを出してくれない。
歯を喰いしばり、怒鳴りたい気持ちを押さえた。
(だからどうやって? ヒノデ様ならじらさず教えてくれる。ヒノデ様なら、並んで一緒に戦ってくれる。ヒノデ様なら、母さんなら)
胸の内に寂しさがにじり寄る。心根の弱くなったのを見透かしたように、人面牛が振り上げた足を、頭上へと落してきた。
咄嗟に、落ちてきた前足を掴んだ。横へ降ろそうとした時、手に、人面牛の関節が軋む感触が伝わった。思わず力を緩めると、そのまま倒され、押し乗られてしまった。
背を強く打ち、痛みに顔をしかめる。見上げると、人面牛が濡れた鼻を小石丸へと向けていた。
狂った目玉が、ぎしぎしと焦点を合わせようとしている。
(あぁ、小石丸様を、イトムシだと認めているんだ。僕は、イトムシとして見てもらえないのかな、こんなにも、好きなのに)
情けなさよりも、寂しさが強かった。
身構えるよりも先に、イトムシとして認めてくれたのかと、思わず瞳を明るくさせる。しかし、人面牛は、目玉を回しながら側を通り過ぎてしまった。
菊たちの方、注連縄へと向かいだした人面牛。咄嗟に糸を投げ絡ませる。
「待って、そっちに行っちゃ駄目だっ」
人面牛に掛けた糸に、ずるずると引きずられるキイト。注連縄の外で、館士兵たちが弓を構えた。
「っ待って、君は、イトムシの僕と、戦うんだっ」
キイトはさらに力を入れ、糸を強く引き、人面牛の動きを無理矢理止めた。人面牛は身を反らせ立ち止る。逸らした首が天を仰ぎ、太陽が瞳を焦がす。
赤い口が開き、ぞっとする低い咆え声が発せられた。
「ヒトツキサキは二百十日がやッテクル!」
突然、人面牛が暴れ出した。
体を捻り跳ねる。その衝撃で、糸を掴んでいたキイトの体が浮き上がり、そして地面に叩き付けられそうになった。
キイトは素早く糸を手繰り、牛の背に着地する。しかしその足元、粘膜の背にシミが漂ってくると、皮膚を内側から波立たせ、キイトを払い落とした。
「あぁァァァああ!!」
人面牛の悲鳴が聞こえた。キイトの耳に、痛みと苦しみを訴えて来る。
(このシミが暴れると、この子は苦しい。これはムシだ! ムシが罰を与え始めたんだ)
シミに払われ地面に着くと、本糸を紡ぎ追放者の正面へと回った。
脳裏に、赤いムシに侵され、恐怖を訴える六本足の追放者の目が蘇る。
(この子にあんな辛い思いをさせちゃ駄目だ、僕が、イトムシの僕が送らなきゃ)
人面牛は、唾液を振り撒きながら太陽に咆え続けているが、濁った目からは、澄んだ涙が絶え間なく流れ、人の頬を伝っていく。
その様子があまりにも苦しげで、キイトは胸が痛んだ。どうにかして、この哀れな生き物に安息を与えたい。
「お願い! 僕をイトムシだと認めて。君の魂を楽園へとちゃんと送るから、僕を見て!」
人面牛が頭を振り後ろ足立ちになった。次に振り下ろした蹄が石畳を砕いた時、注連縄の向こうから厳しい声が掛けられた。
「愚か者。人と同じように語り掛け、通ずる訳があるか」
小石丸だ。
バーメイスタ副館長と共に、ようやく現場へとやって来たのだ。
キイトは振り返らずに師へと叫んだ。
「でも、どうやるのですか、この子は僕の目も見くれないのにっ」
「イトムシならば当然認められる。お前は数ばかり増えた人間か? それともイトムシか?」
師は簡単には答えを出してくれない。
歯を喰いしばり、怒鳴りたい気持ちを押さえた。
(だからどうやって? ヒノデ様ならじらさず教えてくれる。ヒノデ様なら、並んで一緒に戦ってくれる。ヒノデ様なら、母さんなら)
胸の内に寂しさがにじり寄る。心根の弱くなったのを見透かしたように、人面牛が振り上げた足を、頭上へと落してきた。
咄嗟に、落ちてきた前足を掴んだ。横へ降ろそうとした時、手に、人面牛の関節が軋む感触が伝わった。思わず力を緩めると、そのまま倒され、押し乗られてしまった。
背を強く打ち、痛みに顔をしかめる。見上げると、人面牛が濡れた鼻を小石丸へと向けていた。
狂った目玉が、ぎしぎしと焦点を合わせようとしている。
(あぁ、小石丸様を、イトムシだと認めているんだ。僕は、イトムシとして見てもらえないのかな、こんなにも、好きなのに)
情けなさよりも、寂しさが強かった。
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