イトムシ    〜 幼少期〜

夜束牡牛

文字の大きさ
108 / 119

同郷の友4

しおりを挟む
 キイトが、気づかわしげに追放者の頬に顔を寄せた。
 その親し気な仕草に、追放者の片目だけが潤み、友へと寄せられる。

 キイトとキリの視線が重なる。
 互いを思う空気が、確かに感じられた。

 ヒノデはそんな二対の交わる視線を見て、矢から手を放さずに優しく言った。

「キイト、あなたは簡単に追放者の首へと近づけるのね。……それを許してもらっている。
だけどキイト、これ以上、この子を苦しめてはいけない。口上を述べ、楽園へ送るのよ。分かるわね?   キイト」
「……」

 キイトは母の目を見られず、下を向いた。

(嫌です、僕はキリを送りたくありません)

 言えない言葉が胸の内を傷つける。
 熱を持ち出したキリの体が熱く、荒い呼吸が聞こえる。

「……友達なんだ」
「そう、あなたのお友達なのね。
キイトと仲良くしてくれてありがとう。――キイト、この子は賢い子ね、目を見ればわかるわ。色々な事をあなたに教えてくれた」

 ヒノデの眼差しが、キリへ感謝を伝える。キイトは顔を上げ、キリと見つめ合う母を見た。

「けれども、ここは人間の住む世界、淡い」

 ヒノデの手に力が込められる。

「あなたはイトムシ」

 キリの、残された澄んだ片目も、汚濁が進む。

「覚悟を決めなさい」

 言葉と共に、ヒノデが矢を引き抜いた。

 鋭い叫び声。黒い体液が首から噴出し、キリはヒノデへと鎌を振り上げた。
 ヒノデを狙った鎌は勢いのまま的を外れ、石畳を砕き、同時に力の加減を出来ずに自身の鎌をも傷つけた。
 鎌の節から、だらだらと体液が零れる。

 キイトはキリの肩から飛び降りた。
 鎌を避け下がったヒノデとは入れ違いで、キイトがキリの正面へと対峙する。

  素早く母と場を交代したキイトは、キリの正面で、地面へとめり込んだ傷だらけの鎌に、そっと手を触れた。黒い鱗が、ゆだるように熱い。
 キリの鳴き声が弱々しく響く。キイトはその声音に泣きそうになった。

 キリとキイトが見つめ合った。

(嫌だ……出来ない)
 
 すべてを投げ出し、視線をそらしてしまいたい。夜の目で、友の狂って行く姿を見たくなかった。
 それでも送るために、見つめ続けなくてはいけない。見送らなくてはいけない。


「っ……いやだよ、キリ……」
「ぎリ」

 キリは苦しみ嘆き、ずるずると身を伏せると、そっとキイトの目の奥を覗いて来た。
 光に焼かれた目が、すがるように夜の湖へと降りてゆく。
 キイトは直接交わえる精神の交流の中で、精一杯友の痛みを癒そうとした。しかし、キリの精神は少しずつ、夜から離れていく。

「キリっ」
「リぃ」

 昨夜まで強く賢かった友達が、いまでは狂気に振り回され、力の加減も出来ず、牙だけを向ける昼の世界で、ひとり泣いている。


『お前に友を送れるか』


 小石丸の言葉が胸に響いた。

(あぁ、僕は本当の悲しみを知らなかった。送っている僕が悲しいんじゃない、悲しいのは、夜に戻れない、この生き物だ。覚悟をしなくちゃ、見送るんだ……イトムシの僕が、送らなきゃだめなんだ)

 涙が溢れて来る。胸が締め付けられ、苦しかった。

 大声で泣き出し、キリの首にすがりつきたかった。
 国中のすべての人を説得し、太陽を湖に沈め、キリを夜に放してやりたかった。
 しかし、そんな事は誰にも許されない、そんな願いは、どこにも届かない。 
 
 この苦しみは、誰の胸にも届かない。

(これが、『送り』なんだ)

 キイトはきつく拳を握った。
 キリの目がぐるりと回り、太陽を見る。
 シュウシュウと音を立て、見事な斑が白茶けていく。
 それでも賢い友は、小さな友を待った。


『次に送る際には口上を述べよ、それが追放者に対する礼儀だ』

(礼儀を守るんだ……。送る側の僕が、それをしないと)

 キイトは瞬きで涙をはらい落とし、キリを見つめた。
 そして、澄んだ声で口上を述べ始めた。



「よくぞ参られたし、我が同郷の友よ。

 日は暮れたか? 夜は深まったか? 

 時を違えれば御身を崩すぞ。

 苦しければ、お助けいたそう。

 悲しければ、御心お預かりしましょう。

 辛いのならば、――私が、代わって差し上げたい……。

 私はイトムシ、この糸で楽園へと送りましょう」


「キリリッチ」


 イトムシの夜の目と、その澄んだ声を聞き、ゆっくりと異形の友は目を閉じた。
 彼が心配していた血は、友は流していない。
 それが確認できた。
 よかった。

 優しい友は、とても疲れたように、ひどく安心したように。夜につちかわれた知性を手放した。

 そして、咆哮。

 太陽に首を逸らせ、悲しみも苦しみも無く、ただ大きな声で追放者が咆えた。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。

Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。 そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。 そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。 これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。 (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)

白苑後宮の薬膳女官

絹乃
キャラ文芸
白苑(はくえん)後宮には、先代の薬膳女官が侍女に毒を盛ったという疑惑が今も残っていた。先代は瑞雪(ルイシュエ)の叔母である。叔母の濡れ衣を晴らすため、瑞雪は偽名を使い新たな薬膳女官として働いていた。 ある日、幼帝は瑞雪に勅命を下した。「病弱な皇后候補の少女を薬膳で救え」と。瑞雪の相棒となるのは、幼帝の護衛である寡黙な武官、星宇(シンユィ)。だが、元気を取り戻しはじめた少女が毒に倒れる。再び薬膳女官への疑いが向けられる中、瑞雪は星宇の揺るぎない信頼を支えに、後宮に渦巻く陰謀へ踏み込んでいく。 薬膳と毒が導く真相、叔母にかけられた冤罪の影。 静かに心を近づける薬膳女官と武官が紡ぐ、後宮ミステリー。

伯爵令嬢アンマリアのダイエット大作戦

未羊
ファンタジー
気が付くとまん丸と太った少女だった?! 痩せたいのに食事を制限しても運動をしても太っていってしまう。 一体私が何をしたというのよーっ! 驚愕の異世界転生、始まり始まり。

公爵家の秘密の愛娘 

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。 過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。 そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。 「パパ……私はあなたの娘です」 名乗り出るアンジェラ。 ◇ アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。 この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。 初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。 母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞  🔶設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞 🔶稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇‍♀️

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

根暗令嬢の華麗なる転身

しろねこ。
恋愛
「来なきゃよかったな」 ミューズは茶会が嫌いだった。 茶会デビューを果たしたものの、人から不細工と言われたショックから笑顔になれず、しまいには根暗令嬢と陰で呼ばれるようになった。 公爵家の次女に産まれ、キレイな母と実直な父、優しい姉に囲まれ幸せに暮らしていた。 何不自由なく、暮らしていた。 家族からも愛されて育った。 それを壊したのは悪意ある言葉。 「あんな不細工な令嬢見たことない」 それなのに今回の茶会だけは断れなかった。 父から絶対に参加してほしいという言われた茶会は特別で、第一王子と第二王子が来るものだ。 婚約者選びのものとして。 国王直々の声掛けに娘思いの父も断れず… 応援して頂けると嬉しいです(*´ω`*) ハピエン大好き、完全自己満、ご都合主義の作者による作品です。 同名主人公にてアナザーワールド的に別な作品も書いています。 立場や環境が違えども、幸せになって欲しいという思いで作品を書いています。 一部リンクしてるところもあり、他作品を見て頂ければよりキャラへの理解が深まって楽しいかと思います。 描写的なものに不安があるため、お気をつけ下さい。 ゆるりとお楽しみください。 こちら小説家になろうさん、カクヨムさんにも投稿させてもらっています。

【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活

シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!

処理中です...