黄昏の恋人~この手のぬくもりを忘れない~【完結】

水樹ゆう

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第一章 変 化《Change》

11 一触即発の握手

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 鈴木先生の言葉に、皮肉やからかいが込められているわけではない。その言葉通りに、楽しげな会話を中断させて申し訳ない、と心底思っているだろうその『のほほん』とした物言いが、生徒達の笑いのツボを刺激した。

 教室のそこここから、クスクスと、笑い声が上がる。

――うわーっ、恥ずかしいっ……。

 優花は思わず、上気した顔を俯かせて、もともと小柄な体を更に縮こまらせた。

「はい、了解です」

 優花とは違い動じる風もなく。晃一郎は、その口元に笑みを刻んだままスッと席を立ち、教壇に佇む留学生、リュウの方へ歩み寄る。

「クラス委員長の、御堂晃一郎みどう こういちろうです。分からないことがあったら、気兼ねなく聞いてください」

 リュウと対峙した晃一郎は、ニッコリ、と、満面の笑みを浮かべて委員長として過不足ない模範的な台詞を口にすると、ごく自然な動作で左手を差し出した。

 Handshake.

 アメリカ式に、握手を――と、晃一郎なりに気遣いを見せたらしい。が、リュウは、戸惑ったように、差し出された『左手』を見下ろした。

 その理由を、晃一郎が左手を出した瞬間いち早く察知した優花は、どきどきと気をもんだ。

――晃ちゃん、左手! 左手が出てるよ!

 日本人の左利き率は、およそ一割ほど。左利きの矯正が日本ほどされていないアメリカでも、三割程度と言われる。確率から言えば、リュウは右利きであると考えた方が順当だろう。

 右利きの人間に左手を差し出して握手を求めても、普通は咄嗟に反応が出来ずに右手を差し出してしまい、握手は成立しない。手を出す前に戸惑いを見せるリュウは、ある意味、観察眼が鋭い、と言えるのかもしれない。

「ああ、失礼。俺は左利きなもので」

 微妙な空気を読んだのか、晃一郎は、改めて右手を差し出す。それに呼応して、リュウも手を差し出だしたが、やはり握手は成立しなかった。

 リュウが差し出したのも、左手だったのだ。

「いえ、実は僕も左利きなんです。偶然ですね」

 ニッコリと、美少年然としたリュウの顔に文字通りの『エンジェル・スマイル』が浮かび、教室の数箇所でミーハーな女子の黄色い声が上がる。

「へぇ、ほんと、偶然。じゃ、せっかくだから利き腕で」

 仕切りなおしとばかりに晃一郎が左手を差し出し、リュウの左手に触れた、その刹那。稲妻のような赤白色の閃光が飛び交うや否や、バチバチバチ! と、空気を震わせるような鋭い炸裂音が上がった。

――何、今の……?

 網膜と鼓膜に焼きついた閃光と炸裂音。突然目の前で起こった予測不能な不可解な出来事に、優花は、まるで金縛りにあったように、身を強張らせた。

 だが、それも数瞬のこと。ハッと我に返って、その現象の中心に晃一郎がいたことに気付いた優花は、椅子を鳴らして席を立つと教壇の方へ駆け寄った。

「晃ちゃん!?」

 教壇の前には、左手を右手で庇うように押さえながら片膝を付いた晃一郎と、同じような体制で向かい合うリュウの姿があった。

 気の毒な鈴木先生は、驚きのあまり腰を抜かしてしまったように、黒板の前で両足を投げ出して呆然と座り込んでいる。ずれた眼鏡が、更に哀愁を誘う。

『何?』
『な、今の見た!?』
『ねぇ、コレってもしかして、心霊現象……とか?』
『や、やめてよーっ!』

 不穏な出来事は不安を呼び、不安はさらなる不安を呼び込み、坂を転がり落ちる石ころのように加速し肥大していく。

 一触即発。ともすれば、集団パニックに陥ってもおかしくはないピリピリとした張り詰めた空気を破ったのは、どこか間の抜けた晃一郎のすっとぼけた台詞だった。


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