黄昏の恋人~この手のぬくもりを忘れない~【完結】

水樹ゆう

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第一章 変 化《Change》

10 あ、頭、撫でられたっ!?

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「アメリカのロサンゼルスの姉妹校からの交換留学生の、リュウ・マイケル・タキモト君です。

 彼は日系の二世で、日本語、英語共ぺらぺらです。生の英語に触れるよい機会ですので、みなさん、積極的に仲良くしてください」

 ニコやかに説明をする先生の声が、どこか遠くで聞こえた。

「リュウ・マイケル・タキモト、です。一ヶ月という短い期間ですが、皆さん、どうぞヨロシクお願いします」

 外見通りの、やや少年めいた透明感のある甘い声音が、流暢りゅうちょうな日本語を奏でる。

 そう。まるで、楽器の演奏を聞いているような、そんな、耳に心地よい声音だった。

……リュウ?

 優花の知らない名前だ。

 知らないはずなのに、心の中で呟けば、何故か胸の奥がざわつく、不思議な名前。

「――まさか、な。ただの偶然……か? にしても、タイミングよすぎねぇか?」

「え?」

 隣の席で上がった、意味不明な独り言のような晃一郎の呟きに、優花は小首を傾げた。そんな優花の反応に気付いた晃一郎は、口の端を上げると、隣の席から手を伸ばして『くしゃくしゃ』っと無造作に優花の頭を撫でる。

「いや、何でもない。お前は、何も心配するな」

 伝わる、大きな手の平の温もりと、くすぐったい感触に優花の胸を過ぎるのは既視感デ・ジャブー

――心配って……、え?

 その動作があまりに自然だったため、優花の反応はワンテンポ遅れた。

――えっ、えええーーっ!?

 あ、頭、撫でられたっ!?

 ギョッとして、思わずのけぞり、頭を両手で覆う。

 確かに、泣き虫だった子供の頃は、こうやって頭を撫でられた覚えはある。

『大丈夫だから、泣くな』

 そう言って、何かにつけメソメソっと涙を零す弱虫な自分を励ましてくれた、幼なじみの優しい手の感触が、大好きだった。

 でもそれはあくまで、小学校低学年くらいまでのことで。今は、お年頃の高校三年生。いくら幼なじみだといっても、教室でこの行動は、常軌を逸している。

 否。教室でなくても、充分、優花の常識からは外れている。

―――こ、こ、こ、晃ちゃんっ!?
 やっぱり変だ、変過ぎるっ!

 恥ずかしさで、優花の顔にサッと朱が上った。

 ぱくぱくぱく、と。酸欠の金魚みたいに口を開け閉めしなががら、信じられない思いで晃一郎の顔を見上げると、その瞳には悪戯小僧のような、少年めいた楽しげな色合いが浮かんでいる。

――か、か、からかわれた?

「別に、からかったつもりはないからな」

 頬杖をつきながら、晃一郎は、実に楽しげに微笑んだ。

「え……?」

――今、私、声に出して言ってないよ……ね?

 まるで、『心を読んだ』ようなその台詞に、優花はパチクリと目を丸める。瞬間、プッと、晃一郎は、耐えかねたように小さく噴出した。

「ほんっと、分かりやすいよな、お前って」

 どうやら、心を読まれたわけではなく、表情を読まれていたらしい。なんだか、酷くバカにされているような気がする。

「どうせ、分かりやすいですよーだ。晃ちゃんみたいに、難しい頭の構造してないもん、私」

 むーっと、優花が頬をふくらませてむくれていると、教壇の方から鈴木先生ののんびりとした声が飛んできた。

「えーと。取り込み中に悪いけど、委員長。しばらくタキモト君の案内役、お願いできるかな?」

 もちろん、委員長とは優花のことではなく、晃一郎のことだ。


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