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第二章 記 憶 《Memory-1》
17 失われた空白の三か月間
しおりを挟む優花には、この事故の後、約三か月間の記憶がない。
救急隊が到着したとき、事故車の中には既に息を引取った父と母の亡骸しか残されてはおらず、優花の姿はどこにもなかった。
もちろん、『孫が乗っていたはず』との祖父母の懸命な訴えから、車から投げ出された可能性も考慮され、事故現場周辺も隈なく捜索された。
それでもやはり優花が居た痕跡は見つからず、あの事故車から自力で脱出するのは、物理的に不可能なことから、優花が『初めから車に乗っていなかったのでは?』という推測もされた。
だが確かに、車の後部座席には、優花の流した大量の血痕が残されていた。おそらくは、致命的な失血だと予想されるほどの、おびただしい量の血痕が。
家出だ、誘拐だ、神隠しだ、果ては、UFOに連れ去られたのだ、などとさまざまな憶測が飛び交い、『事故車から消えた娘』と、しばらくは新聞や週刊誌を賑わせた。が、それも徐々に人々の記憶から薄れかけていた三か月ほど経ったある日。
自宅の自分のベッドの上で、まるで何事もなかったように『無傷』でスヤスヤと眠っている所を、部屋を掃除に来た祖母に発見されるまで、優花は、行方不明だった――。
失われた空白の三か月間。
そこに、優花があの大事故から傷跡一つ残らない状態で帰ってきた、秘密がある。
何処に居たのか?
誰といたのか?
正直、知りたいと思った。でも、知るのは怖かった。なにより、この記憶を辿るためには、事故のことを思い出さなくてはならない。その作業は、深く抉られた傷をようやく覆ったカサブタを引き剥がすようなものだ。
ほんの薄い膜が剥がれれば、心にパックリと開いた傷口からは、赤い血が噴き出すだろう。優花が外食に行こうなんて言い出さなければ、父も母も命を落とすことはなかったのだから。
『父と母の未来を奪ったのは、娘である私だ』
その贖罪の気持ちは、どうしてもぬぐえない。
それに、置き去られた記憶の中にあるのが、必ずしも楽しいものとは限らなかった。
知りたくて、知るのが怖くて。それでも、絶対にその存在を忘れることができない、失われた記憶。
今、優花が見ているのは、まだ一度も見たことが無い『失われた空白の三か月間の夢』だった。
苦しい――。
痛みは感じないのに、どうしようもなく、苦しい。
体が、自分のものだという気が、全然しなかった。
手も足も、指一本でさえピクリとも動かせず、瞼を上げることすらできない。
唯一機能しているのは、耳。聴覚だけだ。
ピッ、ピッ、と言うハイトーンのデジタル音が、一定間隔で鳴っているのが聞こえる。
それ以外は、全く分からない。
「う……っ……」
声を出そうと喉に力を入れてみても、くぐもったうめき声が上がるだけで、言葉にならない。
私、どうなっているの?
お父さんは?
お母さんは?
どこ。
どこいにいるの?
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