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第二章 記 憶 《Memory-1》
18 俺が側にいるから
しおりを挟むジワリジワリと背筋を這い上がってくるのは、痛みではなく、絶望的なまでの恐怖。
横ざまになったトレーラー。
声にならない悲鳴。回る世界。
そして――。
――あ、ああ!?
脳裏にフラッシュバックする陰惨な光景に、心の中の何かが切れかけた、その時。
「……大丈夫。大丈夫だ」
すうっと、聞き覚えのある声が、耳にしみ込むように届いた。優しい響きを持った低音の声音は、幼いころから聞きなれた、兄のような幼なじみの声に似ている。
……晃、ちゃん?
「そう、俺だ。俺がちゃんと側にいるから、何も心配するな」
「……っ……あぅ」
自分がどうなっているのか、父と母は無事なのか聞きたくて懸命に口を開くけど、やはり意味のある声にならない。それでも尚声を上げようとすると、それを制止するように、フワリと額に温もりを感じた。
――手だ。
大きな、晃ちゃんの、手?
『しゃべるな。心で思うだけでいい』
心……で?
『そう、思うだけで、俺には分かるから』
え?
言葉の意味が分からない。
『お前は今、ちょっとばかり大きなケガをしている。でも大丈夫。少し眠って目を覚ます頃には良くなっているから。だから、何も心配しないで、今は眠るんだ』
眠る?
『そう、眠るんだ』
耳に聞こえる『音声』ではなく、直接脳内に響いてくる不思議なその『心の声』はとても心地よくて、安心できて、優花は、すうっと眠りの中へと引き込まれていった。
うつらうつらと、夢と現実の狭間をたゆたいながら、優花は晃一郎の声を聞いていた。
「鈴木博士、お願いします。優花を助けてやって下さい」
波立つ感情を無理やり理性で抑え込んだような、晃一郎の、微かに震えを含んだ低い声音が響く。
数泊の沈黙の後、晃一郎よりも大分年配の男性、たぶん、年齢は四十歳そこそこ。優花の父親と同世代くらいの男性の落ち着いた声が、躊躇いがちに応じた。
「しかし御堂君、この新薬は動物実験が始まったばかりで、まだ人間に投与できる段階ではないんだ。例え効果が現れたとしても、人体にどんな副作用が起こるのか予想がつかない。そんな状態のものを、誰であれ投与するわけには……」
言いよどむ、博士と呼ばれた男性の言葉を咀嚼するような空白の時が流れた後、晃一郎は再び口を開いた。
「それでも、助かる可能性が少しでもあるなら、試してやって下さい。何も出来ないで後から後悔するような真似を、俺は、二度としたくないんです」
語尾の震えに、淡々と語られる言葉の中に、大きくうねるような激しい感情の波が見えるような気がした。
「しかし、この娘は……」
「分かっています。こいつは、『俺の優花』じゃない。そんなことは百も承知です」
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意味は分からない。けれど、沈痛としか言えないような苦しげな晃一郎の言葉に、心の奥深い所に鈍い痛みが走った。
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