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第四章 記 憶 《Memory-2》
55 帰るための唯一の鍵
しおりを挟む「なーに、変な気を使ってるんだ。いちいちそんなことで謝るなよ。ばかだな」
ふわり、と、うつむいたままの頭に、ぬくもりを感じた。
――手だ。
晃ちゃんの、大きな、手のひら。
事故の混乱と怪我の痛みで、心が壊れそうになっていたあの時も、こんなふうに、このぬくもりに救われたっけ。
「気にすんな」
ぽんぽんぽん、と、大きな手のひらから与えられる温もりが、優しく心に染み渡り、思わず、目の奥がジワリと熱くなる。
「うん」
それ以上何か言ったら声が震えてしまいそうで、優花はただコクリとうなずいた。
人間、満腹になると、元気になるもので。キッチンカウンターから、部屋の中央に置かれたソファーセットに場所を移し食後のお茶を飲むころには、予期せぬ大失態で沈没していた優花の気持ちもだいぶ浮上してきた。
基本、落ち込みやすいが、立ち直りも早いのが、優花なのだ。
「はい、御堂先生リクエストの、渋ーい、お茶でーす」
優花は、晃一郎の前のテーブルに大き目のマグカップに入れた緑茶を置くと、自分用の適度な濃度のお茶入りマグカップを片手に、反対側のソファーに、ちょこんと腰掛けた。
「おう、サンキュー」
優花がいれた濃い目の渋ーい緑茶を『ずずずっ』とひとすすりしたあと、ふと思いだしたように、晃一郎が質問を投げてきた。
「そう言えば、リュウの所のESP訓練、どんな感じだ?」
リュウ――。
リュウ・マイケル・タキモトは、優花よりも五つ年上の、二十歳。
晃一郎の友人で、この研究所の研究員でもある、ESPカウンセラーだ。
精神科医の資格を有し、職員のカウンセリング業務を受け持つ一方、地下四階で、主にESP開発研究とその訓練を行っている。
彼自身も、強力なテレパシー(精神感応能力)をもったAクラスのエスパーで、少しクセのある燃えるような赤毛と、深い水底のようなディープ・ブルーの瞳を持った、美青年だ。
その姿は、まるで宗教画に描かれた慈愛に満ちた天使を彷彿とさせ、ミドルネームの『マイケル』が、大天使ミカエルに由来することから、ファンの女性陣から、ひそかに『ミカエル様』と呼ばれている。
穏やかな雰囲気と、優しい声音。そして、身に纏うそこはかとないブルジョワ感で、研究所の女性職員の絶大なる人気を誇っている。
が、子供のころからの腐れ縁だという晃一郎に言わせると、『邪気のない笑顔を振り撒く、シスコンの腹黒天使』だそうで、どうも見た目どおりの穏やかなだけの人物ではなさそう、ではあるが。
優花は、半月ほど前から、彼の元でESPの開発訓練を受けていた。
『イレギュラー体には本体と同等または、それ以上の超能力が認められる』
という、今までの事例から、優花にもその可能性があると予想されたからだ。
この世界の如月優花は、晃一郎と同じ、特A級の能力者だった。
テレポート(空間移動)能力。
もし、優花にその力が眠っているのなら、それがパラレルワールド間で可能なほど強力なものだとすれば、その力の発現が、優花が元の世界に戻るための大きな、そして目下『唯一の鍵』なのだ。
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