黄昏の恋人～この手のぬくもりを忘れない～【完結】

第六章 記 憶 《Memory－４》

９４ 小さなアリス

　リュウは屈みこんでアリスの目線に合わせると、慈愛に満ちた表情で口を開いた。

「アリス。この人が、昨日話していた如月優花さんだ。今日からしばらくの間ここで暮らすことになるから、仲良くできるかな？」

　問われたアリスは、リュウの隣に佇む優花に好奇心に満ちた瞳を向けて、コテリと小首をかしげた。仕草がいちいち可愛い。この可愛らしさは、ポチと通じるものがある。

　ぜひ仲良くしてもらいたいものだが、はたして気に入ってもらえるだろうか？

　アリスのキラキラとした美しい青い瞳で見上げられた優花は、ドキドキと鼓動を早める。

　じっと見つめていたアリスは、数度大きな瞳をしばたたかせた後、にこりと笑顔を浮かべた。それはまるで、大輪のヒマワリの花のような、満面の笑顔。その笑顔のまま、ピンクのワンピースの裾を持ち上げて、片足を後ろに引きペコリと可愛らしい挨拶をしてくれる。

「ようこそいらっしゃいませ。優花お姉さま」

――えっ、お、お姉さまっ!?

　呼ばれ慣れないハイソなフレーズで挨拶をされた優花は、思わずうっと言葉につまる。隣では晃一郎が、喉の奥で笑っているが、かまっている余裕はない。

　恥ずかしい。これはかなり照れくさい。でも、姉妹がいない優花にとっては、けっして嫌なことではなかった。

「よ、よろしくね。アリスちゃんっ」
「はい、こちらこそ！」

　元気に返事をするとアリスは、優花の胸元に飛び込むようにギュッと抱き着いてきた。シャンプーのものだろう、ふんわりと甘い花の香りと、寄せられた頬の柔らかい感触も相まって、優花の可愛いモノセンサーのゲージがマックスに振り切れた。

――ああ。相変わらずの潜伏生活だけど、超能力の訓練もしなきゃならないけど、ポチとアリスちゃんがいれば百人力のような気がする。

『ポチも、ポチも、よろしくなのー！』　

　既にアリスへの好感度マックスな優花の心を読んだのか、ポチがすねたように足元をグルグル回って猛アピールをしてくる。優花は『ポチも大好きだよー』とテレパシーを送りつつ、ひょいっとポチをアリスの目の前に抱き上げてみせた。

　海辺のコテージでの三日間、晃一郎にスパルタ訓練をされた結果、どうにかテレパシーでの会話ができるようになったのだ。もっとも、晃一郎やリュウのように、他人に思考を読まれないように制御することはまだできないが。

「ポチも、よろしくね！」

　アリスも子犬は大好きらしく、そう言ってニコニコとポチの頭をなでてくる。そこで、優花はあることに気付いた。

――あれ？　まだポチの名前、紹介していないような……。

「こぉら、アリス。勝手に人の思考を読んではいけないよ？　マナー違反だからね」
　
　リュウに優しくたしなめられたアリスは、「はーい。ごめんなさい」と言ってぺろりと舌を出して笑っている。

　リュウの説明によると、アリスの超能力は相手の体に触れれば思考が読める程度のFランクで、見事なプラチナブロンドの髪は生まれつきのものだそうだ。

「さあさあ、みなさん、せっかくの料理がさめてしまいますよ。積もるお話は食事をしながらなさってくださいな」

　どこかのんびりとした響きをもった森崎夫人の鶴の一声で、少し遅めのディナータイムとなった。