黄昏の恋人~この手のぬくもりを忘れない~【完結】

水樹ゆう

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第八章 覚 醒 《Awakening》

115 忘れている何か

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 長い指がカーテンを引き開け、佇む声の主の姿が現れる。

 濃紺のブレサーとグレーのスラックス。
 それに、エンジのネクタイ。

 晃一郎も、玲子と同じで見慣れた制服をまとっているのに、どうしてもそこに漂う非現実感が拭えない。

 一番の原因は言うまでもなく、夢の中と同じ鮮やかな金色の髪。サラサラな髪の下の色素の薄い真っ直ぐな瞳に視線が捕まり、早まる鼓動に更なる拍車がかかる。

 言ってしまおうか、夢の事を。『こんな夢見ちゃったよ』と、冗談めかして。

 きっと『少女漫画の読みすぎだよお前』って、笑ってくれるはず。そう思うのに。なんだか、怖い現実を引き寄せてしまいそうで、言葉が出てこない。

「優花、大丈夫か?」

 心配げな晃一郎にそう問われ、ビクリと、肩が小さく跳ねる。

――や、やだ、何いちいち晃ちゃんの声に反応してるのよ、私!

「あ、う、うんっ。大丈夫! 心配かけちゃってごめんね……」

 口の端を上げるけど、うまく笑えず、引きつってしまう。

 夢の事が、頭を離れない。

 どうしてあんな夢を見たのだろう?

 晃ちゃんのこの派手な髪色が、あまりにインパクトが強すぎたから、あんな夢を見た?

 ううん、違う。順番が逆だ。

 朝、家の洗面所で晃ちゃんに会うまで、私は晃ちゃんが髪を染めたことを知らなかった。なのに、明け方。晃ちゃんに会う前に、私は、この髪色の晃ちゃんの夢を見ている。

 だから、夢の方が、先――。

 何か、大切なことを忘れている気がする。

 ああモヤモヤする。

 もう少しで思い出せそうなのに、出てこない、そんなもどかしさだけが、募っていく。

「ねえ、本当に平気なの? なんだか顔色が悪いけど。お昼食べられそう? 五時間目の古文、どうせ自習だからお弁当食べたら下校時間までここで休んでたら? 先生には、アタシから言っとくからさ」
「あ、うん。でも……」

 の後に言いかけた、『もう平気だから、私も行くよ』の言葉は、晃一郎がおもむろに放った一言で、喉の奥に固まってしまった。

「村瀬。優花は俺が家に送っていくから、担任に『体調不良で早退』だって言っておいてくれないか?」
「え!?」

 っと、玲子と二人同時にハモリ、やはり同じように目を丸めて、発言者をまじまじと見つめた。

「……御堂」

 真面目くさった表情の晃一郎を、玲子は探るように、ジロリと鋭い視線で睨みつけて言う。

「倒れた優花を『お姫様抱っこ』で運んだのは緊急避難だから、まあ良いとして」

――げっ、お姫様抱っこ!?

「今日のあんた、なんか変なのよね」

 そ、そうなのよ!
 やっぱり、玲子ちゃんもそう思うよね!?

「その髪の毛だってそうだし、優花を見る目が妙にねちっこいし、今まで絶対、優花とのナチュラル・ディスタンスを崩さなかったのに、いったいどう言う心境の変化?」

 ベッドの上に座ったままガッツポーズを作って『うんうん』頷いていると、更に眼光を鋭くした玲子は、ドスの聞いた低い声で言い放った。

「まさか、この機に乗じて、優花彼氏の座に納まろうって言うんじゃないでしょうね?」

 かっ――?

「彼氏ぃ!?」

 すっ頓狂な声を上げたのは、晃一郎ではなく、優花。

――な、何を言い出すんだ、玲子ちゃん!

 棘のある言葉と視線を玲子に向けられた晃一郎は何も答えず、ただニッコリと口の端を上げた。まるで、仮面が外れたように、鮮やかに浮かべた会心の笑み。その表情に、脳裏を駆け抜ける激しい既視感。

 髪の色ばかりか、こうして不意に垣間見せる表情が、いつもの晃一郎と明らかに違う。

 自信満々で俺様なこの表情は、まるで――。


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