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第八章 覚 醒 《Awakening》
116 知っている場所
しおりを挟む「じゃあ、帰るぞ優花」
「えっ!?」
歩みよってきた晃一郎は、ベッドに背を預けて座ったままだった優花に腕を伸ばしたかと思いきや、ひょいっとその体を抱え上げて自分の傍らに立たせた。
よどみない動作に、またも走る既視感。
思わず晃一郎の顔を見上げると、その瞳には、イタズラ盛りの少年みたいな光が踊っている。
『いくぞ、優花。このまま、学校を出るんだ』
頭に直接響いてくる声に、目を見開く。
――聞き違い……よね?
まさか。まさか、そんなこと、あるわけない。
あれは、ただの夢。ここは、夢の中の世界じゃない。目の前にいるのが、『パラレル・ワールドの晃ちゃん』だなんて、そんなこと――。
ばかげていると思いながらも、完全に否定できない自分がいた。
それほどに、今の晃一郎は、いつもと違う。違いすぎる。
混乱してその場に立ちすくむ優花の手を、晃一郎がさりげなく掴んで、そのままぐいぐいと引っ張っていく。
いつもなら、絶対黙って連れて行かれるような真似はしない。でも。振りほどけない。ほんのりと、手のひらから伝わる温もりに抗う気持ちを溶かされて、なすすべもなく引っ張られていく。
「あ、ちょっと、御堂! あんたの事は先生になんて言うのよ!?」
「俺は、祖父さんが死んだから、忌引き早退!」
「はあっ!?」
保健室の前で何か喚いている玲子を置き去りにして。
歴史の自習中の教室に立ち寄り、何事かと目を丸めるクラスメイトの視線を縫って、慌ただしく荷物を引っ掴むように手にし、休む間もなく校舎を後にした。
校門を抜け、色付き始めた銀杏並木の坂を抜け、家に帰るはずなのになぜかいつものバス停を通り過ぎ、しっかりと手を繋いだまま、晃一郎は有無を言わせずスタスタと早足で歩いて行く。
でも悲しいかなコンパスの差は如何ともしがたく、晃一郎の早歩きは殆ど優花の小走り状態。学校を出てまだ数分なのに、既に息が上がって苦しい。
「晃ちゃんっ、ちょっと待って。なんで、こんなに急いでるのっ? ってどこへ行くのよ、バス停はあそこっ!」
ぜえはあ肩で息をしながら、それでもなんとか引かれる力に逆らってぐっと足を止め、通り過ぎたバス停を『ぴっ!』っと指差す。
「急いでいるのは、時間がないから。バスには乗らない。行先は、行ってのお楽しみ」
息一つ乱れていない涼しい表情で、きっちり質問に答えた晃一郎は、再び優花の手を引き歩き出す。
「行ってのお楽しみって、ちょっと!」
あまりに理解不能な状況と酸欠で、脳細胞がうまく働かない。
訳も分からず手を引かれ、駅で電車に乗り更に乗り換えて。どれくらい経ったのかと腕時計を見てみれば、すでに午後二時。
すっかり抗う気力が無くなった優花が連れてこられたのは、川べりに沿って作られた大きな自然公園だった。
「ここは……?」
駅からの直通バスに乗って、その場所に降り立った時、不思議な感覚にとらわれた。
県境にある、観光スポットでもあるこの森林公園の存在は、もちろん知っている。
でも、優花はまだ一度も訪れたことが無い……、はずなのに。
なぜか、『知っている場所』だと感じた。
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