黄昏の恋人~この手のぬくもりを忘れない~【完結】

水樹ゆう

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第八章 覚 醒 《Awakening》

119 秘められた記憶

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 さっきまでの柔和さの欠片もない真剣そのものの視線に捕らわれ、変な風に心臓が暴れだす。

「き……、記憶って、何の記憶よ?」

 思わず、声が震えた。

『分かっているだろう? 三年前の事故の後、三か月間の記憶だ』

 耳に聞こえる音声ではなく、頭の中に直接響いてくる声に、優花はふるふると頭を振った。

『保健室で眠っている間に、見た夢。あれは現実にあったことなんだ』

――知らない。

 だって、あれは夢だもの。

 私は、知らない。

 怖い。

 真実が知りたかったはずなのに、自分から晃ちゃんに聞こうと思っていたのに。

 いざとなったら、怖くて仕方がない――。

『優花、頼む、落ち着いて聞いてくれ』

「知らないってばっ!」

 耳を押さえても遮ることなどできないって、『分かっている』。

 それでも、優花は両手で両耳をふさいで、ここから逃れようと立ち上がった。

 勢いよく地面に落ちてバウンドしたペットボトルが、コロコロと足元を転がり離れていく。

――だめだ。 
 ここに居たら、だめ。

 晃一郎の強い眼差しを、全身に感じながら、身を屈めて手さぐりでカバンを掴み、膨れ上がって溢れだしそうな不安を抑え込むように、ギュッと胸に抱え込んだ。

「ごめん、私、先に帰るねっ!」

 そう言い捨てて数歩後ずさった次の瞬間。

「優花っ!」

 晃一郎の鋭く呼ぶ声が、耳を叩いた正にその時。思いもよらない強い力で体が前にグイッと引かれ、優花はそのまま、晃一郎の懐に抱え込まれてしまった。

 ストンと、足元にカバンが落ちて倒れた。

――な、なに……?

 晃一郎の右肩に、自分の左頬がぴったりと収まっている。肩に、腰に、ガッチリと回された腕の感触が、今自分が置かれている状況を否が応でも思い知らせる。

 暴走し始めた鼓動と、一気に熱くなる頬。

――や、やだっ!

「晃ちゃ――、放して、放してよっ!」

 戒めを解こうと必死にもがくけれど、力で晃一郎に適うわけもなく。肩と腰に回された両腕はビクリとも動かず、でもそれ以上は力を込められることはなく、すっぽりとホールドされた状態のまま、優花は、ただ動くことができない。

「晃ちゃ――」
「優花、大丈夫だ。大丈夫……」

 すうっと耳に届いたのは、感情に走ったようすなど微塵も見られない、とても穏やかな声音だった。

 あの夢の中、事故の怪我と見えない恐怖に心が壊れかけていたあの時、語りかけてくれた時と同じに、優しい響きを持った声。

「怖いことなんて何もない。俺は、お前が嫌がることは絶対しない」

 まるで、幼い子供に語りかけるように、どこまでも慈愛に満ちたその声は、とても安心できて。嘘は、言っていない――と思った。

「これが最後でいい。もうお前を煩わせるような真似は二度としない。だから、今だけ、信じてみてくれないか?」

――最後? 二度としない?

 その言葉にドキッとして、反射的に顔を上げると、真っ直ぐな眼差しがすぐ目の前にあった。

「俺が、怖いか?」
「違っ、違うよ!」

 静かな問いに、唯一自由に動く頭をブンブンと振る。

――晃ちゃんが、怖いわけじゃない。たとえ、もしも今目の前に居るのがパラレルワールドの晃ちゃんでも、怖いとは思わない。

 でも、あの夢が現実なら、現実だと認めてしまったら、パラレルワールドの玲子ちゃんは……。

 夢で見た後の記憶に秘められているもの。それを知るのが怖かった。

 小刻みに震えるその背を、まるで幼子にするようにトントンと撫でて、晃一郎は優しい眼差しで真っ直ぐに優花の目を見据える。

「俺は、お前が忘れている三か月間の如月優花という人間を良く知っている。俺が保障するよ。お前は、自分の記憶に押しつぶされてしまうような弱い人間じゃない」

『自分の記憶に押しつぶされる』

そう、それが一番怖かった。


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