黄昏の恋人~この手のぬくもりを忘れない~【完結】

水樹ゆう

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第八章 覚 醒 《Awakening》

120 分身

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――許容できないような現実が突き付けられた時、自分がそれに耐えられる自信なんか、私にはない。

「晃ちゃんは、私を買い被ってるよ。私、弱虫だから、いっつも逃げることばっかり考えてるんだから」

『やんなっちゃうよ』と、笑おうとして、失敗した。

――ああ、もう。
 なんだか、自分が情けなくて、涙が出そう。

「いや、お前は強いよ。お前は、何が大切なことか、自分で選べる人間だ」
「晃……?」

 腰に回した右手はそのままに、左手がそっと包み込むように頬に触れ、晃一郎の顔が近づいてくる。

「俺が本気で惚れた女だからな」

 低い囁きが耳朶を叩き、抗う間もなくそっと唇に落とされたのは、甘い口づけ。

 その刹那、頭の中で何かが弾け飛んだ。頭の天辺からつま先まで、まるで雷に打たれたかのような衝撃が突き抜ける。その衝撃のすさまじさに全身が激しく震え、のけ反った喉の奥から声にならない悲鳴がほどばしる。

「優花っ!」

  白濁する意識の向こう側で、晃一郎の呼ぶ声がした。

抱きしめる腕へ励ますように力が込められ、何度も何度も名を呼ばれる。でも、どうすることもできない。

 足元から崩れ落ちそうになるのを、かろうじて晃一郎に抱きかかえられ、立っているのが精いっぱいで、何をどうすればいいのか考える余裕もない。

 痛みではなく身を内側から炙られるような激しい灼熱感に、身もだえするしかでできない。

――熱いっ!

「あうっ……!」

 その熱に堪えきれずに、噛みしめた歯の隙間から、呻き声が漏れ出す。

――怖い。

 眠っていた記憶が。眠っていた超能力の一つ一つが、急激に目覚め活性化していく。

 自分が自分以外の何かに変化していくような、そんな恐怖感が背筋を這い上がり、それから逃れようと、懸命に頭を振る。

 でも、抑えるすべもなく、体の奥からほとばしるるようなエネルギーの激流に、朦朧とした意識が闇へと押し流されそうになった、その時。

『優花――』

 晃一郎のものではない、声が、聞こえた。

『優花ちゃん』

 白く輝く眩しい空間に響く、どこか聞き覚えのある、ハイトーンの女の子の声音。それが『自分自身の声』だと、理解した瞬間。目の前に、白いワンピース姿の女性が立っていた。

 小柄で細身の体躯。少し童顔で幼い少女めいた白皙の頬と、黒目がちな大きな瞳。サラサラと揺れている、癖のないストレートの長い銀色の髪。

 彼女の超能力を象徴する美しい髪の色以外、まるで鏡を見ているように自分と同じ姿をしたその少女が誰なのか、優花はもう、『知っていた』。

 彼女は、もう一人の自分。パラレルワールドで、若くしてその命を散らした、優花の分身。

「優花……さん」

 優花の呼び声に、彼女はけぶるような笑みを浮かべる。

『優花ちゃん、ごめんね。また、あなたを巻き込んでしまったね』

 申し訳なさそうに瞳を揺らす彼女に、『ううん』と頭を振る。

 三年前。本当なら優花は、両親と一緒にあの事故で死ぬはずだった。

 たとえ即死は免れても、この世界の医療技術では到底助からなかった。その瀕死の優花を、あのパラレルワールドに呼び寄せ命を救ってくれたのは、彼女の魂。

 彼女は、優花の命を救い、もう一度生きるチャンスを与えてくれた人。

 その強力な超能力故に、肉体が滅んだ後も魂だけの存在となった彼女は、今も尚、誰にも知られることもなく、愛する人の傍らに在るのだろう。

 その愛する人にすら、気付かれないまま――。

――優花さん……。

 あなたは、今も、晃ちゃんを見守っているんだね。

 込み上げる熱いものが、視界を揺らす。


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