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第十二話 【沈黙】愛は盲目。

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 陽花はあの神社での告白の後の伊藤君との最初のデートで、伊藤君に『実はずっと片思いの相手がいる。だから付き合えない』と謝られたのだそうだ。

 まあ、だからと言って、それまでの恋心が消えてなくなるはずもなく、友人としてのスタンスは保ちつつも伊藤君を目で追っていた。そして、ほどなく、陽花は私の伊藤君の想いに気付き、かなり驚いた。

 でも、そのことを話題にすることはなかった。

 なんとなく、陽花の気持ちはわかる気がする。私が陽花の立場でも、応援されて告白したのに応援してくれた友達に『あなたも彼が好きだったのね』なんて言ったら、相手の心の傷に塩を塗り込むようなものだ。

 でも、陽花は高校卒業後もずっと、後悔していたのだそうだ。

 告白をしたことや、想いが届かなかったことをではなく、私の伊藤君に対する想いに気付いた後も、そのことに気付いていないフリをしてしまったことを、後悔していた。

 その思いは時とともに風化することもなく、恋人になった人物のせいで、もっと強くなっていく。恋人っていうのが、私の従弟の浩二だったから。

 たびたび、二人の間で私の話が話題に上り、浩二は、陽花の後悔を知るに至った。

 そんな時、私が伊藤君がサッカー選手になっていることに驚いて文句の電話を入れたのだ。

 あのとき、浩二は『亜弓は未だに伊藤に思いを寄せている』と確信したそうで、陽花の後悔を払拭してあげたくて、あの手この手を使って、私と伊藤君をくっつけようと画策したのだと、そういうことらしい。

 一連の説明を、浩二から聞き終わった後。私の中にあったのは、得体のしれない脱力感。

 ここ数週間の、あの怒濤の日々は、いったい何だったんだろう?

 思わず、虚しい気持ちになっても、誰もとがめたりしないはず。

 そして、次にふつふつと湧き上がってきたのは、浩二に対する憤り。

 陽花の後悔を払拭してあげたいという気持ちは、褒めてあげよう。その点に、一切文句はない。でも、やり方がおかしい。おかしすぎる。

 到底『私の為を思ってくれた』、なんて、感謝する気持ちにはなれない。

 そう。

 私は、心の狭ーい女なのだ。

 あの、病院帰りの車中での意地悪な質問。

 無神経な、伊藤君とのデートのセッティング。

 ……まあ、これは、私もまんまと乗っかった手前、あんまり強くは言えないけれど。

 でも。

 その後の、浩二の部屋での、あの痛い一言。

 私が、いったいどれだけダメージを受けたと思うのか。それなのに。

 全てを話し終えた浩二の、肩の荷がおりたような、この妙にスッキリした表情。

 なんだか、ムカツク。

 やっぱり、ムカツク。

 ぜったい、ムカツクっ!!

「……浩二」

 ムカツキ指数がマックスに達した私は、ドスの利いた声で唸るように浩二の名を呼んだ。

「うん?」

 って、首を傾げるその表情も爽やかですね、浩二君。

 すうっ。

 私は、大きく一つ深呼吸して、右手のこぶしをぎゅっと握りこんだ。

 そして。

 浩二の左頬目がけて、思いっきりグーパンチを繰り出した。



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