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幕 間 社長・不動祐一郎の独り言 (1)
39 特別扱いはしない①
しおりを挟む茉莉にとっては、仕事内容を知るいい機会だ。
「君、ええと、篠原さん! 今から三、四時間、時間ありますか?」
「え!? あ、はいっ!」
まさか、自分に話が振られるとは予想してなかったのだろう。俺が呼びかけると、茉莉は驚いたようにすっとんきょうな声を上げた。
「今から三、四時間ほど、何か予定が入っていますか?」
「あ、いえ。特に予定はないです……」
「よかった。いきなりで悪いけど、ピンチヒッターで仕事に入ってください」
「入れるかな?」ではなく、ここはもう「入ってください」と言い切ってしまう。
ニッコリと全開のビジネススマイルを向ければ、茉莉はビビったように顔を引くつかせながらも「はい」と頷いた。
茉莉を案内して扉一枚向こうにある隣の事務室に向かう。部屋の広さは八畳ほどで、シンプルな事務用のスチールデスクが部屋の中央に四つ向かい合わせで並んでいる。
「すぐに夜勤の主任の佐藤が来るから、そこに座ってて」
「はい」
面接のお客様モードから若干同僚モードに言葉を切り替え、茉莉を事務デスクの椅子に座るように促したところで、守が到着。
「おはようございまーす!」
元気ハツラツな挨拶とともに現れた守を、茉莉は驚いたように見つめている。その視線に気づいた守は、人好きのする笑顔できれいなウインクを投げた。
「守、来週の月曜から社員で入って貰う篠原茉莉さんだ。今日は、彼女に、ルームメイクのピンチ・ヒッターを頼んだから、詳細はお前から教えてやってくれ」
「了解、社長!」
「ええっ!?」
守の「社長」という呼びかけで、ようやく俺がここの社長だと気づいた茉莉は、驚きの眼で俺を見上げる。まあ、俺は面接担当者としてしか自己紹介していないから驚くのは無理もない、とは思う。
でも、ふつうなら、(株)FUDOUの不動ですって自己紹介されたら、それこそ社長か社長の身内のどちらかと察してもいいんだが。
「あ、いえ、その、あの、お若い主任さんだなぁって思って……アハハハハ」
若干、呆れを含んだ視線を感じたのだろう、俺に話をふるのを避けた茉莉は守に矛先を向けた。
「ああ。童顔だからよく言われるけど、これでも二十五歳なんですよ、俺」
「え!?」
ベビーフェイスの守を同年代くらいに思っていたのか、茉莉は心底驚いたように目を見張っている。
「佐藤守です。よろしく、えっと篠原……」
「茉莉です。よろしくお願いします!」
「よろしくね茉莉ちゃん。それじゃ、ルームメイクの従業員控え室は二階だから、行こっか」
「あ、はい!」
ペコリと俺に挨拶をして、茉莉は部屋を出ていく守の後にひな鳥のようにくっ付いていく。その背中に、わずかの逡巡のあと、俺は声をかけた。
「守」
「はい?」
「ピンチ・ヒッターでも、手順は変えるなよ?」
俺の言葉に、守は少し驚いたように目を丸めた。そして、チラリと困ったような視線を茉莉に向ける。
「……マジっすか?」
「ああ、『いつも通りに』、だ。特別扱いは必要ない」
冷然と、という表現がしっくりくる抑揚がない声で言い渡し、俺は静かに頷いた。
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